第357話 戦勝パレード 下


『使用者の力を欲する意思を観測しました。ギガンティックシリーズ、パワースタイルに移行します』


「おおおっ!!」


「むう、なんという剛力!」



 ガイイイィィィン!!



 大剣へと変貌した得物を両手で固く握りしめた、なりふり構わない俺の押し返しに、あえて弾き飛ばされることで間合いを取った神聖帝国騎士第三席テラブリオ。

 状況だけで言えば、ジオグラッド公国公王に対して振るった必殺の初撃を防がれた格好。

 致命的な失敗を犯した上に、標的のジオとは距離が空き、衛士部隊に包囲されて絶体絶命に陥っている。

 そのはずなのに、神聖帝国で三本の指に入る実力者は不敵な笑みを浮かべていた。


「その、瞬時に変化した剣と鎧、貴公が噂に聞くノービスの英雄か!」


「そんなつもりはないけど、そう呼ばれていることは知っている」


「我が名は双輝のテラブリオ!栄えある神聖帝国騎士なり!貴公も名乗られよ!」


「奇襲なんて卑怯な手を使っておいて、今さら名乗れなんて随分と勝手だな」


「あれは、やむにやまれぬ義理に応えたまでのこと!こうしてひとたび向かい合ったなら、名乗り合うのが騎士道というものだろう!」


 その言い分はともかくとして、状況は予想以上に悪い。


 双輝のテラブリオ。

 事前の話だと、公国騎士団長のゼルディウスさんが相手取るはずだった、三組の刺客の一人。

 そのゼルディウスさんは、戦勝パレードの前方で騎士団を率いて、マクシミリアン公爵以下公国の重鎮たちを護衛している。

 当然、こっちの異変は向こうにも伝わっているはずで、本来ならすぐにゼルディウスさんが駆け付けて、ジオの安全を確保していなければならない。

 そうなっていないってことは、あっちでも刺客の襲撃が――しかもゼルディウスさんが留まらざるを得ないほどの難敵が現れているってことだ。


「さあ名乗れ!そして、それがしと正々堂々戦え!」


「言っておくけど、俺は騎士でも兵士でもない。ただのノービスだ」


「なんだと?」


「そして、正々堂々戦うつもりもない。お前ら全員を一方的に叩きのめすだけだ」


 事態は最悪の方向に向かっている。

 最後の切り札だったはずの俺が刺客との対決を余儀なくされて、肝心のジオは騎士達に守られているとはいえ軍列から離れざるを得なくなっている。

 もし、ゼルディウスさん、テレザさん、シルエ、俺のうち、だれか一人でも突破されたら、ジオの命は風前の灯火となるだろう。

 それを阻止するためには、可能な限り迅速に、この混乱を治めなければならない。

 つまり、全力を出すしかないってことだ。

 そう覚悟を決めながら大剣を振りかぶり、今度はこっちから仕掛ける。


「来るか!!名乗ろうが名乗るまいが、相手にとって不足なし!!」


 再びの大剣による振り下ろしを、テラブリオが右の湾刀で受け止める。

 さっきは二刀で斬りかかられたところを押し返したから、今度は簡単に弾き飛ばせる――

 そう思った瞬間、不意に両腕にかかる圧力が抜け、俺の力任せの一撃がテラブリオの受け流しの剣技であっさりといなされる。

 思わず泳いだ体に迫りくるのは、左の湾刀。


 双剣使いの最大の利点は手数の多さ。その一方で、最大の欠点は非力さ。

 二方向へと剣を構えることができて、一刀では不可能な速度で攻撃を繰り出せるけど、一度敵の武器と噛みあうと、力が分散してどうしても押し負けやすくなる。

 そんな厳然たる事実を、歴戦の騎士であるテラブリオは、戦闘経験の浅い俺に決定的に欠けている技術で補った。

 そして、必殺の意思がこもった左の湾刀が横なぎに振るわれる。

 テラブリオの目には勝利を確信した喜びはなく、「こんなものか」という嘲りの色すら混じっている。

 それほどに、実力の差が浮き彫りになった結果。


 この、剣士としての勝負が俺の負けであることは認めるしかない。

 だから、それ以外のところで圧倒する。


『ギガンティックシリーズ、スピードスタイルに移行します』


「ぬううっ、またも変化したか、奇怪な!」


「奇怪でけっこう!衛士の皆さん、下がってください!」


 まだ何か言いたそうなテラブリオの言葉を遮って、包囲の輪を広げるように衛士達に頼む。

 長期戦は許されない。

 決着を急ぐなら方法は一つ、最初から全速力だ。


「は、速い……!?」


 動き自体は単純な円運動。

 違うのは、スピードスタイル特有の速力と制動力を駆使して、通常ではありえない短い距離で、テラブリオの周囲を走り続ける。


「くっ、目で追いきれぬ。ならば……!」


 頃合いだと思って右手の剣を握りしめようとしたその時、テラブリオの両目が閉じられ、双刀を手にした両腕が大きく左右に広がった。

 その意図は考えるまでもなく、全周囲どこから斬りかかられても対応するため。

 一見力の入らない、隙だらけの間抜けな構えも、そこからでも逆転できる自信の表れだろう。

 

 ……だったら、ただ単純にその自信を上回る!


『パワースタイルに移行、続いてギガライゼーション第一、第二展開』



 パキイィィィン



「ぬうあああ!?ひ、卑怯なああああああっ!!」


 パワースタイルの武器は、黒の大剣ともう一つ。

 斬撃がいなされるなら、打撃はどうだ?


 そんな単純すぎる俺の渾身の左拳――パワースタイルの影響でオーガの腕並みのサイズになったガントレットが放つ拳打は、大剣を受け止めるつもりだった二本の湾刀を粉砕し、その先にいた神聖帝国騎士第三席の体をきりもみさせながら地面に叩きつけた。


「ガフッ……ば、馬鹿な、貴公には騎士としての誇りはないのか……」


「ないよ。騎士じゃないんだから、当然だろう」


「そ、そんな……」


 大量の血を吐きながら、双刀と共に砕け散った鎧を見て愕然とするテラブリオ。

 俺の一言がとどめとなったのか、そのまま意識を失ったけど、駆け寄った衛士達の反応を見るにどうやら死んではいないらしい。

 とりあえずそれだけを確認して、


「後を頼みます!」


 再びスピードスタイルに移行して、テラブリオが落ちてきた建物の屋根まで飛び上がった。

 残る二組の刺客を制圧するために。

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