第358話 刺客 上
そこら中から剣戟や魔法の爆発音が鳴り響くジュートノル。
その内の一つ、視界の端に映った白刃の煌めきに向かって腰の袋から取り出した小石を投げつける。
なんの変哲もない、わずかな魔力も込めていない投石は、狙いあやまたず倒れている衛士に向かって剣を振るおうとした刺客の顔面に命中し、直後に他の衛士達に槍で叩き伏せられて制圧された。
そんな様子にひと安堵してから、改めて眼を開いて、耳を澄ませて、ノービスの加護を最大限まで行使する。
目標は二つ――といっても、うち一つは燃え盛る炎の赤色と聖なる光の白色がせめぎ合っている光景が建物越しにも一目瞭然だから、探すまでもない。
あれだけ目立つ戦いが起きていれば、ジオを護衛している騎士達も逃げる方向を間違えたりはしないだろう。
探すべきは、目立たない戦いの方だ。
魔法の光と爆発音――違う。
剣と剣を打ち付け合う金属音――違う。
刺客と衛士の争い合う怒号――違う。
戦闘音はもちろんのこと、足音一つ聞こえるかどうかすら怪しい。
相当な魔法の使い手であるシルエと、ハーフダークエルフのアサシンの戦いは、人族の物差しで測れるものじゃない。
例えば、普通は戦いの場に選ぶことなんてない、人気の少ない狭い路地とかが――
直感。そして跳躍。
見えたのは、二区画先の建物の隙間から飛び出た、一本のナイフ。
大して勢いのついていない黒色のそれは、山なりの軌道ですぐに落ちていったけど、確信するには十分すぎた。
一歩目で一区画、二歩目でもう一区画。
最後の三歩目で空高く飛び上がり、
『シュートスタイルに移行します』
腰の袋から取り出すのは、小さいけど高純度の魔石。
投石に特化したシュートスタイルでも、超長距離から正確無比にジオの命を狙った『紫毒の矢じり』とは比較にもならないだろう。
だけど、スピードスタイルとシュートスタイルを組み合わせた高機動投石ならどうだ?
「っ……!?」
叫び声を上げなかったのは、アサシンとしてのせめてもの矜持だろうか。
路地へと落ちざまに放った魔石の一撃は、利き腕と思われる右肩を痛打し、手にしていた艶消しの黒のナイフを取り落とさせた。
そして、決定的な好機を見逃すシルエじゃない。
「貫け、雷土の鳥、『ライトニングファルコン』!!」
彼女の口から紡がれた力ある言葉が生み出した、低空を飛ぶ魔法のハヤブサは、危険な輝きを持つ体で紫毒の矢じりに突撃し、その意識を刈り取った。
直後に路地に着地した俺は、紫毒の矢じりが気を失っているか確かめてから、白磁を通り越して青白い顔色になっているシルエに声をかけた。
「シルエ、大丈夫か?」
「余計な気を回すな。お前は自分の身だけ心配していればいい」
言葉でこそ強がっているシルエだけど、トレードマークのマントはボロボロで、隙間から覗く腕や足にはいくつもの擦り傷ができている。
控えめに言っても実力伯仲の激戦だった、という雰囲気だ。
不幸中の幸いは、毒を塗っていただろうナイフによる切り傷が一つも見当たらないことか。
そこに注意を払ったからこその、シルエの出で立ちなのかもしれない。
「もうすぐ、シルエの魔法の光を見た衛士達が駆け付けてくるはずだ。悪いけど、俺は行かないといけない。後を任せてもいいか?」
「……待て、お前がここに残れ、テイル。残りの刺客の相手は私がする……」
「無理をするな。その顔色の悪さ、体力だけじゃなくて、魔力が枯渇しているんだろう?」
「こんなもの、エルフ族に伝わる秘薬を飲めば……」
俺に対してだからこそ、だろうか。
気丈にふるまうシルエだけど、紫毒の矢じりとの戦いで全てを出し尽くしたのは明らかだ。
震え続ける足がとうとう限界を迎えて倒れそうになった瞬間、折れそうなほどに細い腰をとっさに支えた俺は、
「援護に駆けつけるのは余力がある方に決まっているだろう。関係のない人族を守るために、シルエは十分にやってくれたさ。後は任せてくれ。ジオもマクシミリアン公爵も、俺が守ってみせる」
「……そうか。それなら、あとは――」
そこで言葉が途切れて、シルエは意識を失った。
間近に見ても目立った傷はないから、魔力か体力か、もしくはその両方がが枯渇したんだろう。
念のためにファーストエイドで体中の擦り傷を治癒して、タイミングよく駆けつけてきた衛士部隊にシルエを任せてから、もう一度ジュートノルの空へとスピードスタイルで駆け上がった。
基本ジョブの中でも治癒術士は、最も戦闘に不向きだと一般的に知られているけど、もちろん例外も存在する。
その代表例が、冒険者ギルドグランドマスターの公私にわたるパートナーである、テレザさんなわけだけど。
