第34話

カチッと音がしたかと思うと、スピーカーがジジッと微かに音を立てたのだ。



『はい。どうされましたか?』



それは聞き覚えのない女性の声だった。



それが、スピーカーから確かに聞こえて来たのだ。



あたしは唖然としてスピーカーを見つめる。



これ、なに?



本当に外に繋がっているの?



混乱し、返事をすることもできなかった。



『どうしましたか? 大丈夫ですか?』



女性は繰り返し質問してくる。



この声に返事をしたらどうなるのだろう?



あたしは、助かるんだろうか……?



『大丈夫ですか?』



「だ……大丈夫じゃないです!!」



スピーカーへ向けて大きな声でそう言った。



『大丈夫ですか?』



「大丈夫じゃないです! 助けて!」



必死で声を張り上げる。



スマホの向こうでは充弘が心配そうにこちらの様子を伺っている。



「助けて! 早く!」



『大丈夫ですか? だいじょう……ぶ……ですか? だいじょ……うぶ……』



スピーカーから聞こえて来る声が不気味に歪み、時々震えながら低くなっていく。



あたしは呼吸をすることも忘れてスピーカーを見つめていた。



やっぱり返事をするべきではなかったのだ。



これはこの世のものじゃないのだから、助けてくれるはずがなかったんだ!



『だいじょ……だい……です……か?』



声から逃れるために耳を塞ぎ、目を閉じる。



その瞬間、ひどい違和感が胸を刺激した。



なんだろう?



なにかが引っかかっている。



けれどその違和感は恐怖心によってかき消されてしまいそうだ。



スピーカーからは相変わらず気味の悪い声が聞こえてきているようで、耳から手を離すことができなかった。



「おい、美知佳!!」



怒鳴り声と共に肩を揺さぶられ、あたしはハッと息を飲んで目を開けた。



目の前に充弘が立っていて、いつの間にかエレベーターのドアが開いている。



「あ、あたし……」



「立てるか?」



充弘に支えてもらいながら、どうにかエレベーターから出ることができた。



その瞬間扉が閉まり、現実世界に引き戻された感覚があった。



振り向いて確認してみるとエレベーターの前にはちゃんとロープがかけてあった。



「大丈夫か美知佳?」



その言葉にスピーカーからの声を思い出す。



同時に、違和感の正体に気が付いた。



「おかしい……」



「え?」



あたしの呟きに充弘が首を傾げる。



「光弘、ずっとビデオ通話で見てたよね?」



「あぁ、見てたよ。美知佳がSOSのボタンを押して通話するところを」



「それだよ!!」



あたしはつい大きな声を張り上げていた。



引っかかっていたのはSOSのボタンだ。



あたしはエレベーターの中で倒れていたけれど、元々低い位置に設置されていたから、手を伸ばしたら届いたのだ。



「咲子さんはどうしてボタンを押さなかったの?」



あたしの言葉に充弘が「あ……」と、小さく呟いた。



SOSボタンを押せば咲子さんは助かっていたかもしれないのだ。



でも、資料にも咲子さんの母親の話からも、そのようなことは出てこなかった。

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