第29話
~美知佳サイド~
ビデオ通話の画面一杯に先生の顔が映っていた。
「先生助けて! 先生!!」
あたしはエレベーターの中から必死に先生に呼びかける。
しかし、先生は怪訝そうな表情を浮かべるだけでなんの反応も示してくれなかった。
「先生! あたしエレベーターの中に閉じ込められてるんです!!」
声が枯れそうになるまで叫んでも、その声が先生に届く事はなかった。
画面上の先生は充弘と一穂へ怒った表情を向けて、帰るように指示している。
「どうしてあたしの声が届かないの……」
先生が助けてくれるかもしれないという、一縷の望みが消えて行く。
そうこうしている間にも蛍光灯は点滅し、壁に出現する影は徐々にその姿をリアルにしていく。
指先までしっかりと形が形成され、ソレはあたしへ向かって伸びて来ているのだ。
あたしは何度も何度も開くボタンを連打した。
いつも扉が開く3階のボタンも、同様に押す。
しかしエレベーターは機能してくれず、すべては影の赴くままに動いているのだ。
あたしにできることはひたすら恐怖を我慢することだけだった。
影が時折、うぅぅぅぅ……と、低く苦し気なうめき声を上げる。
その声を聞くとなぜかあたしの胸が押しつぶされてしまいそうなほど苦しくなった。
まるで、影の悲しみ、憎しみが全部あたしの中に入ってきているような感覚だ。
唸り声を聞きたくなくて、両手で自分の耳を塞ぎ、影から逃げるように目をキツク閉じた。
そうすることで、少しでも恐怖を遠ざけたかったんだ。
でも……。
そうして逃げることも許さないというように、影の手があたしの足に触れた。
その瞬間弾かれたように目を開けた。
今まであたしに触れることのなかった影の手が、今あたしの右足をしっかりと掴んでいるのだ。
「イヤアアアアアアアア!!」
自分の鼓膜さえ破れてしまいそうなほどの悲鳴が出た。
こんなに狭い密室で捕まえられたらもう逃げ道はない。
一瞬にして血まみれの幸生の姿を思い出していた。
あたしはあれと同じようにされるんだろうか?
それとも、影と同じ世界へ引きずり込まれてしまうんだろうか?
様々な恐怖が一瞬にして脳裏をかけて抜けて行った。
しかし、エレベーターはそんなあたしをあざ笑うかのように上昇し、そして3階で停止した。
扉が左右に開かれるその瞬間……。
「たすけて」
あたしの耳に、確かに女性のそんな声が聞こえてきていたのだった。
☆☆☆
やはり、あのエレベーターで以前なにかがあったのだ。
障害者だからという理由ではなく、強い怨念が残ってしまうような出来事があったのだ。
あたしはそう確信していた。
エレベーター内での出来事を一穂と充弘に説明すると、2人は深刻な表情で黙り込んでしまった。
なにが起こったのかわからなければ、対処のしようがないからだろう。
「もう1度、清田先生に話を聞こう」
1階まで下りてからあたしは2人へ向けてそう言った。
「今すぐにか? 事務の先生は今日は休みだろ?」
充弘が心配そうな表情をあたしへ向けて言った。
「行ってみないとわからないじゃん」
あたしは少しフラつきながらもしっかりと両足を踏んばって前へ進んだ。
「今日はやめておこうよ」
一穂があたしの肩を叩いて言う。
だけど、辞める気はなかった。
休日だろうが平日だろうが、あたしはまたエレベーターに引きずり込まれるのだ。
きっと明日も、明後日も。
それならボーっとしている暇はなかった。
少しでも動いていたかったのだ。
「一穂は幸生のお見舞いに行くんでしょう? あたしのことは心配しなくていいよ?」
あたしは一穂が持っている紙袋を見てそう言った。
中からフルーツセットが覗いているから、きっとお見舞いへ行く途中だったのだろうと予測できた。
「そうだけど……。明日でも大丈夫だから」
本当は一刻も早く幸生の元へ行きたいはずだ。
それなのに一穂はあたしの後ろをついて来る。
「それに、なにかわかったらすぐに幸生にも伝えてあげたい」
そう言う一穂の声は怒りで微かに震えていた。
まるで幸生のかたきを取らないといけない、武士のようだ。
それならそれ以上文句を言うこともできず、あたしたち3人は事務室へ急いだ。
休日でも先生が出勤していれば来客だってある可能性がある。
その読みが当たり、今日も清田先生は出勤してくれていた。
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