第352話 ジュートノルの見回り


「今しかないのですよ。戦勝パレードを執り行うタイミングは」


 傷だらけの甲冑にほつれが目立つマント、両腕に鋼色が鈍く光るガントレットに、背中には大剣を背負う、いかにも冒険者といった風体の若者。

 ちょうどルーキーとベテランの中間みたいな雰囲気を出しながら、黒の装備の上からマントを纏って形ばかりの変装をした俺に話しかけてきている。

 はた目には、若手の冒険者二人が雑談をしているように見えるだろうか。

 まさか、ジオグラッド公国貴族の重鎮であるキアベル伯爵の子息で、まだ跡継ぎの立場でありながら特別に貴族位に叙されたリーゼル=キアベル準男爵とは、夢にも思わないだろう。


「でもリーゼルさん、パレードはともかく、戦勝っていうのは無理がありませんか?だって……」


「テイル殿の仰りたいことは分かります。ですが、ほとんどの民はあずかり知らぬことですから」


「それはそうですけど……」


「なにより、竜災の恐ろしさを知らぬこのジュートノルの民に公国の力を見せつけ、公都ジオグラッドこそが人族最後の砦と知らしめねばならないのですよ」


 そう言ったリーゼルさんと一緒に立ち止まって、かつての活気を失った大通りを眺める。


 流通の要衝として栄えた商業都市ジュートノル。

 今は見る影もない閑散ぶりだ。






「これほどまでに住人が減れば、普通はならず者が流入して治安が悪くなるものなのですが、どうやらたださびれてしまっただけのようですね」


「その分、見回る俺達は楽ですけどね」


 道幅の広い大通りから裏路地へと入っても、不審者どころか怪しい気配一つ見つからない。

 扉や窓に板を打ち付けて固定し、空き家だと主張している建物も少なくない。

 どうやら、ジュートノルの中核を担っている商人だけじゃなく、その恩恵にあずかっていた裏通りの住人も減っているらしい。


「ですが、いつ招かれざる客の隠れ家に利用されてもおかしくない状況ではありますね。警備計画に加えておかなくては」


「でも、リーゼルさん自ら下見に来るなんて、用心するにしてもやり過ぎじゃないですか?」


「もちろん、正式な調査は衛士兵団が担っていますが、念を入れるに越したことはありません。なにしろ、過去に類を見ない、都市間を横断する大規模パレードなのですから」


 公都ジオグラッドの中心である政庁を出発点に、公都の主要な通りを行軍した後、正門から出て街道を進んでジュートノルに入り、旧政庁前の広場を終着点とする、戦勝パレード。

 表向きは黒竜討伐の戦勝記念として、実際には、未だに公都への移住を拒むジュートノルの住人への軍事的圧力のために。

 こんな意地の悪い突飛なアイデアを、思いつくだけじゃなく実行できるのは、もちろんあいつしかいない。


「それにしても、こんな無駄に終わるかもしれない見回りを自分から買って出るなんて、リーゼルさんも酔狂ですね」


「ははは、面白い冗談を言いますね、テイル殿は。この時期に、物見遊山をしている暇などありませんよ」


「え?」


「言っていませんでしたか?これは歴とした、公王陛下からのご命令ですよ。もちろん、極秘裏なものですが」


「……相変わらずいい性格していますね、ジオも、リーゼルさんも」


「お褒めにあずかり恐縮至極。ですが、物見遊山ではないのは本当のことです。今のジュートノルを、どうしても貴族の目で検分しておく必要があるのですよ」


「貴族の目って、まさか、戦勝パレードの見物に公国以外の貴族が来るんですか?」


「時勢が時勢なだけに、正式な招待状を送ったわけではありませんが、ガルドラ派や北部の協力も得て、アドナイ王国内外の貴族や騎士、豪商らに広く声をかけております。おそらく、王都陥落以降では最大級の式典となるでしょう」


