第362話 ギガンティックシリーズ


 やはりこうなったか。


 予感というよりも、確信があった。

 きっかけは、竜災でも不死神軍でも、五千年ぶりの災厄でもない。


 テイルが初めてこの神殿を訪れた時、あの頃の僕と同じ目をして現れた時だ。

 全てはあの時に始まり、ある意味で終わっていた。

 運命が決定づけられたと言い換えてもいいだろう。


 自覚がなかったわけでもないはずだ。

 僕が正体と由来を明かす前から、対話を重ねていくうちに薄々感じていたのは分かっている。

 人族から神に成ることもあるのだと、前例を知った時点で考えが至らないテイルじゃない。

 自分もまた、そう成るかもしれないことを。


 ジョブの原典にして最古、かつて神々と覇を争った巨人族の力を模倣した、万能の加護を誇るノービス。

 エンシェントと名付けたのは後世の者だ。今世にあふれているノービスとは、いわば模造品。

 あえて固有の名を冠することで真贋を逆転させ、誤認させただけの話だ。眷属を操った、隷属神共の仕業さ。


 眷属の一人すらいない力無き神の権能を真似たところでどうということもない。

 上位神に虐げられている悲哀を、僕というさらなる弱神を貶めることで少しでも晴らそうとしたのだろうが、大いなる運命はテイルというノービスの英雄を生む道を選んだ。


 なぜ、今頃になってこんな話をするのか、不思議に思っているんだろう?

 自分には関わりのないことだと。だが、言うまでもない話だ。

 このまま死ぬか、神々の世界に足を踏み入れるかの、テイルに残された道は二つのみだからだ。


 自覚はあるはずだ。

 愛する者を失い、手も足も出ない敵に絶望し、弱り切ったその精神を、傷だらけの肉体は支えきれなかった。

 どちらが先か、あるいは両方共にか、テイルという存在が生命の限界を迎えてしまったことだけは確かだ。


 それでも、未だテイルの魂が肉体から離れていないのは、エンシェントノービス最強の形態、その発動条件を満たしたからに他ならない。


 このスキルに名はない。

 ただ、加護を自在に使いこなすほどに熟練し、愛する人の死を目の当たりにして、なお戦う意志がいささかも揺るがない場合にのみ、選択の機会が与えられる。


 猶予?

 そんなものはもうない。以前にもジオグラルドを通じて忠告したはずだ、加護の核心に近づくな、と。

 いかにあっけなく思おうが、それが事実だ。


 テイルの人族として命は終わりを迎えた。道は途切れた。

 このまま死を受け入れれば、肉体を離れた魂は神々の元へと向かい、やがて来世へと送られるだろう。

 親しい者達との別れを惜しむ必要はない。全ての命は輪廻の中で巡り続ける。いつかどこかで、再び巡り合うこともあるだろう。

 記憶はなくとも魂が惹き合えば、今世で果たせなかった思いを遂げられるかもしれない。


 ……だから、考え直せ。そっちを選ぶな。


 人族の分際で神の座に至ろうなんて狂気の沙汰だと、今のテイルは分かっているはずだ。

 見ただろう、僕のかつての仲間たちの有様を。

 神とは名ばかりの、永劫に等しい時を奴隷のように働かされる哀れな姿を。

 僕は例外中の例外。至高の頂の一柱に見出されるなど、望外の出来事でしかないんだ。


 ノービスの英雄ともてはやされようが、わずらわされようが、しょせんは同じ人族への評価に過ぎない。

 だが、この先は違う。

 五千年前、同じ力を使ってドラゴンを撃退した僕を待っていたのは、甘言の裏に隠された強烈な殺意だった。

 もはや同族ではなく敵として認識されたということだ。


 仲間からは剣を、親しい者からは憐みを、それ以外の人族からは恐怖の目を、向けられることがどれだけ恐ろしく、孤独なことか。

 これだけ言葉を尽くしても、万分の一も伝わらないことは分かっている。

 だから、行くんだろう?


