第26話 魔族領での思い

人間を滅ぼすのが世界の為であり、エアリアの為にもなると、【社会の輪廻】を知らない者達は感じている。


だが、それさえもエアリアの総意とは言えない様だ。


共用区では【戦争反対!人間との共存の場を!】と言うプラカードを持った団体が練り歩いていた。


第三勢力の存在だ。


それを見た護衛の一人が剣に手を掛けた。

が、アキラがドアをノックして気を引きつけ、首を左右に振ったので、騒ぎには為らなかったが。


「よろしいので?御使い様」

「大丈夫だ。実際の人間の所業を知れば、あんな物は簡単に自滅する」


馬車に寄ってきた人狼に、アキラは簡潔に説明した。


実際に地球でも、自然保護や人口抑制は、開発や利益、自由の権利により形骸化している。


「人間の向上心。悪く言えば嫉妬とエゴが、エアリアの想像の遥か上をいく現実を、じきに見る事になるのだから」


管制府に勤めている者なら、知識としては知っているのだろう。

人狼は、頷きながら警備位置へと戻っていった。


「御使い様。本当にエアリアと人間は、分かり合えないのでしょうか?」


側仕えのサリアが、心配そうに声を掛けてくる。


「一部には、理解しようとする人間も居るだろう。だがソレは少数派で、何の実行力も持ってはいない。人間の町で暮らした俺には分かる」


統計では、人間はソノ八割が安易で分かりやすい方法を選ぶ。


【2対6対2の法則】


恐らくは誰しも【争いは良くない】と分かっている。

だが、自分と異なる者との接触では、一番安易な【排除】と言う選択肢を選びやすい。


その結果が【差別】であり【争い】であり、【殺し合い】に発展する。


そして、その【総意】ですら、わずかな要因で全体の六割が簡単に寝返るのだ。


アキラの言葉に、サリアはうつ向いて黙り込んでしまった。


その後、馬車は各所属の居住区を見て回って、夕方には管制府に戻った。


管制府の広間では、既に宴の準備が整っていた。

日本では三度の食事が普通だったが、この世界では朝夕の二度が一般的だ。

ましてや、エアリア達は通常は食事をしない。


アキラもエアリア達を見て、大気中の魔素を取り込んでみたが、彼等の様に体内に魔素を溜め込む魔石の様な器官が無いのでやめてしまった。


そもそも、迎賓をもてなす供物の様な扱いと考えれば、いただかないのは失礼にあたる。


「【他人の善意を無視する奴は必ず後悔する】と言うからな」


食事の後は、量を減らす様に指示して、酒を飲みながらエアリア達の生活や文化について話を聞いていた。


「この都市も、なかなかの大きさだが、共和国の首都ってドノ辺りに有るんだ?」


地図を指差しながら説明された魔族/エアリアの勢力図には、中心らしい都市が存在しない。

ほぼ等間隔に同じような都市が【点在】しているだけだった。


「エアリアの文化に【首都】の概念はありません。毎年数日の市長会議が、各都市持ち回りで行われる以外は、都市単位で運営をしておりますから」


都会も無ければ田舎も無い。

実に平等を目指した社会構造だった。

人間と戦っている戦線では、指令本部の様な頂点が存在するらしいが、一般生活においては違うらしい。


『でも、待てよ!【女神の泉】では、勇者が魔王城まで行って魔王を倒すって、ラノベそのままの話を聞いていたが、魔王城が存在しないじゃないか?いや、それ以前に【魔王】って存在が居ないらしい』


口には出さないが、アキラは事態の差異に顔を歪めた。

恐らくは、初期設定が伝承として人間の世界に残っており、現実との齟齬が生じているのだろう。


この世界は人間優位の時代と、魔族優位の時代を、交互に繰り返している。

時代ごとに社会体制が変わってもおかしくはない。


ラノベでは人間も魔族も、王を頂点とした封建政治が定番だが、民主主義や社会主義、宗教国家に至る可能性だってあるのだ。


「御使い様、そろそろ御休みになられては?」

「そうか、もうそんな時間か?」


つい話し込んでいたが、月が真上に来ている。

この世界の月は、常に太陽と反対側にあるので時計がわりになる。


つまりは深夜だ。


側仕えに連れられて寝室に行くと、複数の女性が薄着でかしずいていた。


「夜伽か?不要だ。一人でないと眠れないタチなんでな」


頭をたれて、しずしずと去っていく女性陣を見て、アキラは多少の申し訳なさを感じた。


彼女達にすれば、信仰対象に奉仕できない事は絶望でしかないのかもしれないからだ。


「サリア、お前も自室に戻れ」

「いいえ、御使い様。側仕えは、常に御側に控えておくものですから」


ベッドに腰を下ろして靴を脱ごうとすると、サリアが駆け寄ってアキラの靴紐をほどきだした。


そう言えば、彼も日本に居る時に本で読んだ事があった。


本当の側仕えは、常に主と同席し、様々な記録をとったり、着替えを手伝ったり、ドレスアップの為にしゃがめない主に代わって物を拾ったり、取ったり、トイレでお尻を拭く事までするらしい。


勿論、寝ている間に布団をかけ直したり、夜中にトイレに行く時も灯りを持って同行する為に徹夜するものなのだ。


「マンガやラノベの貴族は嘘っぱちだな!」

「まん?らべ?何でしょうか?御使い様」

「いや、何でもない。独り言だ」


サリアに身仕度をさせ、薄着になったアキラは、ベッドに入って目を閉じた。


蝋燭の幾つかが消され薄暗くなった部屋の隅で、サリアが椅子に腰を下ろしたのを超感覚で知覚して、アキラは意識を手離した。




そして日は過ぎていった。




ーーーーーーーーーー

環境保護や人口抑制の形骸化


人口が増えれば、より多くの住居が必要となり、山を切り開いて更地にしたり、ゴミや汚物が増える。


技術革新とかで世界規模の問題が解決しない限り、環境保護は【糠に釘】と言える。


ある国では、自分の子供を労働力として使って家計を支えているので、子供の数が経済成長率に繋がると言う所もある。


世界や国の環境や人口問題よりも、明日のパンの為に子供を増やす社会が実在するのだ。


そして、その様な国の安い労働力を利用して、先進国と言われる国々は繁栄を維持している。


その先進国で開発された医療技術により、世界の死亡率は激減し、地球の表面積は変わらないのに、世界の人口は毎秒2人づつ増えている。


【毎秒2人づつ増えている】

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