第376話 人竜大戦 下


 見て、避けて、撃って。

 見て、避けて、撃って。


 見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って、見て、避けて、撃って。


 ある時期以降、やったことと言えば、このくらいだ。

 他の動作をする余裕もするつもりもなく、ついには考えることすらなくなっていた。

 日にちも、三十回目の日没を数えたところで無意味だと思ってやめたし、今、どこをどう辿ってどの国にいるのかも覚束ない。


 重要なのは、可能な限りで黒竜王の攻撃を避けて、可能な限りで黒の巨人の攻撃を当てた。それだけだ。

 爪、尻尾、体当たり、たまに噛みつき。

 バリエーションは多くても、何十回、何百回と繰り返せば、大体の動きは決まってくる。

 攻撃の予兆やパターンを覚えて、効率よく避けて。

 次の予備動作に入るまでの間、一発でも多く砲弾を浴びせ続ける。


 たまに命中する黒竜王の爪牙も、決め手にはならない。

 ほとんどがかすり傷と呼べるダメージだし、動きに支障が出るほどの重症でも、俺の魔力を原資に、巨人自身があっという間に立て直す。


 傷を負わない黒竜王と、傷をものともしない黒の巨人。

 そんな雲を衝くほどの巨体を持つ両者が、国境も種族ごとの領域も関係なく、世界そのものを戦いの舞台としてしまった様は、目撃した者にはどう映ったのか。


 脅威? 

 災厄?

 あるいは、神話?


 だとしたら、それは五千年前にアイツが辿った道をなぞり直していることになるんだろう。

 加護を得て、命懸けで戦って、英雄と呼ばれるようになって、神の領域に至る。

 途中の過程じゃそれなりに違いはあっても、最終的に行きつく運命は変わらない。


 ただ、俺が戦う理由は人族の存続に――神々やドラゴンにとっては取るに足らないものの中に、存在する。






 限界は不意に、予定通りに訪れた。


『右腕部基本フレームの耐久限界を突破。右腕、崩壊します』


 傷を負うたび、装甲が砕けるたびに、黒の巨人は自動的に修復の機能を行使してくれた。

 損傷部分を別のところから持ってきた装甲で補って、さらに周囲の岩や土から鉱物を集めて代用する。

 その一連の工程がとても複雑で難しいことだと俺でも理解できたし、そのおかげで戦い続けられた。

 だけど、代用品はしょせん代用品でしかなく、ドワーフ族が丹精込めて錬成したタイタンの槍の特別な鋼には及ぶはずがない。


 傷を負うたび、装甲が砕けるたびに、空気中の塵と見分けがつかないほどに細かくなった破片は回収することができなくなり、巨人はもろく弱くなっていく。

 そうして、夜よりも深い闇から、くすんだ曇天に、巨人の黒い装甲が置き換わりきった後、浸食は生き物で言うところの骨にまで進む。


『警告。これ以上の構造物質の損耗は基本フレームの維持が困難になります。直ちに戦場から離脱し、リペアモードに移行してください』


 的確に状況を教えてくれるけど、融通の利かない謎の声。

 同じ言葉を聞くたびに感じた苛立ちの正体は、徐々に追い詰められている現実を感情への拒絶だ。

 だけど、最初からギリギリの戦いを強いられてきた俺には、大逆転の秘策なんてあるはずがないし、思い浮かぶはずもなかった。


 その結果の、五体の一部の喪失。


 肩の辺りから悲鳴のような音を立てながら断裂していった右腕は、高速機動を続ける本体から落下して地面に激突すると、自重で大小さまざまな破片に変わりながら、生き物の息遣い一つ聞こえない荒野を夜の闇の中へと転がっていった。


