第2話

一気に階段を駆け下りたため何度も転げ落ちそうになって肝を冷やしたが、どうにか1階にたどり着く事ができた。



後は昇降口まで行くだけだ。



ホッと胸をなで下ろした瞬間、外では耳をつんざくような雷の音が響き渡った。



思わず身を屈めて耳を塞いだ。



今のはどこかに落ちた音だった。



そろりと体を起こして窓の外を確認すると、大粒の雨が窓を叩き始めたところだった。



さっきの雷が大雨の合図だったようだ。



「嘘でしょ、もう……」



あたしは肩を落としてため息を吐きだした。



せっかく走ってここまで降りて来たのに、これでは外に出ることができない。



あるいは事務の先生に頼めば傘を貸してくれるかもしれないけれど、そのためには来客用の入り口へ向かわなければならない。



帰る時間はどんどん遅くなっていってしまう。



「お母さんに連絡しようかな……」



そう呟いてスマホで時間を確認した。



もう6時前だ。



お母さんはパートへ出ているけれど、6時には終わるからそろそろ連絡がつく時間だった。



それにしても、古い校舎は相変わらず気味が悪い。



お母さんの迎えが来るまで校舎内で待つにしても、少し移動しておこう。



そう思って再び歩きはじめた時だった。



グィーン……。



それは雨音に混ざって微かに耳に聞こえて来た。



あたしはまた立ち止まり、周囲を見回す。



なにか機械が動き出したような音だった。



周りにある教室は家庭科室に音楽室に木工室。



どれも部活動で使用する部屋なので、今日は誰もいないはずだった。



あたしは知らぬ間に息を殺して辺りを確認していた。



どの部屋にも先生用の準備室にはパソコンなどが設置されている。



でも、今の音はパソコンの動作音とは全く違うものだった。



なにより、この豪雨の中パソコンの動作音が廊下まで響いて来るとは思えない。



唯一大きな音が出る機械は木工室にある。



けれど、外から見る限り木工室に人影はなく、電気も付けられていなかった。



木工室に置かれている機械を使用する時はなにかと危険が伴うため、真っ暗な中で作業をするとは考えにくかった。



だとすれば、今の音はどこから聞こえてきたんだろう……?



考えた瞬間、嫌なものが視界に入って来て背中に汗が流れて行くのを感じた。



つぎはぎになった校舎の古い部分は、昔エレベーターが使用されていたらしい。



昔、身体的な障害を持つ子供たちを受け入れていたため、その名残があるのだ。



でも、健常者の生徒数が増えてきた今、障害者用の学校は別に設立された。



だからここのエレベーターが使われることもなくなり、完全に停止していた……はず、だった。



あたしは自分の心臓が早鐘を打ち始めるのを感じていた。



いつの間にか呼吸が浅くなっていて、酸素が足りずに苦しさを感じる。



それでもあたしの足はその場から動かなかった。



まるで、なにものかに捕まれてすごい力で下へと引っ張られているような感覚。



あたしは浅い呼吸を繰り返しながら視線だけど壁へと向けた。



薄汚れた壁の一部がへこみ、そこだけツルリとした質感に変化している。



中央には縦に伸びる筋が入り、それは左右に開く扉になっていた。



もう何年も前に使われなくなったエレベーターがそこにあるのだ。



窓の外が激しく光り、暗い廊下を照らし出した。



グィーン……。



微かに聞こえて来るその音は、紛れもなくエレベーターから発せられているものだった。



あたしはグッと目を見開いてそれを見つめた。



使われていないはずのエレベーターが今唸り声を上げている。



雨音の合間を縫ってカチッと小さな音が聞こえて来たかと思うと、エレベーターの隣にある登りの記号ボタンがオレンジ色に点滅した。



それを見た瞬間、あたしは悲鳴をあげてその場から駆け出していたのだった。

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