第16話

早く通り過ぎてしまいたいのになかなか前に進まない。



『そうだ美知佳! もう1階まで降りてきてるんだから、窓から出たらどうかな!?』



一穂が大きな声でそう言ったのであたしは窓へと視線を向けた。



校舎の外に人影は見えない。



けれど校舎から出てしまえば現実世界に戻れるのではないかという、期待があった。



「やってみる」



あたしは一穂へ向けてそう言うと窓に手をかけた。



そのまま横にひいてみるが……動かない。



窓に鍵はかけられていないのに、少しも動いてくれないのだ。



さっきのシャッターの時と全く同じだ。



何度か力任せに窓を殴ってみたけれど、割れる気配もなかった。



「ダメ、ここからは出られないみたい」



『そんな……』



一穂が愕然とした声を出す。



あたしは再び廊下へと視線を戻した。



昇降口まであと5メートルほどの距離。



しかし、その手前にはエレベーターがある。



あたしはゴクリと唾を飲み込んでエレベーターから離れた場所を歩き始めた。



「大丈夫。絶対に大丈夫」



ブツブツと念仏のように口の中で呟いて足を進める。



昇降口は徐々に近づいてきて、外の空気を感じられた。



そのままエレベーターの前を通り過ぎた。



ほらね、今日は大丈夫!



ホッとして笑みを浮かべた、その瞬間だった。



チンッと小さな音がして、間髪入れずにエレベーターのドアが開いていたのだ。



「え……」



驚愕し、目を見開いて開かれた扉を見つめた。



箱の中は昨日と同様に弱いオレンジ色に照らされていて、闇の部分が残っている。



「な……んで……?」



今日はあの機械音は聞こえてこなかったのに。



ボタンだって光らなかったのに。



なのにどうして!?



目から恐怖の涙がこぼれたかと思うと、あたしの体はエレベーター内に引きずり込まれていた。



「イヤアアアアアア!!」



自分の悲鳴が廊下に響き渡る。



しかしそこには誰の姿もない。



エレベーターの扉は、まるであたしを粗食するように一気に閉じられていた。



「嫌! 誰か出して! 誰か!」



なんとか両足をふんばって立ち、両手で扉を殴りつけた



ガンガンガンっ! と不愉快な音が箱の中に響くばかりで、それはびくともしなかった。



『美知佳! 今校舎内に入った!』



充弘の声がスマホから聞こえて来る。



けれどあたしのパニックは加速するばかりだ。



「助けて! 助けて!」



必死に叫び声を上げていると、途端に明かりが点滅を始めた。



あたしは小さく息を飲んで動きを止めその場にズルズルと座り込んでしまった。



チカチカッチカチカッ。



古い蛍光灯のようにそれは何度も明暗を繰り返す。



その一瞬の闇の中に、闇よりも更に暗い人影が見えた。



あたしは言葉も発せずにソレを見つめる。



それは本当に人影なのか。



あたしの恐怖がソレを見せているだけなのかわからない。



けれども確かに聞こえて来たのだ。



箱の中で、あたし以外の誰かの、息遣いを……。

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