第41話
「そうね。少し休憩してから授業に行ったらどう?」
保険の先生も心配そうな表情をしている。
自分ではしっかりしているつもりだけれど、あたしは今どれだけ真っ青になっているんだろう。
植木鉢が起きて来た時の様子が何度も思い出されて、その度に震えた。
「わかりました。少し休んでから行きます」
あたしは2人の言葉に従って、素直にそう言ったのだった。
☆☆☆
保健室のベッドに横になると、一気に睡魔が訪れた。
最近よく眠れていなかったのが原因みたいだ。
あたしは横になって5分と立たないうちに夢の中に引き込まれて行ったのだった。
「美知佳、大丈夫?」
その声にハッとして目を開けた。
見ると保健室の天井が視界いっぱいに広がっている。
そうだ。
あたしは保健室で眠ってしまったんだった。
慌てて上半身を起こしたのと、カーテンが開かれたのはほぼ同時だった。
カーテンの向こうに立っていたのは一穂だった。
その顔を見てホッと安堵のため息を吐きだす。
「充弘から聞いたよ。ちょっと怪我したんでしょう?」
「うん。でももう大丈夫だよ」
あたしはそう返事をして鼻の頭に触れた。
もうほとんど痛みもない。
ちょっと大げさに血が出ただけだ。
「それならよかった。教室に来なくて心配したんだよ」
「ごめんね一穂。もう、教室にも戻るから」
あたしはそう言い、ベッドを下りた。
スカートがシワになっているのを手で伸ばして、鞄を手に取る。
結構眠ってしまったのか、頭はスッキリとした状態だった。
「じゃ、一緒にお弁当食べようよ。もうお昼だよ」
一穂にそう言われてあたしは目を見開いた。
午前中全部保健室で眠っていたようだ。
保健室の先生は起こさずにいてくれたようで、感謝してもしきれない。
☆☆☆
それから一穂と一緒にお弁当を食べて午後の授業を受けたのだが……放課後は嫌でもやってくる。
時計を見るたびにその時間が近づいてきていて、あたしの心はだんだん重たくなっていく。
今日もまた、きっと咲子さんが現れる。
あたしをエレベーター内に引きずり込む。
でも、今回はそれで終わるかどうかわからなかった。
なにせエレベーターから出てきてあたしを攻撃しているのだ。
今度こそ、助からないかもしれない。
そう考えると全身から冷や汗が流れた。
嫌な予感で鼓動が早くなり、強いストレスのせいで口の中がカラカラに乾燥していく。
できればこのまま時間が止まって欲しい。
永遠に放課後なんて来ないでほしい。
そう願って見ても、あたしの頓狂な願いを聞き入れてくれる人はいない。
ソレ、は突然訪れた。
みんなと一緒に帰りのホームルームをしていたはずなのに、あたしはまた教室に1人ぼっちになっていたのだ。
廊下にも他の教室にも誰もいない。
そろそろ慣れてきてもいい頃なのに、この異様な雰囲気が漂う空間には慣れることができなかった。
あたしはすぐにスマホを取り出して充弘にビデオ通話をした。
『またか……』
画面の向こうで充弘が疲れたようにそう言った。
試に充弘と一穂がいるはずの窓の下を確認してみたけれど、やはりここからではその姿は見えなくなっていた。
「今からエレベーターに向かうね」
あたしは機械的な声でそう言うと、古い校舎の階段を下り始めた。
こっちの階段しか使えないことは、すでにわかっている。
『気を付けろよ』
一階に到着したとき、充弘がそう声をかけてきた。
あたしは小さく頷く。
でも、気を付けるといっても、どう気を付けていいかわからなかった。
相手は死者で、今度はどんなことをしてくるかわからないのだから。
エレベーターの近くまで行くとチンッと到着する音が響き渡った。
あたししかいない廊下には、それが爆発音ほどの大きさに聞こえてきて身をすくめた。
あたしはその場に立ち止まり、エレベーターをジッと見つめていた。
エレベーターの扉が機械音と共に左右に開いた次の瞬間、あたしの体はその中へと引きずり込まれていた。
廊下に顔面を打たないように手でカバーするのが精いっぱいだ。
気が付けば、あたしは扉の閉まったエレベーター内にいた。
いつもの四角い空間が、今日はさけに寒々しく感じられた。
四隅まで行き届かないか弱い光が点滅を始める。
それと同時に、陰の中に人の形が見えて来る。
もう何度も経験したことなのに、あたしの体は恐怖でガタガタと震え始めていた。
握りしめているスマホからは充弘の声が聞こえて来るけれど、それに返事をする余裕だってない。
影は徐々に人の姿を鮮明にし、指先まで浮き出して来る。
そして影は…パッと目を開いたのだ。
「ヒィィィ!」
喉に張り付いたような悲鳴を上げていた。
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