第3話

翌日はよく晴れた日だった。



あたしはぼんやりといつもの道を歩いて学校へと向かう。



「美知佳どうしたの?」



後ろから声をかけられて、ハッと息を飲んで振り向いた。



そこに立っていたのはクラスメートの谷田一穂(タニダ カズホ)で、あたしは大きく息を吐きだした。



一穂は艶やかな黒髪をポニーテールにし、それを揺らしながらあたしの隣に立った。



「なんだ、一穂か」



「驚いた顔してたけど、どうかした?」



「急に後ろから声をかけてくるからだよ」



あたしはそう抗議して頬を膨らませた。



「っていうか、美知佳、なんで傘なんて持ってるの?」



一穂はあたしの右手に持たれているビニール傘を指さしてそう聞いて来た。



昨日突然の雨が降ったからだった。



あの後、悲鳴を上げて逃げ出したあたしは雨の中を走って家まで帰ってしまったのだ。



ずぶ濡れになったあたしを見てお母さんは呆れ顔をしていた。



『どうして連絡してこなかったの?』



と、質問してくるお母さんに、あたしは濁した返事しかできなかったのだった。



今日は昨日のような突然の雨に降られてもいいように傘を持って来た。



折り畳傘を持っていないのだから、仕方ない。



一連の説明をすると、一穂は納得したように頷いた。



「あのさ一穂、学校に古いエレベーターがあるよね?」



「うん。それがどうかした?」



「あれって、まだ使えるのかな?」



あたしの質問に一穂は腕組みをして首を傾げた。



「使ってるところなんて1度も見たことないよ? 見るからにボロボロで、壊れてるんじゃない?」



「……そうだよね?」



もしもちゃんと使えるのなら、生徒の誰かが使っていてもおかしくない。



でも、入学してから今まで使っている子なんて1人も見たことがなかった。



入学して最初の頃にエレベーターは壊れていて危ないから近づかないように言われているし、今まで気にも留めてこなかった。



「あのエレベーターがどうかした?」



「ううん、なんでもない」



昨日の出来事はただの見間違いかもしれない。



そう思い、あたしは左右に首を振ったのだった。


☆☆☆


一穂と一緒に1年B組へ入ると、仲の良い長屋充弘(ナガヤ ミツヒロ)と大黒幸生(オオグロ コウセイ)が登校してきていた。



B組の中で行動するのはいつもこの4人だった。



充弘は野球部に入部していてほぼ坊主に近い状態だった。



しかし元々整った顔立ちをしているためそれがよく似合っていて、女子生徒たちの間でも人気があった。



一方幸生は少し長めの髪を茶色く染めていて、一見チャラそうな見た目をしている。



その実とても真面目な生徒で、成績も良かった。



「あ~やばい、やっぱ風邪ひいたのかな」



自分の席に到着するなりあたしは軽く身震いをした。



昨日はあんな妙な出来事があって気が張っていたのだろう。



今になって雨に濡れて帰った代償がやってきた気がする。



「どうした美知佳。体調が悪いのか?」



充弘が心配そうにあたしの顔を覗き込んでくるので心臓が大きくドクンッと跳ねた。



そんな至近距離で見られるとさすがに意識してしまう。



あたしは咄嗟に充弘から視線を外した。



「大丈夫だよ」



ぶんぶんと左右に首を振って力こぶを作ってみせる。



充弘に余計な心配はかけたくなかった。



「美知佳、昨日雨に濡れたんだって」



「雨に? どうしてそんな時間まで学校にいたんだ?」



昨日は部活動も休みで、みんな早い時間に帰宅している。



充弘は不思議そうな表情をあたしへ向けた。



「あぁ~、ちょっと、忘れ物をしたから取に戻ったの。そしたら急に雨が降り出して参ったよ」



先生に怒られていたことは伏せて、あたしは言った。



その説明にだいだいの事情を把握している一穂がニヤニヤしはじめた。



「放課後1人で校舎にいたってことは、怪奇現象にあっただろ?」



不意にそう聞かれて振り向くといつの間にか幸生が立っていた。



「怪奇現象?」



一穂が眉を寄せて聞き返す。



「よくあるだろ。学校の怪談とかでさ、放課後残ってたら怪奇現象に遭うっていうやつ」



そう言う幸生は目を輝かせている。



幸生は真面目なだけあって様々な本をよく読むらしく、今は怖い話にハマっているようだった。



「学校の七不思議みたいな? それって小学校の頃流行ったやつじゃん」



一穂が笑いながら答える。



しかし、あたしはひきつった笑顔を浮かべることしかできなかった。



幸生の言う通り身に覚えがあったからだ。



そして、そんな表情の変化を充弘は見逃さなかった。



「もしかして、本当になにかあったのか?」



そう質問されて、あたしはグッと返事に詰まってしまった。

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