第27話 魔族領からの人間達

そして日は過ぎていった。


魔族領/共和国でダラダラと過ごして半月がたった。


住民達は、アキラの来訪に合わせて特別な行動を取っていた訳ではなく、実に誠実で平穏な生活を送っていた。


都市の外には無法者の集落も有ったが、特に死者が出る様な争い事は無い様だ。


だが、それと裏返しの様に、戦場では多くの血が流れていた。


武器のぶつかる音や魔法による爆発音。悲鳴と叫び声、土煙と血の匂い。


更には腐敗臭と酸っぱい匂いがするのは、死んだ者の遺体を回収処理する暇がない事と、死の直後に脱糞した消化物と嘔吐物によるものだろう。


ここでは硝煙の匂いこそ無いが、地球の第二次世界大戦時にも同様の事態はあった様だ。


話を戻そう。

全体的には魔族/共和国側が有利だが、エアリア側に全く死者が居ない訳ではない。

非力な人間側は、十数人で一人の魔族を相手にすると言う数の暴力で、僅かながらの勝利を得ていた。

人間側の死傷者も、かなりの数に及ぶが、総数の対比からすれば、まだまだ余力がある。


それほど人間の数は増え、開拓の為に森は潰され、自然環境は悪化していたのだ。


「人間側は同胞の命を道具としてしか見ていない様だな」

「非力な彼等としては、仕方ない事でしょう。失業率も高くなり、軍隊にでも入らなければ生活できない者も増えていると聞きます」


戦場を視察に来ているアキラに対して、護衛の者が情報を提示してくれた。


人間側で、特に活躍が目まぐるしいのは、冒険者達ハーフで構成されている部隊だ。


それでも5対1くらいの比率で、やっと勝利している状況だが。


「エアリア側も、チーム編成をして頑張ってはいるが、如何せんアノ数ではな!」


アキラから見ても、ある意味で卑怯な物量戦だった。

実像としては、少数の魔物を大勢の人間で攻めているのだが、映像を無視すれば、勇者チームが数百のゴブリン達に囲まれている姿に見えてしまう。


実際の戦争でもラノベでも、主観側が常に正義で、非主観側が鬼畜扱いされるものだとは、頭では分かっていても、現実に遭遇すると気持ちの良いものではない。


その両方と直に接触のあった者なら、尚の事と言える。


『【鬼畜米兵】ってドラマでは見ていたけど、当時の在米日本人は、いたたまれなかっただろうな』


日本での歴史ドラマを思いだし、アキラは表情を曇らせた。


「しかし、徐々に人間の駆逐は進行しています。特にイレギュラーが無ければ、我々の圧勝は間違いないと予測されています」


護衛の男が言う様に、アキラの超知覚でも戦線の全体的には、人間側が後退している。

更にはエアリア側には、後続部隊にも余力があるのだ。


「【イレギュラー】とは?」

「一般に【勇者】と呼ばれる存在です。伝承では形勢を逆転できるピンポイント的人物が出現した時代もあったとか」


『出ましたよ勇者!でも敵対すべき【魔王】が居ないんだよな!物語では、魔族を全滅させられなくても、魔王を倒せば人間側の勝利って胆略過ぎないか?王が倒されたなら王子や公爵が王位を継承するだけだろう?』


アキラの考えは、ラノベや物語の魔族が封建政治の王や貴族に準じたものだが、王の子供が引き継いで側近達がソレを支えて先代の復讐を謀ると言うのがナゼ無いのかは、疑問が残る。


「その【勇者】って、今回は居たのか?」

「いいえ、御使い様。ですが密偵の報告によると、【レオルド・フォルカス】とか言う、リザードマンとドラゴンの血を引く者が、そうではないかと噂されている様です」

「レオルドと言う名には、確かに聞き覚えがあるな」


アキラが冒険者研修を受けた中に、現状の把握として聞いた記憶があった。


「しかし、ドラゴンとリザードマンとは、サイズが違いすぎないか?」


偽装の魔法で補えるのは、あくまで光学的な見た目であって、サイズや部位が変化する訳ではない。

実体の上からフォログラムを重ねて投影している様なもので、着ぐるみに近い。


質量をも変化させる様な空間湾曲を必要とする魔法を連続使用するなど、どれだけのエネルギーを要するか考えただけでも馬鹿げている。


むしろ、実体が人間サイズで小さく、必要な時に他に保存している外骨骼的なものを召喚して中に入る方が現実的だ。


「ドラゴンにも、リザードマンにも幾つかの種類がありますので。まぁ、異種間交配は感心できませんが、恋愛は病気みたいなものですから」


結果として生まれた子孫が、魔族衰退の時期に人間の慰み物にされたのは、想像に難しくはない。


ともあれ、状況を片方側からだけ見るのは、正しい見方とは言えない。


「人間側の思想も、確認したくなったな」

「では、御使い様は、そろそろ人間の都市にお帰りになるのですか?」


アキラの呟きに、サリアが悲しそうな顔で反応した。


「そうだな。エアリアとの戦いを率先しているのは、確か【グラシア国】だったか?」

「はい。御使い様の仰られる通りでございます」


アキラが居た【女神の泉】より魔族領側に。いや、前線に近い国で、勇者レオルドが居ると言われている国だ。


「では近日中に、グラシアの王都へ行ける様に手配してくれ。地図なども有るとうれしいが」

「承知致しました、御使い様」


エアリア達にとってアキラは人間側でもエアリア側でもない、神側の存在だ。


その行動と判断は、彼等の思想や存在の上方にあるので、一切の拒否や意見を挟む事はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る