第35話 王都の皇太子妃

この世は不平等で不条理だった。


お姫さまになる事や、王子様に求婚される事は、世の女性たちの夢であり、憧れであると言う。


だが、ソレは一面しか見ていない者達の、片寄った妄想でしかない。


朝から晩まで食事や挨拶、会話のマナーを練習させられ、ダンスのレッスンは指の一本一本まで指導される。


特に王族以外の男性との接触は禁止されており、入浴やトイレ、夫とのベッドシーンまで配下の女騎士や側仕えが同席しているのでプライバシーなど微塵も無い。


確かに、あの分厚いレースのドレスでは一人で脱ぐこともできなければ、トイレで用を足す事も不可能だ。

子供でも要介護の老人でもないのに、大人の女性が排泄後のお尻を他人に拭いてもらうと言うのは、あきらめるまでは精神が崩壊するかと思った。


物語のお姫様は、ダンスも踊れてトイレにも行かないのだから。


かと言って、貴族や王族に求婚されれば拒否権は無い。


不細工でも性格が破綻していようと、足が臭かろうと歳が離れていようと、一方的に公式発表されれば、拘束され幽閉されて、指示通りにしなければ食事も与えられない。


私たち女は、何を夢見ていたのだろうか?


私の場合、幸運だったのは王子本人が、ソコまで劣悪な相手で無かった一点だ。


あとは、ここまで述べた様に庶民には想定外の現実が待っていた。





それに元々、私はお姫様など望んではいなかった。


職業軍人だった父が魔族との戦いで戦死してから、母親は失踪し、親戚や施設をたらい回しされた。


全てを魔族のせいだと思い込んだ私は、成人後には魔族に報復する為に軍へ入隊しようとしたが、女は戦線に行けないと聞き、女でも戦線に行ける【冒険者】に成った。


魔法が使え、強靭な肉体を持つ【混ざり者】達に混ざって、体力と剣技だけを研いた。

仲間を陥れて、聖剣とまで言われる武器を手に入れてから、やっと純粋な人間では最高峰とまで言われるBランクにまで到達したが、戦場には行けなかった。


どこもかしこも、聞いていた話と現実が違っていた。


Bランクになった純粋な人間として王族に呼ばれ、謁見した時に皇太子に見初められて、不自由な拘束生活である。


そんな私を知って母親が名乗り出てきたが、これがまた、男を渡り歩く売女の様な人間だったらしく、実は私の父親も本当の父親か怪しいらしい。


皇太子妃となった私は、血筋も改竄されていたが、生母として楽をしたいと言っていた。


どこもかしこも、聞いていた話と現実が違っていた。


私の同意を得て、親衛隊の暗部が彼女を闇へと葬った。


王族であろうと貴族であろうと、女は次世代を産む為の道具であり、【姫】とは事実上は家と家とを繋ぐ為の道具であって意思を持つ必要は無い。


あとは人前に出す時に、恥にならない程度の常識/貴族や王族レベル/が有れば良い。


今回、平民出の私に白羽の矢が立ったのは、王家と公爵家の仲たがいが原因らしい。


政治の話で、女である私に知り得たのは、そのくらいだ。

あとは、私が王妃の母国である隣国の王族が残した【御落胤ごらくいん】と言う扱いになっていると言う事。


どこもかしこも、聞いている話と現実が違っていた。






そんな私が、ベッドで皇太子にねだって手に入れたのが、前線の兵士を労う目的でソノ話を聞く謁見の場だ。


少なくとも、父を奪った魔族への鬱憤うっぷんを晴らすのと、わずかなりとも王族の生活から解放される時間となる。


「メイド達の噂によると、王都にSランク冒険者が帰ってきていると聞きます。その者達との謁見はできないのですか?」

「あの様な不浄な者どもを、皇太子妃の御前おんまえになど・・・」

「私とて、元は冒険者をやっていた者。その辺りの詳細は存じております。それに、皇太子妃が冒険者にも区別なく労いの言葉を掛けたと知れれば、Sランク冒険者を目指して奮闘する者も増えるでしょう。それは即ち戦力の増強にも繋がるのではなくて?」


強く成りすぎた冒険者を、戦場で磨り潰す目的もある事は、王家に来てから知った。


人間に敵対する勢力を作る前に、魔族との戦いに投入して減らしてしまおうと言う一石二鳥の考えだ。


戦死した冒険者は、義勇兵として正規の軍人より高く評価している。


正直、将軍達の嘘だらけの自慢話にも飽き飽きしたのだ。


「姫のおっしゃる事にも一理あるかも知れません。冒険者が帰国するなど、そう無い事ですから、このチャンスをプロパガンダとして利用してみるのも良いかと」


軍に関係している大臣が、話に乗ってきた。


平民からのしあがる為に磨いた処世術は、温室育ちの姫とは違うのだ。

相手の利益も提示して、こちらの要望を通すくらいは雑作もない。


いや、もしかすると戦況が芳しくないのかも知れない。

私が冒険者だった頃も、常に兵を募集していた。


「大臣まで、その様におっしゃるのであれば、少し検討してみましょう。不祥事があっても姫ならば、大事はないでしょうし」


私の傍らには、常に愛用の聖剣が準備されている。

私が皇太子妃に起用された理由の一つが、公爵家がらみで皇太子が狙われた時の楯になる事だ。


寝室にまで横で守れる、人類最強の護衛も兼ねていると言う訳だ。


王家と言い、貴族と言い、人間を道具としてしか見てはいない。


「そうそう、謁見が実現した時には、冒険者のレオルド・フォルカスも呼んでください。彼も最前線の事は知りたいでしょうから」

「かの【勇者】をですか?検討させて頂きます」


王や皇太子とは違って、王妃や皇太子妃には命令の権限が無いのだ。


また、勇者と呼ばれるSSSランクの冒険者が前線ではなく、ナゼ王都に居るかと言えば、それは奇襲部隊による王都防衛の備えだった。


勿論、伝説にある魔王や魔王城の存在が確認できれば、そちらに投入されるが、今のところ報告は無い。


冒険者の斥候からの報告では、要塞規模の同規格の都市が複数発見されただけだ。

人間が勝利するには、要となる魔王を倒すのが一番現実的と言われている。


『しかし、魔王だけを倒しても、皇太子がいるんじゃないの?私みたいな楯を付けて』


公爵家は、ある意味で【獅子身中の虫】だ。

王家の分家であるがゆえに、王家が全滅した場合に王家を引き継ぐ権利を持つ。


逆に言えば、王家を暗殺などして全滅させたい者達でもある。

国王に後継者が居ない場合も、公爵家から次世代の王が立つ。


それ故に最強の楯わたしは、国王ではなく皇太子に付いている。


「これって、魔王側にも言えるんじゃ無いのかしら?」


私の意見は、世界には反映されない。

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