第33話 王都の隠れ家

暇潰しの魔物討伐の一つは、無事に終了した。


申告にきた冒険者ギルドでは、『流石はSランク冒険者だ』と持てはやされていた。


「たまたまベヒモスの群れに遭遇しただけだ。運がよかったのさ。禁酒していたのが良かったのかな?」

「いやいや、願掛けや運も実力のうちってね。ドルテアさん」


誉められているドルテアがチラッとアキラの方を見るが、笑顔で頷いているのを確認して再び人混みにのまれた。


そんな二人をよそに、アキラがギルドでの事務処理を続けていたが、やがて、その作業が終えたのを見て、ジーニスとドルテアは急いで冒険者ギルドを立ち去ろうとしていた。


「済まないな。チームで祝杯をあげるんでね」


そう言って立ち去る三人を、見送るギルド長は、先日の襲撃犯から聞いたアキラの調書を思い出していた。


「地味に雑用に徹しているが、話ではアキラ君もSランクにも相当する実力の持ち主らしい。チームに入らずランク上げを避けているのは、何か過去があるのかも知れない。女神の泉からの報告と別に調査が必要じゃないだろうか?」


横に居た事務官に、そう話してギルド長は、アキラの動向を見つめていた。


「軍の一部では、ドルテアの動きにも不審な点があると動く者も居る様ですよ。ギルド長」

「確かに、奴が酒を飲まないのは異様だが、他のチームメイトが全滅したんだろう?心境の変化ぐらいあるさ!」

「酔っていなければ、一人ぐらい助けられたとかですかね?気持ちは分かりますが、私なら逆に酔い潰れて全てを忘れようとするでしょうね」

「もし、酔い潰れていたら、戦場から生きて帰れなかっただろうな」


そうなれば、アキラを含めた三人が戦場で死んでいた事になっていた事は、予想に難しくはない。


「しかし宿泊場所に、あそこを選ぶとは調査のしょうが無いですね」


事務官は、アキラから告げられた非常用の連絡先に困惑していたのだ。


アキラ達が宿泊している黒猫亭は、色々な意味で近寄りにくい場所だった。

利用料が高いので、気軽に出入りできる場所ではないし、男でも女でも単身で向かえば逢い引きや浮気、女遊びを噂される。


久々のSランク冒険者に話を聞きたくても、気軽に訪問する訳にはいかない場所だ。

別の用途にも使われているが、基本的には【高級娼館】なのだから。


そう言った意味で、彼等の宿選びは最善と言えた。

他の宿泊客も、身元や宿泊理由を勘ぐられたくない者が多いので、声をかけてくる事はない。


貴族や一部の王族も利用する店での調査は、事実上無理だ。


「Sランク冒険者を追尾できる調査員も居ないし、女神の泉へ派遣した監査官に、追加の調査を頼むしかないか!」


ギルド長は頭をかきむしって、自室へと戻った。




さて、宿に戻ったアキラ達は、簡単な反省会をしていた。


「ちょっと早く依頼を片付け過ぎましたかね?」

「ああ。この調子で依頼をこなしていたら、一週間で手頃な依頼が無くなってしまうな。久々なので、はしゃいでしまったか」


アキラ自身も反省をしている。


因みに、【一週間】と言う単位が通用するのは、この世界が日本のラノベから作られているからで、独自の異世界物語りでコノ様な単位や慣用句が会話で使えるのは、独特の設定がない限り手抜きでしかない。


