第33話

☆☆☆


咲子さんの仏壇は和室に置かれていた。



ドッシリと大きくて、存在感のある仏壇だ。



遺影の中で笑う咲子さんはとても綺麗にほほ笑んでいる。



この人はもうこの世にはいないのだと思うと、自然と涙が込み上げて来た。



「咲子さんは、エレベーターの中で亡くなられたんですよね?」



出してもらったお茶をひと口飲んで、あたしはそう訊ねた。



「そうよ。咲子は元々病弱だったのだけれど、幼いころに事故にあって片足を無くしたの。それで坪井高校に入学したのだけれど、不運なことにエレベーター内で発作を起こしてしまった……」



それは清田先生に聞いた話とほぼ一致していた。



「気が付いた先生がすぐに救急車を呼んでくれたけれど、咲子はそのまま……」



そう言って言葉を詰まらせる女性。



今でも咲子さんのことを心から愛しているように見えた。



でも、それならなぜ咲子さんは未だにエレベーターの中に現れるのだろう?



立派な仏壇に綺麗な遺影。



ちゃんと供養されているはずだった。



それでもエレベーター内で発作を起こしたときの恐怖や絶望が今もなお消えることなく残っているというのだろうか?



あたしは納得できない気持ちで、咲子さんの写真を見つめたのだった。


☆☆☆


翌日も学校は休みだったが、放課後の時間になるとあたしの体は校舎内にあった。



わかっていたことだけれど、何度これを繰り返しても慣れる事はなかった。



古い校舎のまとわりつくような空気。



足を何かに捕まれているような感覚。



出口が見えるのにたどり着けないもどかしさ。



そんなものを感じながら、あたしは充弘に電話を入れた。



もちろんビデオ通話だ。



外からはなにもできないにしても、こちらの状況を把握しておいてもらえると安心する。



『今日もまたか……』



ため息交じりにそう言う充弘は、すでに学校前に来ているようだった。



今までのことを踏まえて、先に来ていたのかもしれない。



「うん」



あたしは重苦しい気分で頷く。



昨日引きちぎられたロープが、そのままの格好で空しくぶら下がっているのが見えた。



現実世界では、このロープもしっかりと結ばれたままなのに。



そう考えていた時だった。



いつもの機械音が聞こえて来た。



グィーン……と、低いモーター音。



その後チンッとエレベーターが到着する音が聞こえてきて、同時に扉が開いた。



もう、抵抗する気もなかった。



中にいるのは咲子さんだとわかっているのだ。



なにか、自分にもできることがあるかもしれない。



足がグイッと引っ張られ体のバランスを崩したあたしはそのまま倒れ込んだ。



そして一気にエレベーター内に引きずり込まれ、扉が閉まる。



その瞬間全身に恐怖が走り抜けて行った。



目に見えないなにかがあたしを見ている。



目に見えないなにかがあたしを狙って動いている。



そんな恐怖が全身に重たくのしかかって来た。



でも、いつまでも寝そべっているわけにはいかない。



あたしは痛む体を鞭打って起こし、その勢いで立ち上がった。



電気が点滅を始めてあたしに影を見せ始める。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで影を見つめる。



「あなたは咲子さんでしょう?」



震える声でそう聞いた。



影は特に反応を見せない。



「今日、あなたのお母さんに会ったの。とても綺麗で優しい人だった」



そう言った瞬間、電気の点滅が早くなった。



闇の中の影がジワリと浮き出て来るのを見た。



手足が立体的になり、爪先までハッキリと認識できる。



それを見ていると自然と呼吸が浅くなっていく。



背中には大量の汗が流れだし、すぐにでも倒れてしまいそうだった。



それでもどうにか踏ん張って影を見つける。



「あたしを攻撃しないのはどうしてなの?」



そう聞いた瞬間だった。



影の手がまばたきも許さない速さであたしの足を掴んでいたのだ。



そのまま壁へ向けてグイッと引きずられる。



一瞬影の中に引きずり込まれてしまうのではないかという恐怖に悲鳴を上げた。



しかし、違った。



影はあたしの足を掴んで制止したのだ。



しっかりと掴まれていて振り払う事ができない。



しかし、影も引きずり込む気はないようだ。



一体、なにがしたいの!?



恐怖で意識が飛んでしまいそうになる中、あたしは必死で手を伸ばした。



このエレベーターは車いすでも使いやすいよう、腰辺りにもボタンがあるのだ。



これを押したってエレベーターに変化がないことは理解していた。



けれど、SOSのボタンを押さずにはいられなかった。



「誰か……助けて!!」



悲痛な声を上げて懸命にボタンに手を伸ばす。



そして指先が、それに触れた。

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