第45話

☆☆☆


それからあたしと充弘の2人はバスに乗り、名刺に書いてあった会社を訪れていた。



街の小さな会社で体の不自由な人が数人雇われているような会社だった。



応接室に通されてフカフカのソファに腰を下ろすと、なんだか落ち着かない気分になった。



こんなにノンビリと待っていていいんだろうか。



これから会う人物は人殺しなのだ。



緊張で心臓がドクドクと跳ねはじめた時、応接室のドアが開いて前原が入って来た。



あたしは思わずその顔をマジマジと見つめていた。



エレベーター内で見せられたあの顔そのままだ。



やっぱりこの男で間違いない!



「君たちは……?」



前原はあたしたちを見て怪訝な表情を浮かべている。



あたしと充弘は一旦腰を上げて挨拶をした。



「学生の子たちが、俺に何の用事?」



前原はあたしたちの前に座り、そう聞いて来た。



「末永咲子さんをご存じですよね?」



そう訊ねると、前原は一瞬眉をピクリと上げた。



「知ってるよ。同級生だった」



前原はそう答えて足を組む。



特に動揺しているようには見えない。



「亡くなられましたよね?」



そう聞いたのは充弘だった。



「あぁ。可哀想な事故だった。エレベーターの中で発作を起こして、僕が見つけたときには手遅れだった」



前原はなんでもないことのように言ってのけた。



その瞬間、胸の奥から怒りが混み上がって来るのを感じた。



うそつき!



自分が咲子さんを見殺しにしたくせに!



心の中でそう怒鳴りつけ、どうにか気持ちを落ち着かせる。



「本当に事故だったんですか?」



充弘が試すように聞いた。



「どういう意味だい?」



「すべてを知っていると言ったら、どうしますか?」



その質問に沈黙が下りて来た。



前原はあたしたちを値踏みするようにジロジロと視線を向ける。



居心地の悪さを感じて、あたしはソファの上でみじろぎをした。



前原はどう反応するだろうか……?



そう思っていた次の瞬間、前原は突然立ち上がり応接室を出ていたのだ。



「待って!」



慌ててその後を追い掛ける。



しかし前原の背中は会社を出るところだった。



「逃がすな!」



充弘が叫ぶ。



しかし、怪我をしているせいで走り出すことができなかった。



あたしは1人で前原を追う。



会社を出て左右を確認してみるが、すでに前原の姿はどこにもなかったのだった……。



「美知佳!」



充弘に声をかけられて振り向くと、充弘が頭を押さえて顔をしかめていた。



「充弘大丈夫?」



「俺は平気だ。それより前原は?」



「ダメだった……」



あたしはそう言って左右に首を振った。



でも、相手の顔も名前も会社もわかっているのだ。



きっとまた会うことができるだろう。



「とにかく、逃げたかもしれない方向へ歩いてみるか」



「そうだね」



頷き、2人で歩き出した時だった。



不意に電信柱の陰から人が飛び出してきて咄嗟に身構えていた。



前原かと思ったが、違った。



そこに隠れていたのは一穂だったのだ。



「一穂!」



あたしは目を見開いて驚いた。



一穂はジッとあたし達をねめつけている。



「一穂、どうして充弘にあんなことをしたの!?」



睨まれて、ひるんでしまいそうになりながらも、必死で言葉を絞り出した。



「どうして? それはこっちのセリフでしょ!」



一穂もあたし同様眠れていないようで、相変わらず目の下にはクッキリとしたクマができている。



しかも、なぜだか右手に白い花を握りしめていた。



花は萎れてしまい、花びらももう2枚しか残っていない。



「一穂、それってどういう意味? あたし達が一穂になにかした?」



本当に、わけがわからなかった。



どうして一穂が充弘を攻撃する必要があったのか……。



「あたしからも質問する。どうして幸生が入院したままにならなきゃいけなかったの?」



それはヒドく憎しみの籠った声だった。



よく知っている一穂なのに、その声だけで体中に鳥肌が立った。



憎んでいる。



一穂は本気であたしを憎んでいるのだ。



「あんたのせいじゃん! あんたが変なことに巻き込まれるから、幸生があんなことになったんじゃん!!」



一穂は唾を飛び散らせながら叫んだ。



あたしは思わず後ずさりをする。



「ご、ごめん一穂……」



あたしだって巻き込まれたくなかった。



そのことだけは信じて欲しかった。



「幸生は自分から放課後残るって言い出したんだぞ」



充弘がそう言うと、一穂が鋭い視線を向ける。



これ以上今の一穂を刺激しない方がいい。



あたしは充弘の腕を強く掴んだ。



「美知佳が死ねば全部終わるんじゃないの? もとはと言えば美知佳のせいなんだから!」



そう言われて、ハッと気が付いたことがあった。



一穂と2人で帰る途中、何者かがあたしを横断歩道へと突き飛ばした。



今日学校へ来たときに植木鉢が落下してきた。



あれは、もしかして……。



「まさか、全部一穂がやったの……?」



エレベーター内に引きずり込まれたときと同様に、冷たい汗が背中を流れて行くのを感じた。



目の前にいる一穂はあたしの知っている一穂じゃない。



好きな相手を傷つけられ、復讐に燃えている一穂だった。



「そうだよ。今さら気が付いた?」



「どうしてそんなことを……」



あたしは震える声で言った。



「もうすぐ解決しそうだったから」



「え……?」



あたしは一穂の言葉に聞き返す。

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