昔の日本やアメリカに1月が存在せず睦月やJanuaryである様に、分かりやすいからと言って翻訳魔法に頼るのは、創造性に欠ける行為でしかない。

世界が変われば、気候や一年の長さも変わって当然なのだから。


「そこで提案なのですが、明日は王都の職人街へ行きませんか?実は今日のクエストで、用意していた剣が刃毀はこぼれしてしまいましたので」

「そうだな。上級冒険者は勤勉ではないし、戦場帰りでロクな予備装備も無いのだしな」


アキラも、朝霧の様な逸品を期待して同意する。

雑踏も意識して遮断すれば、一日くらいは我慢できるだろう。


「ところで、本当に祝杯をあげるのですか?」

「ドルテアがギルドで余分な事を言うからだろう?」

「そう言うが、ジーニスならば、どう言ってアノ場を切り抜けた?」

「二人とも喧嘩をするな!ここは共和国あっちじゃないんだから、無礼講で良いぞ」


二人は、顔を見合わせて声を合わせた。


「「そんな事は、畏れ多いです!」」







翌日、王都の職人街を物色中の三人だったが、ドルテアが足を止めて鼻をヒクつかせた。


「ジーニス。この匂いは、サフレインじゃないのか?」

「ああ。確かに、サフレインだな」


二人は、鼻を動かして辺りをうかがい始めた。


「サフレイン?何だソレは」

「サフレインとは、共和国エアリアの関係者が存在を認識し合う為に使うこうの事です」


アキラの問いに、ジーニスが答えた。


彼等も密閉性の高い容器に入れて持ってはいるが、今までは使わずに居たらしい。


共和国が人間領の各地に密偵を放っている事は聞いていたが、顔見知りでない者の連絡方法や同士討ちを避ける方法については聞いていなかった。


匂いを辿って三人がたどり着いたのは、なんと反戦団体の事務所だ。


魔族に属する彼等も、人間の撲滅を願っているが、好戦的な人間を忌み嫌っていると言う点においてだけ【反戦】なのだろう。


おもて向きも当然、戦場へ赴くSランク冒険者の来訪に良い顔で出迎える訳もない。


「Sランク冒険者が何の用だ?喧嘩でも売りに来たのか?」


当たり前の反応だったが、ドルテアが出した匂い袋に、その対応は急変する。


奥の部屋へと案内され、ドアの外に見張りを立て扉を閉めて、お茶の用意を始めた。


「お見掛けしない顔ですが、本国側からですか?」

「ああ。特務でな!特に、こちらのアキラ様は【御使い様】なので、御無礼の無い様に」


ジーニスの言葉に、部屋に居た全員が床に額を擦り付けた。


「なかなか面白い活動のしかたをしているな。話を聞きたいので頭をあげてくれ」


アキラの言葉に頭を上げるが、目を伏せてアキラの顔を見ようとはしない。

にらむ様な印象を持たれない為の、下の者がとる対応だ。


先ずは各自の自己紹介に始り、この団体の活動目的について話し始めた。


「戦争は重税を課すと共に、非生活用品の生産を要求され、食料も優先して手配されるので、一般市民には不評です。目前に危機が迫っていない住民は、遠くの勝敗よりも目前の生活を重視します。また、戦死者の遺族も戦争自体を敵視する傾向があるので、反対運動や戦争行為の妨害、情報収集に協力的に動いてくれるのです」

「その情報を本国に送って、勝率を上げているのか?」

「御明察の通りでございます」


反対運動が有るのは人間側も同じだが、それが結果的に敵側に利用され勝敗を左右するか否かの差は大きかった。

特に兵站の情報は内部側からは容易に入手できるので、人間側の戦力を削ぐのには有効だ。


「平和な世界の為に頑張っているのだな」

「御言葉をいただけて、恐悦至極にございます」


神官よりも上位である御使いに誉められるのは、彼等にとって至福なのだろう。

涙目になって、再び床に額を擦り付けた。


「軍の一部や冒険者ギルドの一部にも協力者は居りますが、潜入した同胞エアリアではないので接触は避けた方が良いでしょう」

「見たところ、この事務所も全員が同胞と言う訳ではない様だな?」

「おっしゃる通りです。ですから退出する際には、少し演じてもらえると助かります」


ジーニスと事務所の一人が、傍らで打ち合わせを始めている。


「できれば同胞の職人で、剣の修理ができる者を紹介して欲しい。上級な装備が手に入れられる所でもかまわない」

「でしたら、私がお連れ致しますよ」


ドルテアの問いに、ジーニスと話していた者が答えた。

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