第5話
先生の言っていることが本当なら、一穂の言う通りあたしは本当に見間違いをしてしまったのだろう。
そうだとわかると、途端におかしくなってきた。
昨日はあれほど怯えて、大きな悲鳴まで上げて学校から逃げ出してしまったのだ。
それを思い出すと恥ずかしくて、誰にも見られていなくて良かったと心底思えた。
それなのに、幸生はまだ怪談説を諦めていたわけではなかったようだ。
「なぁ、美知佳には仲の良い先輩がいるんだったよな?」
次の休憩時間に入るや否や、幸生が駆け寄って来てそう聞いて来た。
あたしは使い終わった教科書を机にしまいながら「いるけど、どうかしたの?」と、訊ねた。
「先輩ならなにか知ってるんじゃないか?」
「知ってるって、なにを?」
「エレベーターの怪談についてに決まってるだろ」
幸生の言葉にあたしは目を丸くしてしまった。
「まだそんなこと言ってるの? さっき先生だって言ってたじゃん。エレベーターは誰にも使えないように溶接されてるんだって」
「そりゃ、先生だからそういう話もするんだろう?」
「それって、先生が嘘をついてるって意味か?」
充弘がやって来て、呆れ声でそう言った。
「その可能性は高いと思うぞ?」
「ま~だそんな話してるの? オカルト系の話ばかりしてるから彼女ができないんだよ?」
一穂が幸生の背中を叩いて嫌味を言っている。
しかし、幸生はそんなこと気にも留めない様子で目を輝かせ続けている。
「なぁ、先輩ならきっと色々教えてくれる。行ってみようぜ!」
幸生の言葉にあたしは一穂と充弘へ視線を向けた。
2人は諦めたように苦笑いを浮かべている。
「わかった。じゃあみんなで一緒に行ってみようか」
あたしはそう言い、席を立ったのだった。
☆☆☆
あたしの知り合いの先輩は今2年生で、中学時代に吹奏楽部でお世話になった人だった。
といっても、普段は滅多に2年生の教室にお邪魔することはないので、さすがに緊張する。
2年生の教室のある2階へ移動して、廊下を歩いているだけでも先輩たちからの視線を感じずにはいられない。
しかも4人でぞろぞろ歩いているものだから、派手めな先輩たちに目をつけられそうで怖かった。
あたしたちは早足で2年A組へ向かい、その戸を開いた。
2年A組の先輩たちから一斉に視線を浴びて、一瞬言葉を失ってしまう。
早く誰かに声をかけなければと教室内を見回した時、「美知佳、どうかした?」と、聞きなれた声が聞こえて来た。
そちらへ視線を向けると知り合いの真紀恵(マキエ)先輩がいて、ホッと胸をなで下ろした。
中学時代とはまた違い、高校は高校で上下関係の緊張感がある。
充弘は野球部でそのことを痛感しているようで、大きな体を終始小さくしてあたしたちについて来ていた。
「真紀恵先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「なに? あ、みんなは美知佳の友達?」
真紀恵先輩は長い髪の毛をかき上げてそう聞いた。
「そうです。同じクラスの一穂っていいます。こっちは野球部の充弘と、オカルト好きの幸生です」
一穂がハキハキとした口調で挨拶をした。
「そう。初めまして」
真紀恵先輩がニッコリとほほ笑むと、周囲に花が咲いたように見える。
中学時代から妙にフェロモンが多い人だった。
「それで、聞きたいことって?」
目がハートマークになっている男子2人には興味がないようで、真紀恵先輩はこちらへ視線を移動させて聞いた。
「ちょっと変な質問なんですけどいいですか?」
「変な質問?」
真紀恵先輩はあたしの言葉に首をかしげている。
「はい。あの……この学校のエレベーターについてなんですけど……」
「あぁ。壊れてて使い道がないエレベーター?」
真紀恵先輩はそう言ってクスッと笑った。
途端に毒舌になったのは、人に関する話じゃなかったからだろう。
「そうです。そのエレベーターって、本当に使えないんですよね?」
「もちろん。ドアは開閉できないようになっているみたいだし、そもそも動かないよ? あたしも入学した時は何度もボタンを押して試してみたもん」
真紀恵先輩はそう言い、懐かしそうに目を細めた。
「そうですか……」
やっぱり、結果は同じだった。
あたしの見間違いだったのだ。
そう思った時だった。
「例えば、エレベーターについての噂話とかは聞いたことがないですか?」
幸生が一歩前に出てそう聞いたのだ。
「噂?」
「そうです。例えば、放課後残っていた生徒がエレベーターが動くのを見たとか、スイッチが光るのを見たとか」
「あぁ、そういう怖い噂なら知ってるよ?」
当たり前のようにそう言った真紀恵先輩に幸生が更に食いついた。
「たとえば、どんな話があるんですか?」
質問しながら生徒手帳を取り出してメモを取り始めた。
まるでオカルト雑誌の取材をしているような雰囲気だ。
「それこそ、今君が言ったような噂はよく聞くよ? 放課後1人で残っていたらエレベーターの扉が飛ぶ全開いて、引きずり込まれるとか」
真紀恵先輩は説明しながらクスクスと笑っている。
誰もそんな噂話信じていないのだろう。
聞いていてもありきたりで幼稚な噂話だとしか思えない。
しかし、幸生だけは真剣なまなざしで聞いていた。
真紀恵先輩にお礼を言って1年B組へ戻ってくる頃には、幸生はやけに真剣な表情になっていた。
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