第354話 精鋭部隊の四人


 戦勝パレードまで残り三日となった、昼下がり。

 公都ジオグラッドでは、あちこちでパレードのための行進の訓練の光景が見られるようになっていた。

 だけど、俺が席に着いているテーブルの同伴者の方が、百万倍物々しいと思う。

 怖いと言い換えてもいい。


「あの、注文よろしいかしら?」


 一人目は、シスター服に身を包んだ絶世の美女。

 特に、慎まやかな衣装とは正反対の胸のふくらみが、周囲の男達の視線を捉えて離さない。


「レディ、そのような雑事は私にお任せを。マントの方、あなたは?」


 二人目は、シックな平服がよく似合う長身の男性。

 こっちもこっちで、端正な横顔を一目見ようと通行人の女性がチラチラと見ては、店の横の道を塞いでいる。


「……薬草茶。それ以外は不要だ」


 最後の三人目はマント姿。

 フードをすっぽりと被っているので口元しか見えないけど、その奥に二人とは一線を画した美形が隠れているのを俺は知っている――エルフ族の顔を。


 初心教の司祭長に就いたテレザさん、公国騎士団長ゼルディウスさん、エルフ族のシルエ。

 これに俺を加えた四人が、五大国残党からの刺客に対抗する精鋭部隊、だそうだ。






 窓の向こう、通りを挟んだ建物に、十数人の衛士が入っていく。

 直後、中から激しい物音が聞こえてきて、しばらく経ってから縄で繋がれた男たちが入り口から出てきた。

 連行していく衛士の一人が剣や槍を束ねて運んでいるから、何が起きたのかは想像がつく。


「捕物かしら。戦勝パレードまであと三日、衛士兵団も大変ね」


「あの様子から察するに、はした金で雇われた雑魚だろう。おそらくは依頼主の名すら知らぬ、本命を隠すための目くらまし。本当に公王陛下や宰相閣下を害するほどの使い手なら、衛士では歯が立つまい」


「ふん、相変わらず、同族同士で無駄に血を流すのが好きなようだな、人族というものは」


「シ、シルエ、ちょっと言い過ぎじゃないか?」


 店の給仕から出された茶に口もつけずに、一人悪態をつくシルエをなだめたいところだけど、なかなか言葉が見つからない。

 配慮こそ欠けているけど、シルエの言っていることは紛れもない事実――戦勝パレードを狙う刺客の跳梁跋扈は、まさに人族の醜い部分が凝縮したような状況だからだ。

 だけど、歴戦の猛者である二人は気分を害することもなく、平然としていた。


「確かに、今の人族の状況は災厄の影響を差し引いたとしても、褒められたものじゃないわね」


「そんな時だからこそ、ジオグラルド公王陛下は悪しき慣習を糺すために立ち上がり、我らもまたそれに従い行動するのだ。愚行ばかりが人族の全てではないと、神々に証明するためにな」


「……せいぜい、私達エルフ族の助けが無駄にならないことを祈るわ」


 あくまでもそっけないシルエの言葉に納得したのか、ゆっくりと頷いたゼルディウスさんは居住まいを正した。

 ここからが本題と言わんばかりに。


「さて、改めて公国を取り巻く状況と、戦勝パレードにおける我らの役割を確認するとしよう。――テイル殿、公国にとっての目下の問題とはなにかな?」


「は、はい。黒竜討伐を祝う戦勝パレードの最中に襲ってくる刺客団を撃退することです」


「その通り。可能ならば、パレードの観衆に気づかれることなく事態を収拾したいところだが、それは難しい。その理由は?」


「確か、刺客団の数と正体、その目的が分からないから、ですよね?」


「はははっ、平民にしておくには惜しい理解度だ。テイル殿は騎士に興味はおありかな」


「テイルさんを勧誘するのは慎んでほしいと言ったはずよ、ゼルディウス。衛士兵団やキアベル家と揉めるつもり?」


「そう目くじらを立てないでくれ、テレザ殿。ただの冗談だとも。それに、そちらの異邦の客人を敵に回したくはないからな」


 ゼルディウスさんが本気かどうかはともかく、シルエの方は一連の会話が聞こえていないかのように、薬草茶を飲んでいる。

 それを横目に肩をすくめたゼルディウスさんは、


「刺客団といっても、所属やジョブがバラバラで特に連携しているわけではないと、これまでの調査で分かっている。そういう意味では、対処を間違わなければ被害を最小限に抑えることも可能だろう」


「けれど、鎮圧が成功するかどうかは、その調査の確度にもよるわ。戦勝パレードまでの日数が限られている中で、公国の情報網だけで全ての刺客を把握できたとは思えないもの。つまり、これって……」


