第25話 魔族領の風景
「御使い様の御指名を断ると?」
ベンザイの睨みが、出てきた娘に向き、周囲もソレにならった。
「なに、技量などを気にするほど度量は狭くないよ。それよりも庶民に近しい者の話を聞きたくてな」
「は、はいっ」
アキラの言葉に、娘は勿論、皆が頭を下げる。
御使いの選択に異を唱える事はできないし、他者が彼女の失態を咎める様では【御使い様の度量が狭い】と称する事に成りかねない。
簡単なフード付きのマントを用意され、案内された停車場には何種類もの馬車が用意されていた。
王様でも乗っていそうな豪華な物から、旅の庶民が乗る様な簡素な物まで。
アキラは警護の二名を見て、上級の商人が乗る様な馬車を選んで指差した。
「特に準備された礼儀正しい町の様子ではなく、普段のエアリアの暮らしを見てみたいので、その様にはからってくれ」
転移魔法で移動したエアリア族の町では、朝日が昇ったばかりで、朝の賑わいが始まっていた。
『【女神の泉】を出たのが昼だったから、かなり経度が違うみたいだな』
瞬間移動だとすると、この場所は下手をしたら、惑星の反対側かも知れないのだ。
アキラが位置的な事を考えている間に、護衛の二人も町の商人を守る護衛の様な格好に改めている。
腕には自信があるので、本当は二・三人で町をブラブラと歩きたかったのだが、来賓を無防備に歩かせる訳には行かないのだろう。
ソレを横目で見ながら、アキラと側仕えの娘は、そのままの姿で馬車へと乗り込もうとした。
「そのマントには、気力を隠蔽する機能があるそうなので、お召しのままで御乗車下さい」
馬車に乗る時にマントを脱ごうとしたアキラに、側仕えの娘がマントについての説明をして止めた。
人間の町とは違い、レベルの高いエアリア達の中では、飛び抜けた魔力/気力のアキラは目立ちすぎる。
馬車で隠さなくてはならないのは分かるが、加えてマントで更に隠蔽しなくてはならない様だ。
アキラは、そこまでしなければ、エアリアの町を御忍びで視察する事すらできないのだった。
「ここでは、魔力の事を【気力】と言うのか?」
「はい。大気に満ちる力なので【気力】と呼んでいます」
まぁ、自分の事や、使う力を【魔】や【悪】と呼ぶ奴は居ないのだろう。
馬車の外には、護衛として付けられた剣士が二人。
馬車の中には、雑用としての獣人の娘が同乗している。
娘は、アキラの為に飲物の準備を始めていた。
「お前、名前は?」
「さ、サリアと申します。御使い様」
「サリアか!」
手を止め、少し怯えた表情で姿勢を正し、アキラに頭を下げた。
貴族社会の設定らしく、この世界には頭を下げて挨拶をする習慣は無い。
女性はドレスの裾を持って、軽く膝を曲げる行為。
男性でも、胸に手を当てて軽く頭を傾ける程度だ。
明確に頭を下げる時は、宗教関係や、支配と被支配の関係にある時だけだろう。
サリアは、魔力/気力の大きさを見ると、小柄だが子供と言う訳ではない様だ。
人間も同様だが、
同様に魔力/気力も、成長と共に大きく強くなるし、鍛え方によっても大きさは変わってくるが、同様な格差が生まれる。
だが、マンガの様に鍛えれば無制限に種族の限界を越えて膨大な体力や魔力/気力を手に入れられるのは、現実的にはない。
実際、どんなに頑張っても、地球人の垂直跳びは約2メートルが限界と、かつてのオリンピックで証明されているのだ。
標準的に考えれば、身体的特徴が似ている同士で、魔力量/気力量を見れば、おおよその年齢比較ができる。
正し、人間とエアリアでは根本的な寿命が違い、50歳でも子供扱いされるので、人間の基準は当てはまらないが。
動き出した馬車の中で、アキラは用意された紅茶を口にする。
窓からは、いまだに城の様な建物の壁しか見えない。
「サリア。どの様なコースを通るのか、説明してくれないか?」
「承知いたしました、御使い様」
サリアは、馬車の座席の下から地図を取りだし、広げて見せた。
地図に描かれた町全体は、おおよそ五角形の中に五芒星を描いた様な区画になっており、中央の五角形の中心に、丸く【管制府】と書かれた区画がある。
その周囲には【共用区】と書かれた商業地区と工業地区が描かれている。
外郭の五角形と五芒星により作られた十の区画は、種族別の居住区となっており、その外部に農村と畑が広がっている。
地球での町は河が基本となって広がるが、魔法で水や火を作れるコノ世界では、ある程度の広ささえ確保できれば、魔法で地質改変や整地が可能なのだ。
「先ずは、共用区の中を一回りした後に、各種族の区画を見て回る予定と聞いています」
中央部分には、同心円と放物線を基本にした道が。
各種族の居住区には、その放物線の道と、全ての居住区を横に繋げる大通りが交差して描かれている。
城壁都市なのは、人間の町と似ているが、外部に城壁を増設して巨大化しようとする人間の町とは違い、この町は増設を前提にしていない様に見える。
「この町の構造では、人口が増えた時に困るだろう?」
「御使い様。基本的に人口を増やす事はありません。人口は周囲の自然の規模に合わせて増やすものですから。増やすのは、人間に破壊された地区を森に還元して、森が広がった分だけ新たに都市を作り、移住者で減った分を補うだけです。環境を無視して増える生物など、害獣以外の何ものでもありませんから」
『人間の町の奴等に、いや、地球の人類に聞かせたい言葉だな』
地球人であるアキラにも耳に痛い言葉だ。
人間の町が野獣や魔獣から身を守りながら自然を侵食する為の物であるのに対して、エアリアの町は自らを抑制する為のものだと。
管制府を出た馬車は、商業区へと出た様だ。
多彩なサイズと容姿の者達が、各々の能力を活かし、協力しあって生活をしている様が、見てとれる。
アキラは、エアリアの町と人間の町、更には地球の町の様子を比較して見ていた。
地球においては、化石燃料により躍進的に技術や文化が進んだ。
魔素/気を使って部分的な物理法則を変えられるエアリアのソレは、化石燃料を手にした地球文明に匹敵する。
鉄筋コンクリート製の五階建て建築物。
地下埋蔵型のインフラ。
気を使った乗り物にガラスの窓に外灯。
対して、人間の世界は産業革命以前の中世文化で止まっている。
日干し煉瓦と石垣の建物。
人力と動物を使った移動や動力。
破壊と再生を繰り返す、人間界とエアリア界では、寿命が違いすぎるので再建具合が異なる。
人間の寿命では、破壊前の技術を次世代に伝授し終える前に、先駆者の寿命が尽きる事が少なくない為だ。
共通なのは、階級社会が有るくらいだろうか?
日本で産まれ育ったアキラではあるが、誰も責任を取らない様に多数決で運営する民主主義が最前線の文化であるとは、思ってはいない。
争いが無いわけではないが、誰かが仲裁に入る事が常識化している様だ。
「なかなか、良い町の様だな」
「お褒め頂き、恐悦至極にございます」
女神の意向か、メタトロン様の努力か?
エアリアの町は理想郷に近い様だ。
エアリア達からすれば、人間は環境を破壊して増えるだけの害獣らしい。
人間を滅ぼすのが世界の為であり、エアリアの為にもなると、【社会の輪廻】を知らない者達は感じている様だ。
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