第38話 王都での光
神の御使いであるアキラの言葉は神官よりも尊いのだ。
テストの舞台は、比較的早くに用意された。
爆破の場所は、人間側の武器製造を担っている都市で、鋳造などで既に水銀汚染が広がっている土地だ。
爆弾は酒樽に紛れて納品され、潜入している者が砂止めを外して馬で逃げる。
馬の速度は5キロ程度なら時速50キロメートル程で走れる。
時速13キロの速足でも一時間は走れる。
つまり、一時間に13キロメートル逃げられる。
二時間あれば、充分に安全圏まで走れるだろう。
この場所は、戦場だけではなく王都からも見えると予想されている。
誤差一時間と見て、爆発時間を正午前後に予定して魔族側が隊列を組んでいる。
人間側は動かない魔族を警戒しながら、人員の補充をしつつ隊列を組はじめた。
「ちゃんと注意事項は伝えてあるんだろうな?」
「はい。全員に大型の楯を装備させ、無い者は穴に籠り、【体に光を浴びた者は信仰や属性に関わらず、御使い様の呪いにかかる】と伝えてあります。戦場では時間の経過を太鼓で伝え、光が無くとも正午より一時間を目安に進軍を開始します」
「それなら良い」
地下工房で時間を確認しながらアキラ達は、その時を待った。
地上の店舗は臨時休業にしており、雇った人間が見張りに立っている。
空に異常があれば、鐘を叩く様に言ってあるのだ。
戦場では、楯を片方に構えたまま二時間ちかく微動だにしない魔族軍に、詳細を知らない人間達が困惑しない筈がない。
太陽が頭上に至り、一時間経過を告げる太鼓が叩かれようとした寸前に、戦場に光が走った。
「「「「うぉ~っ!御使い様ばんざーい」」」」
光が止むと共に、魔族側の進軍が始まった。
予期せぬ光と轟音に、人間側の軍隊は統率がとれていない。
編成途中だった人間軍は壊滅状態となり、残存兵はチリジリになって退却した。
王都でも、その音と光は観測され、武器屋の店先では鐘が鳴り響いた。
「見に行くぞ!」
「大丈夫なのですか?」
地下工房の階段を駆け上るアキラの後を職人のヤバルが追って走る。
屋外にハシゴをかけ、屋根に登ったヤバルが見たものは、地平線の山の向こうに見える、毒々しい色の巨大なキノコ雲だった。
「【大きなキノコ】?」
「どうやら、成功した様だな」
ヤバルは、アキラの言葉に成功を確信したが、これほど大きな噴煙が上がるとは思っていなかった。
テストに使われた町の規模から、あの雲の下では一万人以上の死者が出ていると思うと、自分の行為に震えが来て腰が抜けてしまった。
『ラノベからとは言え、リアリティをだす為に、地球の状況を多くコピーされているおかげだったな』
対してアキラには、特にネガティブな感情はない。
人間に裏切られ最前線を目にしてきた上に、その圧倒的な力量差から人間に対する同類認識が欠如してしまった様だ。
これはアキラが悪いのか?
力量が上の者を嫉妬し、化け物扱いした人間が悪いのか?
「ヤバル。この誤差を考慮して、もう一つ作ってくれ」
「こ、こんな物をまた作るのですか?」
「お前の家族が勇者に殺される事を考えろ。俺は強要しない。選択の結果は、共和国の被害に繋がるだけだがな」
「・・・・・」
人間達は、謎の発光現象と巨大な雲の発生の調査に乗り出した。
戦場の状況から、あの光は魔族が起こしたものだと推測したからだ。
軍部と冒険者の合同調査隊は、金属すら焼け焦げ全てが吹き飛んだ無人のくぼ地を発見したと報告をしてきた。
現場には魔族の姿はなく、周囲の森は、いまだに燃えている。
魔族側は、アキラの忠告を聞いていたので調査隊を派遣せず、人間側の冒険者から情報を横流しさせていた。
「聞いたか?全て御使い様のおっしゃる通りになっていたらしいぞ」
「知っている。調査に行った者は全員が体調不良になり、数人が既に死んだらしい」
「話に出ていた【呪い】だな。あれでは勇者があらわれても助からないだろう」
共和国で報告を受けた者達は、驚愕した。
話半分で考えていた事が、現実となって起きたのだ。
「これは、危険すぎないか?」
「御使い様は、【完成品の処分は共和国の判断に任せる】と、おっしゃったらしいが、文字通り爆弾みたいな案件になってしまった」
「間違えれば味方も被害を被る。できれば使いたくない物だな」
「しかし、伝承通りに【勇者】が現れたりでもしたら・・・」
疑心暗鬼が原爆の解体を踏みとどまらせた。
御使い様の協力で完成した物だけに、一度壊せば二度と使えなくなるだろう。
「この選択が、女神様が与えた試練なのか?」
共和国は、この爆弾と開発者を呼び寄せて、全てを保留とする事にした。
そして、この爆発が元で、王城にはアキラ達と話題の【勇者】が召喚されたのだった。
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