第31話 王都と暗部

王都での初めての朝を迎えた。


「さて、何をしよう?」

「先ずは、この王都の見学でもなさっては?」

「確か門の辺りに観光用の施設があった筈です」


いくら冒険者だからと言って、初めての場所で即仕事と言う訳にはいかないだろう。

無論、地区に詳しいジーニスとドルテアが居れば、すぐに仕事をしても問題はないのだろうが。


「そうだな。人間側の文化や意識調査をしようと思っていたんだからな」


隠遁生活いんとんせいかつを望むならば、魔族領の奥か、人間領の【女神の泉】辺りが無難だと聞いている。


だからアキラの【最初の村】が、あの村に設定されていたらしい。


魔族がアノ辺りまで侵攻した頃に、世界から魔力/気力の臨界点が来ると聞いている。

それはコノ戦争が、まだまだ百年前後続くと言う事だ。


【社会の輪廻】システムの上では必ずしも勇者や魔王は必要なく、仮に勇者とかが登場するならば、完全に【女神様の趣味】という次元の話になる。


「じゃあ、まずはソノ話の観光施設だな」


アキラも、二人の案を受け入れ腰をあげた。


二人に案内されたのは、アキラが王都に来たのとは別の門だ。

観光施設は、より人通りの多い所が充実している。

戦場側や農村側に設けても意味がない。


「こっちは、やたらと活気があるな」

「他の地域や国に対しての玄関口ですからね」


飲食店や高級衣料、土産物みやげもの店までが所狭しと並んでいる。

建物は高層で、上階は宿泊施設だ。


広場では露店が並び、大道芸が繰り広げられている。


三人は、門まで行って訪問者用のパンフレットを手に入れ、それを頼りに少し足を伸ばしてみた。


一部の通りは高価な物ばかりを扱う店が並び、貴族の高級馬車が行き交っている。


別の通りは、他の地域から来たとおぼしき様々な服装の人達で溢れ返り、一般人も冒険者も混ぜこぜになっている。


都市の中央に向かって伸びる幾本の通りによって、その様相はまるで違う。


冒険者が高級街を通ると異様な目で見られ、観光街を高級馬車で通ろうとすると人や荷車とぶつかりそうになる。


改めて案内図をよく観察すると、円型の王都は中央部の城と貴族街、東門側の四分の一のみが詳しく描かれており、周辺部の四分の三は説明文で巧く隠されている。


「道も商店街で巧く断たれているな」


ちょうど、ひと口食べたドーナツの様に【C】の形にグレーゾーンが残っていて、空でも飛ばないと垣間見る事はできない。


栄えている東門側からグレーゾーンに行くには、城や貴族街の近くにある冒険者ギルドや軍人詰め所などを通る必要性が有るのだ。


つまり、観光客などがグレーゾーンを見る事はできない。


そちら側から来たアキラ達は勿論見ているが、その記載されていない区画には荒くれ者の集りや娼館、奴隷商や賭博場、工場や倉庫、廃棄施設やスラム街などが集まっている。


きれいに光と闇が住み分けられていた。


特に著しいのは、光では客の歓声があがり、闇では奴隷の悲鳴が上がっている点だ。


「デルタとは、また別の区分けがされているな」

「でも、アキラ様。彼等は同じ人間なのですよね?確かに生まれによる差は生じるでしょうが、我々の様に乗り越えられない壁と言うわけではないのでしょうに」


ドルテアの言う事はもっともだが、人間と言う生き物は己のアイデンティティーを確保する為に、他者を見下す位置に居たがるものだ。

誰かを見下す事や、誰かの庇護下にある事でしか安心を得られない者が、あまりに多い。


「これだけ見ても、人間が自分よりも長寿な者、力のある者、能力のある者に嫉妬しているのが分かるな」


勢力区分の境目を見れば、蔑む視線と憧れる視線、更に妬む視線が交差している。

上からはハッキリと区別しようとする動きが、下からは侵食しようとする動きが明確だ。