「察しがいいな、テレザ殿。公王陛下のご英断により、ガルドラ派と北部派への協力要請が決まってな。アドナイ王国内の反公国派を標榜する貴族や商人に関して、両派から情報の提供があったのだ。ついでに、凶行を思い留まるようにとの圧力もな」


「なるほど。どうりで、戦勝パレード直前の段階で、衛士兵団単独で対処ができていると思ったわ」


「あの、どういうことですか?」


 話の流れが早すぎてついていけず、失礼かなと思いながら恐る恐る説明を求めてみると、女神のような微笑みでテレザさんが応じてくれた。


「簡単に言うと、パレードを狙ってくるだろう刺客の数がぐっと減ったのよ。実力行使に出るほど公王陛下やマクシミリアン宰相を恨んでいても、関係の深い貴族からの圧力には勝てなかったということね」


「加えて、ここ数日の衛士兵団による摘発で、素人に毛が生えた程度の輩は次々と脱落している。当日は、警戒範囲をかなり絞りこめるだろう」


「随分と悠長なことを言っているな。肝心な問題には一切触れずに」


 ゼルディウスさんとテレザさんから次々と聞かされる朗報に浮かれかけた空気を(多分俺だけだろうけど)一刀両断したのは、シルエの一言だった。


「一番厄介だという話だった、外の国の刺客はどうなった? てっきり、そっちも片がついたと報告を聞くために呼び出されたと思っていたがな」


「残念ながら、そちらはうまくいかなかったそうだ。つまり、刺客の襲撃は起こる」


「そうか、とんだ役立たずだな」


「まことに申し訳ない。ゆえに今回、無理を押してシルエ殿に助力を請わせていただいた。刺客の一人、『紫毒の矢じり』の相手を願いたいのだ」


「マクシミリアン公爵が標的の一人というのなら、刺客の撃退に協力するのもやぶさかではない。ただし」


「シルエ殿のやり方には一切口を出さない。もちろん心得ている」


「それならいい」


 目的は同じとはいえ、あくまでも馴れ合わないと態度で表現したシルエ。

 さすがのゼルディウスさんもこれには苦笑するしかなく、すぐにテレザさんへと視線を移した。


「テレザ殿には『炎蛇の双子』に当たっていただきたい。本来ならば、同じ魔導士を呼ぶべきなのだが……」


「仕方がない状況だということは理解しているわ。今の公国に、あの双子に匹敵する魔導士はいない。かといって、公国騎士団を率いてパレードに参加しなければならないゼルディウス殿に任せるわけにはいかないもの」


「すまぬ。ついでに、戦闘の巻き添えになった観衆がいれば、可能な限り治癒を頼みたい」


「まあ、市街地での魔法戦闘は被害が大きくなりがちだものね。できる限りはやってみるわ」


「じゃあ、俺が帝国の騎士の相手をするというわけですね」


 話の流れが掴めてきたと、先走りしたのは否定できない。

 3引く2はどう考えても1にしかならない。

 三日後の戦いを想像して自分を鼓舞しながら発言した俺の予想は、しかし見事に外れた。


「いいや。『神聖帝国騎士第三席』は私が止めるつもりだ。噂の通りならば、奴は正々堂々の一騎打ちを好む性格。衛士兵団がいち早く発見して誘導し、衆人監視のもとで決闘を挑めば、断ることはまずないだろう」


「じゃあ、俺の役割は……?」


「テイル殿には、パレードの間は常に公王陛下のお側についてもらい、不測の事態に備えていただきたい」


「例えば、私達三人の誰かが敗北した時のための、最後の切り札ね」


「人族には決して背中を預けられないが、テイルだけは例外だ。これで私も全力を出せる」


「……わかりました」


「他ならぬテイル殿に講釈をたれるつもりはないのだが、民の間ではドラゴンによる次の襲撃がいつになるのかと、今も不安が渦巻いている。また、公国としても民に示せるほどの確証を持たぬゆえ、ドラゴンに対する警戒を解くことはできぬ。もしも、パレードの最中にドラゴンがやってくるようなことがあれば、実質的な頼みの綱はテイル殿一人のみだ。公王陛下を頼む」


「俺にできることなら」


 そう、この戦勝パレードの最大のリスクは、来るとも来ないとも限らないドラゴンに対して、無防備な姿を晒し続けないといけない一点に尽きる。

 ジオを始めとした公国首脳陣は全員参加で、最悪の場合は一発のドラゴンブレスで公国そのものが消し飛ぶ。

 その時、俺に科せられる使命は、ジオ一人を抱えて公都で一番安全な政庁の地下まで走り切ることだ。

 他の誰もを見捨てででも。


 戦勝パレードまで残り三日。

 それまでの間に俺ができることは、加護を与えてくれたアイツにパレードの無事な完遂を祈ることだった。

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