『オートバランサーの設定を変更。左腕部装甲を第三層まで脚部に移植。使用者は適宜調整を行ってください』


 残った左腕に体ごと持って行かれそうになる中で、謎の声のおかげで急速に安定を取り戻す黒の巨人。

 だけど、復活までにかかった時は、そのまま俺にとっての致命的な隙に、黒竜王にとっての絶好の好機になった。


 とっさに振り回しながら放った砲撃は直撃しながらもダメージは皆無。

 逆に、黒竜王にとっての初めての会心の爪撃は、残っていた左腕を肘の辺りから見事に断ち切った。


「ぎゃああああああああああああっ!!!!」


 右腕の時には感じなかった痛みなき痛みに絶叫しながら、今度こそ制御を失った巨人の体は天地をひっくり返し続けて大地を転がっていく。

 当然、そんな速度は黒竜王にとって止まっているに等しく、両の翼で満天の星空に帳を下ろしながらとどめの一撃を叩きこもうと飛び掛かってくる。


 文字通り、手も足も出ない窮地。

 だけど、ノービスの俺にはまだ出せるものがあった。


「……四方の王の一角、北より奔りて極点で吹き荒べ、『ゼピュロス』!!」


 それは、魔法の発動というよりは、荒天の再現。

 闇の中でも見えてしまうほどの大規模で強烈な竜巻は、大地という支えを失っていた黒竜王を大きく後方へと吹き飛ばすと同時に、俺に立ち上がる余裕を与えてくれた。


 そう、両腕がなくても、俺には魔法がある。

 火、水、風、土。

 四大属性を駆使し続ければ、あの無敵の鱗もいつかどうにかなるかもしれない。

 左腕を失ったことで逆にバランスを取り戻せたことも大きい。

 なにより、戦いを続けられるという事実が、俺の意思を折らずにいてくれる。


 たとえ、決着がすでについていると頭の片隅で自覚していたとしても。






 最後の抵抗を続けていた右足を黒竜王の尻尾が砕き、ついに黒の巨人が動けなくなったのは、見覚えのない湖畔でのことだった。


 巨人の胸から下が水に浸かる様子を中から眺めながら、どこか現実だと思えない俺がいる。

 その理由が、戦う意志がまだ残っているせいなのか、それとも決まっていた敗北をとっくの昔に受け入れていたからなのか、心の整理が追いついていない今の俺にはわからない。

 そして、整理の間もなさそうだ。



 湖の対岸から、うるさいほどの羽ばたきが聞こえてくる。



 そのまま、湖の中心の空中に留まった黒竜王の金眼に、初めて怒りや憎悪以外の感情が見て取れた。

 一見、黒の巨人の内部にいる俺に視線を向けているようでいて、その実わずかに揺らいでいる気がする。

 

 まさか、迷い? 

 そんな馬鹿な。だとしたら、今まで俺に向けられてきた膨大な殺意はなんだったって言うんだ。


 その疑問の答え、というより、俺の頭をよぎった子供だましのようなたわ言が、ゆっくりと上昇してそのまま夜明けが近い東の空へと黒竜王が飛び去って行くことで、証明されてしまった。


『敵性体の撤退を確認。ギガントスタイル、リペアモードに移行。歩行機能回復まで、残り23147時間36分。外部からの構造物質の補給を強く推奨します』


 幸運とは思えない状況の激変に、どれくらい呆然としていただろうか。

 謎の声の要求に我に返って、今は巨人の復活が最優先だと認識する。

 とにかく何かしないとと思って、巨人の外に出て胴体を伝って、湖岸に降り立つ。


「……まずは、その辺のめぼしい岩でも持ってくるか」


 今の俺なら小山サイズの大岩でも軽々持ち歩けるだろうと推測しながら、とりあえず湖を一周してみようと歩き出す。

 時々立ち止まってはクレイワークで地中の様子を探り、見つからなければまた歩き出す。

 そうして対岸、湖を挟んで手足を失った巨人と向かい合うところまで来たところで、背後の丘に目をやる。

 ここまでろくなものが見つかっていない以上、行動範囲を広げるしかないなと思ったところで、小さな丘の向こうから鮮烈な光が差した。



 夜明けの訪れを示す白光の中に、黒よりも黒い人影があった。



「貴様が人族の英雄だな」


 こんなことはありえない。

 ありえたとしても矜持が許さない。

 そんな風に頭で考えながらも、それ以上に直感が俺の中で訴えていた。


 こいつは、この人影は黒竜王なんだと。

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