 もう止めはしない。だから、これは忠告だ。

 目覚めれば、すぐに黒竜王との戦いになるだろうが、他者を巻き込みたくなければ決して人里に近づくな。

 おそらくはジオグラルドが手を打ってあるだろうが、それでも万全を期すに越したことはない。

 近づきさえしなければ、人族の被害は大幅に減らせるはずだ。


 ……愚かな愚かな我が眷属、テイル。

 次は、神々の世界で待っている。





 生き返ったと最初に実感したのは、百年ぶりと錯覚するほどの呼吸の苦しさからだった。


「――がはっ!? ゲホッ、ゴホッ……!!」


『強制蘇生処置完了。使用者の鼓動が再開されたことを確認しました』


「こ、ここは……痛っ!?」


 すぐに戦いの最中だと思い出して起き上がるけど、動きを止めてしまうほどの激痛があばらの辺りから走る。

 どうやら、何本かの骨が折れているらしい。

 そう考えて、治癒術に頼ろうとしたしたところで、例のの声に先を越された。


『強制蘇生処置による肉体の損傷を確認。これより自動治癒処置を開始します』


 直後、魔力が吸われる感覚と同時に、痛みが走った箇所が熱くなっていく。

 急速に回復していくのを実感しながら、これで戦えると今度こそ立ち上がったけど、異変はここからが本番だった。


『自動治癒処置完了。加護、意志、両発動条件を満たしました。ギガンティックシリーズ、ギガントスタイル、スタンバイモード、使用者の承認を待ちます』


 黒竜王が翼を広げ始めている。

 驚いたことに、俺が倒れてからほとんど時が経っていない。どうやら、アイツの声を聞いていた間は、ほんの一瞬のことだったらしい。

 それでも、一度飛び立ってしまえばその影すら踏むことらできないのは絶対で、公都に到達されてしまえば手遅れになる状況は変わっていない。


『ギガントスタイル、スタンバイモード。使用者の承認を待っています』


 ずっと、考えないようにしながら、頭の片隅に残り続けている疑問があった。

 ギガンティックシリーズ、この名の由来はなんだろうと。


 かつて神々に滅ぼされた、巨人族に関係していることは分かる。

 黒の鎧の性能は確かに強力なものだけど、一方で名が体を表していないのも事実だ。

 人族サイズの鎧のどこに、巨人族の力が隠されているんだ、と。


 だけど、今わかった。

 これまでの俺じゃ、この力を使いこなすことはできなかった。

 加護が、技量が、なにより、人族ではいられなくなる恐怖と戦う覚悟が足りていなかった。


 アイツが言った通り、俺が進む道は二つしかないことは目の前の光景から明らかで、生き返った時点ですでに選び取っていたことをようやく自覚できた。

 

 公都ジオグラッドに狙いを定めた黒竜王を止める。

 俺の人族としての命は、そこまででいい。


『使用者の神をも恐れぬ意思を観測しました。ギガンティックシリーズ、ギガントスタイルに移行します』


 ガシッ、と確かに掴んだ感触に驚いたのは、張本人の俺よりも、自分の尻尾を掴まれるという、生まれて初めての経験をした黒竜王の方だったに違いない。

 それを可能にしたのは、無残にも破壊されて転がっているタイタンの残骸群――それらが宙に浮いて巨大な漆黒の両腕を形作っていた。


『広域クレイワーク、自動作動中。周囲の鉱物を集積、錬成、形成中。完了までしばらくお待ちください』


「そんなこと言っていられるか……腕の完成を最優先だ、とにかく黒竜王を止めろ!!」


『了解しました。腕部の形成を優先。敵個体の引き留めに注力』



 グルルルルル



 それでも、黒竜王の意思を変えるまでには至らない。

 多少苛立ちの唸り声を上げるものの、前を向いて羽ばたきを止める気配はなく、こっちのことを歯牙にもかけていないことは明白だ。

 実際、ゆっくりとだけと確実に引きずられている以上、この横暴なドラゴンの王は正しいというしかない。


 それなら、俺も遠慮なんかしていられない。


『ギガントスタイル、機体形成準備完了。形成後、魔力炉の使用が可能になります』


「すぐにやってくれ!!」


『了解しました。ギガントスタイル、形成開始。使用者の魔力を抽出します』


「ぐあああああああああアアアアアアアアアぐううううううううう!!」


 直後、全身の血が一斉に抜かれていくような感覚に、絶叫を余儀なくされる。

 痛むでも苦しむでもない、命という名の水がとめどなく流れ出ているような気がして、それでも歯を食いしばって耐え続ける。

 すると、いつの間にかに宙に浮き始めた体とは対照的に、見事な鱗を纏う尻尾を掴む手が、暴虐を阻止するために踏みとどまる足が、確かな感覚になって俺に伝わってきた。

 そして、


『魔力炉形成完了。機体形成も七割完了。魔法の使用が可能になりました』


「だったら……!!」


 閃光。のちの爆発。

 ただし、ただの一度のイグニッションは、攻撃対象である黒竜王の巨体を包み込む規模にまで広がった。



 ギャアアアアアアアアアアアオウウウウウウウウ!!



 特大の初級火魔法によって、今度こそ地に墜ちた黒竜王。

 その憤怒の金眼がこっちに向いて、はっきりと見開かれた。

 紛れもなく、俺を敵だと認識した視線だった。


『ギガントスタイル、全形成完了』



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