そんな実績から、実力に関してはテレザさんを一番信用していたんだけど、何事も素人判断が一番危険だと思い知らされる光景が、目の前には広がっていた。
テレザさんの性格を考えれば、不利な戦いでも決して弱音を吐く人じゃないとわかっていたはずなのに。
「キャハハハッ!!少しはやるようだけど、あたしたちに向かってくるなんてとんだお馬鹿さんね!」
「傷を治すだけの治癒術士が魔導士に勝てるわけがないじゃない!攻撃に使う魔力の効率が違うのよ!」
強化した視界の先にある政庁前広場。
運よく風下に位置している俺の耳には、一人分かと思うほどよく似ている二人の女の声が届いてくる。
そして、政庁の正門を挟んで対峙するのは、マクシミリアン公爵を始めとした、儀礼服姿の公国の重鎮たちと護衛騎士を背に守る、式典用の純白の法衣を纏ったテレザさんだ。
どうやら、最初に火柱を見た地点からここまで移動してきたらしい。
「テレザさん!」
「テイルさん、なぜここに?まさか、公王陛下になにか……!?」
「詳しい説明は省きますけど、ジオは無事です。俺は最後の刺客を止めに来ました」
「余計なお世話です――と言いたいところだけど、正直助かったわ。今のままだと宰相閣下以下、公国のお歴々を避難させることもままならなかったから」
「あとは任せてください。応援が来るまで、なんとか相手をしてみます」
「ありがとう。けれど、くれぐれも無理はしないで。テイルさんの命を最優先に、撤退を選ぶことも勇気よ」
そう言い残したテレザさんは、マクシミリアン公爵たちのところまで後退すると、自ら殿を務めながら広場から去って行った。
そして、テレザさんに代わって立ち塞がる俺に、お揃いの真紅のローブに同系色のロッドを持つ双子の魔女が、値踏みするような視線を向けてきた。
「ねえ、こいつ、黒い鎧もそうだけど、ものすごい速度で走ってこなかった?もしかして、あれじゃない?」
「もしかしなくても、例のノービスの英雄って奴でしょ。確か、殺せば報酬に上乗せだったわよね!」
瞬間、双子の魔力が爆発的に膨れ上がったかと思ったら、炎でできている巨大な蛇が二匹、彼女たちを守るようにとぐろを巻きながら現れた。
――なるほど、『炎蛇』の二つ名そのままの魔法というわけか。
「噂じゃ、強力な魔法も使えるんだってねえ、ノービスの英雄さん!」
「魔導士でもないのに生意気なのよ!叩き潰してやるからさっさとロッドを出しな!」
「そうか。だけど、断る」
『ギガンティックシリーズ、ガードスタイルに移行します』
双子の意思に反して、俺が手にしたのは真っ黒な大盾。
もちろん、非難の怒号はすぐに聞こえてきた。
「盾?そんなもので私達の魔法を防げると本気で思ってるのか!?」
「ふざけるんじゃな――ギャアッ!!」
こんな使い方ができるって確証はなかったけど、出来るんじゃないかていう予感はあった。
あのドラゴンブレスを凌ぎ切ったガードスタイルの力の源は、大きく分けて二つ。
今、俺が持っている大盾と、重装になった黒の鎧から分離して大盾の周囲を飛び回った装甲だ。
この装甲。ドラゴンブレスを受けた時から思っていたけど、もしかしたら俺の意思に反応して自由に動かせるんじゃないか?
そして、敵の攻撃から身を守る以外にも使い道があるんじゃないか?
その確信に近い予想は正しく、黒の重鎧から分離して宙に浮いた装甲は、思い描いたとおりの軌道をなぞって双子の真上で静止し、装甲に蓄えられた魔力を消費して直下の空間に対して不可視の圧力を発生させた。
その結果、何倍もの重さに達したロッドを取り落とした双子の魔導士は、ほぼ同時にうつ伏せで倒れ込んだ。
「こ、この……!」
「こ、こんな、魔法でもなんでもないもので……!」
怒りの感情にまかせて、落としたロッドをもう一度手にしようと手を伸ばす双子。
すでに勝負がついている状況とはいえ、万が一にも逆転されるわけにもいかないので、生かさず殺さず、ギリギリを見極めようと装甲に送る魔力を慎重に増やしていって、
「ぐ、ぐう……」
「こ、この……」
仲良く一緒に意識を失った表情を見て魔力を緩めて、それでもしばらくの間圧力をかけ続けてブラフの可能性を消してから、俺は初めてガードスタイルを解いた。
「あと、お願いします!」
「りょ、了解した!第八部隊、『炎蛇の双子』を拘束せよ!」
戦いを察知して駆けつけてきて、遠巻きに成り行きを見守っていた衛士部隊の隊長さんに声をかけて、後始末をお任せした。
「っ、ふうう」
どうやら山場を乗り切れたらしいと、初めて気を抜けた瞬間だった。
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