第26話

すぐに救急車で運ばれた幸生だったが、あたしたちが病院にいる間に目を覚ますことはなかった。



打ちつけた場所が悪かったようで、最悪の事態を考えておく必要があった。



帰り道は、誰1人として口をきかなかった。



一穂は放心状態で歩いているのが奇跡のようで、充弘はジッと前方を睨み付けている。



あたしは何も考えることができず、何度も何度も血まみれで倒れている幸生の姿を思い出していたのだった……。



先生から呼び出されたのは翌日のことだった。



幸生を見つけた第一発見者で、救急車を呼んだのはあたしたち3人だからだ。



応接間のソファに横並びで座ったあたしたち3人を見つめて「昨日はなにがあったんだ?」と、先生が質問してきた。



いつもと同じ口調だけれど、その中に冷たいトゲがあるように感じられた。



「幸生は、エレベーターに乗ったんです」



あたしは震える声で言った。



「またエレベーターか。あれは使えなくしてあると言っただろう」



先生が苛立っているのが感じられた。



だけどこれは事実なのだ。



「エレベーターのドアを開けてもらえればきっとわかります! 幸生の血が……ついてるから」



最後の方はほとんど聞き取れないような声になってしまった。



あたしの右隣に座っている一穂が、一瞬ビクリと身を震わせた。



「エレベーターの中ならもう確認した」



その言葉にあたしは「え?」と、眉を寄せた。



「お前たちが大黒を見つけた場所がエレベーターの前だったから、念のためにな」



「それなら!」



「中にはなにもなかった」



先生の言葉にあたしは目を見開いて絶句した。



一穂と充弘も唖然としている。



「そ、そんなはずありません!」



一穂が叫ぶようにそう言った。



あたしたちは間違いなく見たのだ。



幸生を引きずり込んだエレベーターが、上下に激しく動いたところを。



そして、血まみれになって倒れている幸生の姿を……。



「エレベーターの扉は念のためにもう1度溶接し直したけど、本当に中にはなにもなかった。お前ら、一体なにを隠してる?」



それはまるで犯人を探るような言葉だった。



先生はあたしたちが幸生に暴力を加えたと思っているのだろう。



そんなこと、するわけがないのに……!



重苦しい沈黙があたしたちを包み込んだ時、ふいに一穂が立ち上がった。



あたしが止める暇もなく、悲鳴のような声をあげながら応接室から駆け出した。



「一穂!」



慌てて追いかけようとするあたしの手を、充弘が掴んだ。



「今は、そっとしておいてやれ」



充弘はジッと先生を睨み付けて、そう言ったのだった。

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