第49話
きっと咲子さんは前原が再びエレベーターに乗ることを待っていたのだろう。
しかし、前原はあの事件を起こして以来、エレベーターは使わなくなった。
その上年数がたってからエレベーター自体が使用されなくなってしまったのだ。
咲子さんの怨念はエレベーターの中に取り残され、時折それにつられた生徒たちが犠牲になり、怪奇現象としての噂ができた。
そして今……ようやく咲子さんの願いは聞き届けられたのだ。
前原を乗せたエレベーターは激しく上下運動を繰り返し、扉の向こうからは悲痛な悲鳴が聞こえてきていた。
その悲鳴もやがて消えて、エレベーターは何事もなかったかのように、3階で停止したのだった……。
☆☆☆
翌日、連絡網でエレベーターの前で不審な男性が死んでいたと連絡を受けることになった。
それは間違いなく前原だったが、あたしはなにも知らないフリをした。
夜の学校に勝手に入り込んで何かの事件に巻き込まれたのだろうという、憶測だけが飛び交っているようだ。
しかし、昇降口はもちろん窓もしっかり施錠された校舎にどうやって侵入したのか、わからないことだらけのようだ。
「幸生、目が覚めたらしいな」
落ち着いて学校へ通えるようになった日のこと、一緒に登校していた充弘がそう言った。
「本当に!?」
「あぁ。昨日連絡がきた」
「そっか、よかったぁ」
あたしは大きく息を吐きだして言った。
これで最後の気がかりもなくなったわけだ。
でも、残念だけどあれ以来一穂とは会っていなかった。
学校にも来ないし、電話にも出ない、メッセージに既読がつくこともなかった。
幸生のお見舞いには行っているかと思ったが、幸生の両親は『最近姿を見ていない』と言っていた。
「幸生があんな目に遭ったのはどうしてだろう?」
「たぶん、男だったからじゃないか? 咲子さんはずっと前原のことを待っていて、そんなときに幸生が自分からエスカレーターの餌食になった。咲子さんは幸生と前原を勘違いしたのかもしれない」
学校へ向かいながら、あたしは一連の出来事を思い出していた。
とても怖くて、残酷な出来事だった。
でも、それももう終わったのだ。
これから先あのエレベーターでなにかが起こることは、もうない。
なんといっても、あのエレベーターは夏休み中に取り壊されることが決まったのだから。
今まで壊すことができなかったのは、取り壊そうとした業者に次々と不幸な出来事が降りかかったからだと、噂が聞こえて来た。
それはきっと本当のことだと思う。
咲子さんがエレベーターの取り壊しを拒否していたのだろう。
でも、それももう終わる。
全部が元通りだ。
校門前まで来たとき、不意に充弘が立ち止まった。
「どうしたの?」
そう聞いて前方へ視線を向けると、そこには青白い顔をした一穂が立っていた。
随分痩せているし汚れた服を着ているから、一見して一穂だとわからないくらいだ。
「一穂……」
「ごめんね」
一穂が小さな声で呟いた。
「え?」
「被害届……」
「あぁ……うん。友達だもん」
あたしは頷いた。
一穂はあの時拘束されて警察に突き出されたが、あたしたちは被害届を出さなかったのだ。
それに、あたしたち2人を殺そうとしたことも誰にも話していない。
「友達……?」
「そうだよ一穂。あたしたちは友達だよ」
あたしは笑顔を浮かべて一穂に一歩近づいた。
こちらへ戻ってきてほしいと、心から願っている。
「一緒に行こうよ、幸生のところに」
そう言うと一穂の瞳に光が戻った気がした。
「幸生、退院したらしい。学校にもすぐに復帰できると思うってさ」
充弘がそう言うと、一穂の目に涙が浮かんだ。
そのままガックリと地面に膝を折り、両手で顔を覆って嗚咽しはじめる。
「一穂。大丈夫だから、もう1度やり直そう」
あたしはそう言い、一穂の手を握りしめたのだった。
END
エレベーター 西羽咲 花月 @katsuki03
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