第44話

~咲子サイド~


ハッと我を取り戻した時、エレベーターは3階に到着していた。



扉は開かれていてオレンジ色の光が箱の中にまで差し込んでいる。



あたしは茫然とした状態のまま、ハイハイするようにエレベーターを出た。



いつもそこで待ってくれている充弘と一穂の姿がない。



でも、それよりなにより今自分が見てしまった光景の方が衝撃的で忘れられなかった。



咲子さんの家に来ていたあの男。



あいつが故意に咲子さんを殺したんだ!



嫌がる咲子さんを襲い、更にSOSのボタンを押させなかった!



あの男は咲子さんが息絶えるまで、ジッと見おろし続けていたのだ。



思い出すだけで強い吐き気がしてなかなか立ち上がることができなかった。



でも、事情はすべて理解した。



咲子さんがちゃんと成仏するためには、あの男が罪を償う必要があるんだ。



「充弘、聞こえる?」



スマホへ向かって声をかける。



しかし、返事がない。



画面上にも充弘と一穂の姿が見られなかった。



ただ、オレンジ色に染まる空が見えるばかりだ。



変だな……。



そう感じながらあたしはどうにか立ち上がり、1階へと急ぐ。



咲子さんの身に起こったことを説明して、これからの対処法を考えるんだ。



まずは前原に接触するべきかもしれない。



あの時名刺をもらっておいてよかった……。



そう考えながら昇降口を出た瞬間、倒れている充弘の姿が目に飛び込んで来たのだ。



一瞬なにが起こっているのか理解できず、体が動かなかった。



でも次の瞬間には駆け出して、充弘の隣に膝をついていた。



「充弘どうしたの!?」



叫ぶように声をかけると、充弘が眉を寄せてゆっくりと目を開いた。



しっかりと確認してみると、充弘の頭部から血が流れ出てコンクリートを赤く染めている。



それを見た瞬間「キャァッ!」と、短く悲鳴を上げた。



「美知佳……大丈夫だったか?」



充弘が苦し気な声で聞く。



あたしは何度も頷いた。



「あたしは平気! 充弘は、どうしてこんな……っ!」



途中から言葉がつむげなくなるような衝撃を覚えていた。



「一穂だ」



「え……?」



自分の耳を疑った。



でも今確かに充弘は『一穂だ』と言った。



「一穂が花壇のブロックで殴ってきたんだ」



そう言われて周囲を確認してみると、確かにブロックの1つが充弘の近くに転がっていた。



しかも、それにはベッタリと血がこびりついているのだ。



どうして一穂が……?



頭の中は真っ白でなにも考えることができなかった。



とにかく今は手当てだ。



あたしは充弘に肩を貸して、保健室へと急いだのだった。


☆☆☆


保健室に先生の姿はなかったが、幸いドアの鍵は開いていた。



あたしは充弘を椅子に座らせて、戸棚から消毒液と包帯を取り出した。



髪の毛をかき分けで傷口を確認してみると、それほど大きなものではないとわかってホッと息を吐きだした。



出血もすでに止まっているようで、大きな心配はなさそうだ。



「ちょっとしみるかもよ?」



そう言って傷口に消毒液をたらすと充弘が顔をしかめて「いってぇ」と呟いた。



「これで包帯を巻いておけばひとまずは大丈夫だと思う。でも、ちゃんと病院へ行かなきゃ」



「病院より先に、一穂のことが気になる」



そう言われて、あたしは口を閉ざしてしまった。



どうして一穂が充弘を攻撃したのか、ちゃんと聞きださないといけないことなのに、なぜだか心がそれを拒否していた。



知らない方がいいのではないかという気持ちが湧き上がってきているのだ。



「一穂に連絡してみよう」



充弘がそう言うとスマホを取り出し、一穂に電話しはじめた。



しかしいくら待っても出てくれないようだ。



何度か繰り返し電話をしたけれど、結局一穂が応答することはなかった。



「そっちはなにか変化があったか?」



手当てをして少し落ち着いてきた頃、充弘がそう聞いて来た。



「うん。実はね……」



見せられた映像を思い出すだけでも吐き気が込み上げて来る。



それをグッと喉の奥へと押し込んであたしは見たものを全部充弘へ説明した。



充弘はあたしの話を聞きながら真剣な表情になり「あの男が原因だったのか」と、悔しそうに眉を寄せた。



「一穂にはいずれ連絡がつくと思う。今日は先に前原と接触しよう」



「充弘は病院へ行って!」



すぐに立ち上がろうとする充弘を止めて、あたしは言った。



「俺は大丈夫。のんびりしている暇はないだろ?」



「でも……」



「もうすぐですべてが解決しそうなんだ。俺も最後まで見届けたい」



充弘はそう言うと、止めるあたしの言うことを聞かずに保健室を出たのだった。

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