第8話 女神様は設定者

突然、不思議な光に包まれた巫女が、口を開いて話し始めたが、その声は女官達には聞こえていないようだった。


ある種の念話だろう。

その言葉は、アキラにだけ伝わっていた。


「元気にやってる?送り込んだ後で何だけど実はね、ラノベから世界を作る上で、けっこう分からない点が出てきたのよ」

「出るでしょうねぇ。女神様」


かなりフランクな物言いになっているのは、どういう訳だろうか?


女官が【直答じきとうはならぬ】とか叫んでいるが、フィルターが掛かった様にくもって聞こえる。

恐らくは、アキラの声だけ聞こえているのだろう。


まぁ、それはさておき、先の貴族達の話ではないが、御都合主義と暗黙の了解の元に成り立っている世界を、現実化リアライズしようとすると、不明瞭な点や無理が生じるのは当然だ。


「そもそも、超常的な身体能力やスキル、魔法を使える者を【人間】と定義して良いものなのかしら?魔法を使える人間と、魔法を使える人型魔族との違いって【形】だけ?エルフやドワーフ、獣人は、ラノベだと、よく人間と一緒に戦うけど、魔族じゃないの?魔族って大半が複数の種族で描かれているわよねぇ?」


全くもって、女神様の言う通りだと、アキラは思った。

SFでも人類はエスパーや宇宙人を人間扱いはしない。

形が同じでも、自分達に対してメリットが無いと判断するや否や、人間を越える存在を、最終的には【バケモノ】と呼ぶのだ。


「【魔法使い】を【古代の科学者】って見る地球人も居るけど、そうすると軍隊の兵器みたいに、誰でも魔法使いに成れちゃうし、【MP】や【魔力量】って設定ができなくなる。で、地球の文献を調べたら、魔女って悪魔に供物を献上したり、肉体の売買契約をして【悪魔から魔法を貰う】ものらしいじゃない?でも、そうしたら悪魔や魔族と対立出来ない存在になっちゃう。聖女と魔女が共闘しているなんて、有り得ないでしょ?」


アキラも【魔法】を調べた時に、悪魔を召喚して女達が裸おどりをする【サバト】の絵を見た事がある。

そして、実際の中世の魔女狩りでは、魔女とされた女の肉体に刻まれた【悪魔と契約した印】を物証として、多くの女性が火炙りにされたらしい。

魔女は身体の一部や全体を売買契約した時に、その部位に悪魔のマークを刻まれるのだそうだ。


日本では昭和に【漫画の神様】と呼ばれた方が、【息子の身体を複数の魔物に切り売りして、その恩恵で領地を守った戦国武将】の漫画を描いている。


「でね、ラノベとは少し違っちゃうけど、こういう設定にしたのよ・・・・・」


女神が、設定した概要は、次の様なものだ。


【剣と魔法の世界】を実現する為に、第一に適度な鉱物資源と、銃など剣以上の武器が出来ない様に、魔族と人族の定期的な戦争による文明破壊を双方への嫌悪感を内包させる事で運命付ける。


次に、魔力の元である大気中の魔素が、消費されるだけで、どこから来るのかと言う問題を解決する為に、太陽から光の様に一定量降り注ぐと言う設定を構築。


ただ、酸素も大気中の濃度が過剰になると生命を奪う様に、魔素も過剰になりすぎると有害となるらしい。


なので、大気中に魔素が溢れ過ぎない様に、魔素をエネルギーに変換する生物としての魔物や魔族と、逆に魔素の消費が過剰に成りすぎない様に、魔物や魔族と敵対して殺し合う、魔素を使わない人族の存在を作る。


つまりは、戦いなどで人間が増えて魔族が減ると、魔素の消費が下がり濃度が増すので、少数となった魔族は強力な魔法を使える者が現れ、勢力を盛り返す。


逆に魔族や魔物が増えれば、魔素の消費量が増え、大気中の魔素量が減る事で、魔族も魔物も弱体化して人間に倒されやすくなる。


基本的に、人間は身体能力が低く、魔法も使えないので、人間と魔族に混血可能な要素を与え、【純粋な魔族】対【人間の生産能力に依存する低能力の混血冒険者や戦士】と言う対立関係を作る。