アキラには日本でも常識化している事ではあるが、共和国で異種族でも共存共栄している姿を見てからだと、ショックは大きい。


「同じ種族でも、他人は別の生き物って考えなのさ」


ジーニスの発した言葉が、一番まとを得ているのだろう。


「確かに、人間の記憶では【これが普通で常識】って判断になってるな!」


ドルテアが、自分の中の記憶にニガ虫を噛んだ様な表情になっている。


日本では平等気質が高いが、地球単位で見れば、これに似た風景はあるのだろう。


『女神様も、ここまでリアリティを追求しなくても良いだろうに?』

〔何を驚いているのだアキラ。貧しい者が居てこそ、豊かさがある。敗者が居てこそ勝者が居る。皆が我慢する世界でない限り、平安や平等など創りようがないではないか?〕


確かに、自分の過去や他者の悲劇と見比べて、人間は【幸せ】を感じてしまっている。

身近な所では、勝利や優勝を目指す者達も、その一部と言えなくもないのだから。


『でも、メタトロン様。地球の生物は微生物に至るまで、多かれ少なかれ自分の子孫を残すために他の種族は勿論、同族までも排除したり殺したりしますよ。食べるわけでもないのに』

〔では、この世界の元となった【地球の生物】が全体的に好戦的なのだろう】

『そう言う評価をされると、地球の生物が全体的に病んでいるみたいにみえますね』


実際、人間の神話には終末や終末戦争の予言が幾つかある。

ユダヤ聖書の最後の審判。

北欧神話のラグナロク。

仏教における弥勒信仰。

ヒンズー教のカルキ信仰。


人間の作るフィクションにも人類の滅亡を唄った物は多い。

自然災害や天災や病気が原因の物もあるが、人間による環境破壊や人口増加問題、利権や傲慢による戦争が原因の作品も、決して少なくはない。


逆に、争いや洗脳なくして、これらの諸問題を解決した作品は皆無に等しい。


内容から見ても、人間自身が【このままではイズレ滅びる】と言うより、【こんな人間は滅びるしかない】という思考を持っている様にしか思えない物が見受けられる。


『そう考えると、先の見えない地球で現実と戦うより、荒唐無稽な不思議魔法でなんとかなるラノベに浸る日本の若年層も理解できるなぁ』

〔ソレを現実化しようとしたシワ寄せが、我々のコノ世界の人間社会に来ているのだがな〕

『実在する神様って、本当に全智でも全能でもないんですね』

〔無理を言うなよアキラ。人間社会は、元になったラノベのせいで制約が多いのだ。逆に語られる事の少ない魔族側は、この【社会の輪廻】を使って融通が利いたが〕


そうだ。人間側が主人公の作品が多い為に、魔族側は確たる制約が少ない。

なので【人間に敵対する】と言う最低条件さえクリアすれば、管理者は理想的社会も創造できるのだ。


「どうかなさいましたか?アキラ様」


考え込んでいる様子のアキラに、ジーニスが心配して声をかけた。


「いや、人間のコノ状況も女神様の御意志だと思うと、少し考えるところがあってな」

「我々としては反面教師として女神様は、この様な人間を作ったのだと考えています」


ジーニスの解釈は、とても合理的だ。

だとすると、地球の生物が異常なのは、誰に対する反面教師なのだろうか?


丸一日、王都を歩き回ったアキラの見た人間社会は、予想に反して地球の病巣を見る事に至ってしまった。


特にアキラは、下手に超感覚がある分だけ見なくてもよい物や、聞こえなくてもよいものまで聞こえてしまう。


女神の泉でも多少はあったが、ここの物は、更にドロドロしていた。


「あ~っ!あまり長居すると、鬱になってしまいそうだ。明日は王都の外で魔物狩りでもしよう」


早々に酒を買い込み、アキラ達は宿へと帰った。

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