第12話

グィーン……。



微かな機械音。



それは明らかにエレベーターの方から聞こえてきているのだ。



あたしは大きく息を吸い込み、生唾を飲み込んだ。



あの時と同じだ。



全く同じことが起こっていると、直感的に感じた。



すぐに逃げた方がいいと頭では理解している。



それでも行動が伴わないのは、古い校舎があたしの足を掴んで離さないからだった。



何者でもないその手の持ち主は、あたし自身の恐怖心とこの場の重たい空気で形成されていた。



『美知佳、もういいから戻っておいで』



一穂の声が聞こえて来る。



そんなのわかってる。



あたしだってもうやめにして、早くみんなのところに行きたい。



でも……。



カチッと微かな音が耳に届いていた。



ハッと息を飲んでエレベーターへ視線を向ける。



『今の音、なんだ?』



あの微かな音が充弘たちにも届いていたようだ。



「今……ボタンが……」



あたしは唖然としながらもスマホを音のした方へとかざしていた。



エレベーターの上るボタンがオレンジ色に点灯している。



薄暗い廊下ではその色がハッキリと浮かび上がってみえていた。



外は雷など鳴っていない。



これは間違いなく、ボタンの光だった。



『嘘だろ、本当かよ……』



幸生が深いため息と共に言葉を吐き出した。



『ヤバイぞ美知佳。すぐに出て来い!』



充弘が焦った声で言う。



そうだ。



ここでのんびりしている場合じゃない。



すぐに逃げないと。



どうにかして足を動かそうとするが、やはり何者かに拘束された両足はビクともしない。



「大丈夫だから、お願いだから動いて……」



口に出して念じながら太ももを叩く。



そうすることで足にしがみついているなにかが離れてくれると信じて。



しかし、足は動かない。



次第に背中に汗が流れ始めた。



本当にこのままここから動けないんじゃないかという恐怖心が湧き上がって来たのだ。



『美知佳大丈夫? 迎えに行こうか?』



一穂の言葉にあたしは大きく頷いた。



途端にスマホの画像が上下に大きくブレた。



一穂たちが走って校舎へ入ってくるのが見える。



よかった……。



ホッと胸をなで下ろした、次の瞬間だった。



チンッと小さく音がしたのだ。



それはまるでエレベーターが指定された階に停止したときのような、そんな音だった。



あたしはその場に硬直したまま、視線だけエレベーターへ向けていた。



すると……。



ずっと開かなかった扉が。



溶接されているはずの扉が。



ゆっくりと……音も立てずに開いたのだ。



「ひっ!」



小さく息を飲み、手に持っているスマホを壊れるほどに握りしめた。



扉の向こうには四角い空間が広がっていた。



天井からはオレンジ色の頼りない光が降り注いでいる。



それはぼんやりと箱の中を照らしだしているが、四方の隅にまでは行き届かず闇に隠れている部分もある。



あたしはその闇をジッと凝視した。



まるでそこから、闇に隠れている化け物でも出て来るのではないかと恐怖しているかのように。



しかし、どれだけ見つめても闇は闇のままでそこからなにかが出て来ることもなかった。



『美知佳?』



スマホから一穂の声が聞こえて来ても、返事をすることができなかった。



恐怖から体全体が硬直してしまい、少しも動かなかった。



『美知佳、返事しろ!』



充弘の声も聞こえて来る。



みんなあたしのことを心配している。



早く、逃げなくちゃ……!



そう思った瞬間、途端に体が動いていた。



自分の意思に反して足が引きずられ、バランスを崩した体が冷たい廊下に叩きつけられる。



「いっ……!」



痛みに悶絶する暇もなく、足からエレベーターの中へと引きずり込まれていたのだった……。

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