第27話

☆☆☆


エレベーターの扉の前には立ち入り禁止の立て看板が設置されていた。



扉に触れられないようにロープまではられている。



それを見ているだけで気分が悪くなってきそうで、あたしはすぐに視線を逸らせた。



先生はエレベーターの中には何もなかったと言っていたけれど、本当だろうか?



じゃあ、あたしたちが見たものはなんだったんだろうか?



色々な疑問が浮かんでは消えて行く。



「どうして、幸生の時はあんなことになったんだろうな」



ボソッと呟くように言ったのは充弘だった。



「え?」



「ほら、美知佳の時はあんな風にはなってないだろ? 美知佳自身が血を流すようなことは、今まで1度もない」



「そういえばそうだよね」



あのエレベーターの中に引きずり込まれても、電気が点滅して人影が見えるだけだった。



だけど今回は最初からエレベーターに乗った人間を殺そうとしていたようにも見える。



「美知佳と幸生とで、なにか違いがあったからかもしれないな」



「違い……?」



あたしは首を傾げて充弘を見つめた。



「あぁ。エレベーターの中の誰かは、相手を選んでるのかもしれない」



もしそうだとしたら、あたしは選ばれて、幸生は選ばれなかったということになるんだろうか?



あるいは、その逆。



幸生を殺して自分の元へ連れて帰るつもりだったのかもしれない。



あたしは色々と考えた後、強く左右に首を振って思考回路をかき消した。



いくら考えてみたって答えはわからない。



けが人が出てしまった今、あたしたちにできることは幸生の復帰を祈る事だけだった……。


☆☆☆


ふと目を開けると、じっとりとした空気が足元に絡み付いて来ていた。



窓から差し込むオレンジ色の太陽を見て、あたしはゆるゆると息を吐き出す。



また、だ……。



自分の服装を確認すると、制服姿になっていることがわかった。



スカートのポケットにはスマホ。



今日は休日だったから、あたしは自宅にいたはずだ。



もちろん、今日は制服に袖を通してはいない。



周囲を確認してみると、ここが学校の1階だということがすぐにわかった。



校舎内には誰の姿もなく、すぐそばには昇降口が見えている。



けれどそれよりも手前にエレベーターの扉があった。



あたしは咄嗟にスマホを取り出し、充弘にビデオ通話を繋げていた。



『またか?』



映像を見た充弘がすぐにそう聞いて来た。



「うん……」



あたしはゴクリと唾を飲み込んで答えた。



エレベーターの前にはられたロープが物々しくて、余計に恐怖心を駆り立てられる。



『すぐに学校へ行く』



「わかった。でも……」



そこまで言ってあたしは口をつぐんだ。



すごく近くから、ブチブチブチッと嫌な物音がして、ゆっくりと顔を向ける。



きっと、充弘は間に合わないだろう。



『どうした美知佳?』



充弘の質問に答えることもなく、目はロープに釘づけになっていた。



誰も触れていないロープが、ひとりでに音を立てて引きちぎれ始めたのだ。



ブチブチブチブチブチブチッ!!



まるで左右から強い力で引っ張られているように。



あるいは刃物で少しずつ傷をつけられているかのように。



ロープはほつれて細くなっていく。



あたしは何度も唾を飲み込んでその光景を見つめていた。



すぐにでも逃げ出したかったが、あたしの足はまたも何者かに捕まれているかのように動かなくなっていた。



『美知佳、大丈夫か? ちゃんと返事しろって!』



充弘の言葉にあたしは大きく息を飲んだ。



「ごめん」



そう言った次の瞬間ブチンッ! と音がしてロープが完全に引きちぎられた。



間髪入れずエレベーターの扉が左右に開かれて、あたしの体は箱の中に引きずり込まれていたのだった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る