4 でっかい岩の図書館(予定)


 ムラサキ野の端から中心に向かって少し歩くと、広い葉っぱの木々が生える森が見えてくる。森の中にはへんてこな形をした大きな卵みたいなものがごろごろ転がっていた。それを不思議そうに眺めながらさらに奥へ進んでいくと、やがて開けた場所に出た。

 それはそこにあった。


「……なにこれ」


 それを見上げながら、モカが呟く。


「ふふ、なんだと思う?」

「……岩?」


 事情の知らないモカからすればそう言うしかないだろう。

 二人の目の前に現れたのは、でっかい岩の塊だった。

 周りに生えている木々の何倍もの高さ。それは岩と言うより丘とか、山と表現した方がいいかもしれない。そのくらいでっかい。

 しかし丘とも山ともいえないのだ。なぜなら……


「なに、この形?」

「ね、宝石の結晶みたいだよね」


 その岩は長方形を何個も無造作に重ねたような形をしていた。

 アンズの言う通りまさに宝石の結晶のような見た目だが、それがここまで大きいと最早異様である。


「な、なんなの、これは?」

「ふふ、モカがきっと喜ぶものだよ」

「え?」

「この岩は実は建物でね、その用途はなんと『図書館』なんだって」

「……えっ?」


 その単語を聞いたモカの目の色が変わった。


「アンズ……今、なんて?」

「え?『図書館』って言ったけど……わっ!」


 聞くや否や、モカはアンズの手をむんずと握った。


「モ、モカ……?」

「……」


 しがない小説家志望にとって、本という情報は命だ。特にモカのような引きこもりで知らない人とうまく話せない奴にとっては尚更である。しかし「旅行者」である以上、一度にたくさんの本を持ち歩くことはできない。必然、それぞれの街で現地調達という形になる。

 しかし、モカが満足できるほどの本が揃っている街は案外少ない。

 そもそも本屋や図書館がないということもよくあるし。例えあったとしても、すごく高価だったり規模が小さかったり、いつもぐぬぬと歯軋りをしながら宿屋に戻ってくるというのがモカの日常であった。

 ところが今回はどうだろう。

 アンズの言う通りにこのでっかい岩が全部建物であるならば、今まで見た中でも最大の図書館ということになる。これならば読む本には困らない。それどころか読みきれなくて困るぐらいだ。

 知らない街の、知らない人たちの生活。

 知らない人の、知らない空想の物語。

 まだ見ぬ常識、価値観、生き方、考え方。知らない世界、新鮮な魅力。

 つまりは、ネタの宝庫である。


「は、早く入ろうっ、早く」


 待ちきれないとばかりにモカがアンズの手を引く。

 しかしその手は動かなかった。


「アンズ?」

「ご、ごめん……モカ、そうじゃないんだ」


 ばつの悪そうな表情で、アンズはモカに謝った。


「え?」

「あの、ぬか喜びさせるつもりじゃなくて。私はただ『不思議な形をした建物がムラサキ野にあって、それは図書館になるんだ』って話を聞いたから、モカに見せてあげたいなあって思っただけで……でもそうだよね、そりゃ、入りたいって思うよね……」

「……」

「ごめん。完成は、その……来年なんだって」

「……ふぐぅ」


 誠に残念なお知らせを聞いたモカの身体から、へにゃへにゃと力が抜けていった。

 アンズは慌ててそれを支える。


 へんてこな形をした卵が、そんな二人の様子を可笑しそうに見守っていた。



 


 


 

 

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