第10話

☆☆☆


それから30分ほど待っていると教室や廊下から生徒の声が消えていた。



「そろそろ行くか」



そう言って立ちあがったのは幸生だった。



「そうだね」



一穂も続けて席を立つ。



「そういえば充弘は今日も部活遅くていいのか?」



今更ながら幸生がそんな質問をしている。



「あぁ。俺だって気になるしさ」



充弘はそう言ってあたしへ視線を向けた。



視線がぶつかると心臓がドキンッと大きく跳ねる。



「あんまり部活遅刻してるとファンの子が心配するぞ?」



「はぁ? なんのことだよ?」



幸生からのからかいに充弘は怪訝そうに眉を寄せた。



自分がモテていることに無自覚なのかもしれない。



そんな充弘を可愛いと感じている間に、3人とも教室を出て行ってしまった。



1人きりの教室内は途端に寒々しさを加速させた。



人の会話や呼吸音、その他雑多の音が全て消えて自分の音しか聞こえてこない。



普段は気にならない時計の秒針がやけに大きく響き始めて、それは教室のどこに居ても同じ大きさで鼓膜に届く。



窓の外はとてもいい天気で、雨が降る気配はなかった。



今日も一応傘を持ってきているけれど、無駄骨で終わりそうだ。



そんなことを考えている時、ふと太陽が分厚い雲に覆われた。



窓からの光が極端に少なくなり、蛍光灯の光だけで教室内が映し出される。



温かみのない無機質な光に包まれた瞬間、ゾクリと全身が泡立つのを感じた。



咄嗟に誰もいない教室内を見回して確認する。



しかし、ここにいるのはあたし1人で変わったところもひとつもない。



今日は1人で肝試しということで、ちょっと神経質になっているみたいだ。



あたしは大きく息を吸い込み、スマホを握りしめた。



そろそろ4人は外へ出た頃だろうか。



校舎から出たタイミングで、充弘からのビデオ通話が届くはずだった。



自分の鞄を肩から下げて準備を整えた時、充弘からの電話が届いた。



一瞬緊張してスマホを落としてしまいそうになるが、どうにか通話ボタンを押す。



画面中央に充弘の顔が映り、その右側に幸生、左側に一穂が見える。



3人の顔を見たら寒気がスッと遠ざかっていく感覚がした。



やっぱり、1人というのはそれだけで気分が変わるものなんだ。



こうして友人たちの顔を見ていれば、どうってことはないのだから。



『美知佳、準備はできてるか?』



「できてるよ」



充弘の言葉にあたしは頷いた。



さすがに、胸のときめきとは違う緊張感を覚え始めていた。



『美知佳、ガンバレー!』



画面上で一穂が元気よく手を振っている。



それを見ると緊張がゆっくりとほどけて、自然と笑顔になっていた。



あたしは一穂に軽く手を振り返し、スマホを教室内へかざした。



ビデオ通話ということなので自分の顔ばかりを写したって仕方がない。



「今、教室にはあたし1人しかいません。外は少し薄暗くなってきて、なんだか不穏な空気です」



そんな風にナレーションをしてみたら、幸生の喜ぶ声が聞こえて来た。



『本格的な実況みたいだな!』



興奮した様子でそう言っている。



「では、教室を出たいと思います」



あたしはスマホをかざしたまま1年B組の教室を出た。



「廊下にも誰もいません」



見える範囲の廊下を映し出してそう伝えた。



そうしている間にだんだんと自分も調子に乗って来るのを感じる。



ネットの配信者にでもなった気分だ。



『そのままエレベーターに向かって』



幸生から指示が出され、あたしは頷いて歩き出した。

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