一定量以下の魔力を持つ者は【人間】として冒険者などに成り、先祖返りや高い魔力を持つ者は魔族として殺されたり追放されたりする。


純粋な魔族は食事が不要だが、混血の者は、少ないが食事が必要とすれば、この図式は維持できる。


魔族は、食事が不要なので大半が社会生活は必要なく、団体行動や協調、作戦行動が不得手とし、冒険者側は人間の持つ協調性も持っているので【多対一】という方法で、非力さを補う。


当然だが戦いが続き、魔素量が減って魔族などの驚異がおさまってくると、彼等の様な混血も弱体化してくるので、用無しのな彼等が次に人間の攻撃対象となる。


魔族等の減少で、増え始めた人類は、数の暴力で異端者である混血の者を駆逐していくのである。


人間の繁栄と共に、大気中の魔素は濃度を高め、強い魔族や魔物が現れ、人間を殺して文化を破壊し、戯れに犯して子供を作り、冒険者や戦士を産み出す。


「それで、その混血が人間に属するか、魔族に属するかを決定するのが、この【教会】って所よ。一部の例外を除いて」

「一部ですか?」


女神は、ゆっくりとアキラを指差した。


「貴方よアキラ」

「俺っ?俺が例外ですか?」

「勿論よアキラ。貴方の力は魔族をも越える。だけど転移者は【冒険者】になるのが定番だから、【人間側】として認可するの」


『ヤバイな。このままでは、人間側の勇者として最前線送りに成りそうだ』

〔汝は、のんびりした来世を望んでいたのだったな〕


アキラは、負けたくはないが、トップや勝者にはなりたい訳ではない。

義務や責任を自ら背負いたくはない。


程々にノンビリしたいのだ。


別に女神から【世界を救って】とか【魔王を倒して】と言われているわけでは無いのだから。


巫女こと女神からの話が一区切りついた所で、アキラは溜め込んでいた思いを告げる。


「女神様。せっかく異世界を用意してもらったのですが、地球の少し過去に戻してもらえば解決する事が分かりました。是非とも、その様にしてもらいたいのですが?」

「サエグサ・アキラ。私はあくまで【分体】なので、これは夢の中の自分自身みたいな物なのよ。だから、神界の記憶は有っても、目覚めれば忘れてしまうかも知れないわ」

〔アキラよ。先にも話したが確実にソウなる。これは何度も女神様のめいを受けた我が実感しておる〕

「らしいわね。だから、かわいそうだけど、サエグサ・アキラの思いは、女神本体には届かないわ」

「ですかぁ~」


アキラは、明確に項垂れた。




巫女の輝きが消えると、場の空気は通常に戻り、女官達の声も正常に聞こえる様になってきた。


「今まで、このような御神託は無かった。これは凶兆か?」

「監察官が申していた通り、魔族よ!きっと高位の魔族が乗り込んで来たのよ!」

「静まりなさい!」


騒ぐ女官達に、巫女が声をあげて制止した。

もう少し遅ければ、剣を抜いた護衛が飛び出してきた所だろう。


「女神様は、この者に冒険者登録をさせる事をお望みです。不始末が有ってはなりませぬ」

「しかし!」

「女神様の御意志に逆らうつもりですか?」


女官達が眉間に皺を寄せながらも、頭を下げた。


「そこな、冒険者を志す者よ。そなたの活躍を期待します」


たぶん、輝いている時のみ女神としての記憶と人格が憑依するのだろう。

輝きを失っている現在は、全くの別人の様だ。


御簾が下がり女官達が下がって、部屋の中は再びアキラ独りになった。

各所に潜んでいた護衛も、遠退いていく。


「は~っ」

〔チャンスかと思ったか?そう上手くいくものではないよ〕

『そうですね。メタトロン様』


アキラは、ゆっくりと立ち上り、部屋を出た。

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