「それはすごい話ですけど、今はどこも、竜災への対応で大変な時期じゃないんですか?そんな中で、貴族や騎士が領地から出てくるのは考えられないんですけど……」


「もちろん、ただパレードの見物に来るわけではありません。衛士育成に欠かせない初心教司祭の派遣と、有償でのタイタン設置を目当てに、ドラゴンにいつ襲撃されるかもしれない危険を承知の上で、公国まで旅をしてくるのです」


「他の国にもタイタンの槍を渡すんですか!?」


 公国独自の戦力である、衛士兵団。

 その中核がタイタンの槍であることは動かしようのない事実であり、他国に奪われたり模倣されるわけには行かない軍事機密だったはずだ。

 それを、戦勝パレードへの参加と引き換えに、提供を始めるとリーゼルさんは言っていた。


「これまでは、五大国が軍事的均衡を保つことで人族の繁栄が約束されていましたが、竜災によって四か国が壊滅したことで根底から覆されました。もはや、国境という考え方自体が意味をなさないのですよ。少なくとも、ドラゴンによる被害を自らの手でコントロールできるようになるまでは、人族は一致団結して事に当たる必要がある。それが、公王陛下のご意志です」


「リーゼルさんはどう思っているんですか?」


 なんだかんだでそれなりの付き合いだ。

 礼儀正しいけどざっくばらんとした物言いを好むリーゼルさんが、言葉に含みを持たせたのを俺は聞き逃さなかった。

 つまり、ここまではあくまでジオの考えで、リーゼルさんの本音は違うということだ。


「テイル殿。大規模な式典において、主宰側の最大の懸念がどこにあるのか、お分かりですか?」


 リーゼルさんからの質問にどう答えるべきか。

 そんなことを考えていたせいだろうか、いつの間にかに城壁の前まで来ていることにようやく気付いた。


「上に行ってみましょうか」


 その言葉に促されて、一番近くの階段をのぼって城壁の上に出てみると、ジュートノルの変わらない街並みが一望できた。


「十分に整備されているとはいえ、ジュートノルは王を戴くための都市設計がなされているわけではありません。大通りを一本外れれば複雑に曲がりくねった裏路地が広がっているため、衛士と言えど暗殺の危険を完全に取り除くのは不可能です」


「暗殺……?誰が狙われているんですか!?」


「誰、と断定するのは難しいですね。強いて言えば、公国そのものかもしれません」


「どういうことですか?」


「ドラゴンバスターを達成してしまったジオグラッド公国の大きすぎる武功は、その分暗い影を落としてしまったということです」


 利益の大半を公都に奪われてしまったジュートノルの商人。

 ドラゴン相手に無力さを痛感させられた騎士。

 いち早く衛士の有用性に気づいて派遣を要請するも、時機が悪くすげなく断られた領主。

 初心教に信徒を奪われた四神教の司祭。

 公国建国の際にジオによって粛清された貴族やその係累。


「他にも、個人的な理由で公国に恨みを持つ者は数多くいることでしょう。中には、戦勝パレードを好機と捉えて直接的な手段で意趣返しを企む輩も出てくるかもしれません」


「それなら、戦勝パレードなんてやっている場合じゃないじゃないですか!」


「そのリスクを冒してでも、ドラゴンの討伐を喧伝する必要があると、公王陛下はお考えになられたのです」


 ほんの少し、リーゼルさんと話をしただけ、そのはずだ。

 それなのに、ジュートノルの街にこれまで持っていた安心感が消え失せ、恐るべき悪の巣窟に見えてきてしまったのは、単なる気の迷いだろうか。

 そうであってほしい。


「今回は戦勝パレードと合わせて祝祭も行われます。公国内外から行商人や奴隷商人を集め、平民にも公国の力を大々的に誇示する計画です」


「そこまでやるんですか?」


「タイタンを採用する都市が増えれば、それだけジオグラッド公国へのドラゴンの襲来を減らせます。同時に、ドラゴンの脅威に怯えるばかりだった都市は、天に運を任せる以外の手段を獲得できるわけです。互いに損のない、対等な同盟となることでしょう」


「その分、暗殺者の数も増えるんですよね」


「公王陛下にとって、この戦勝パレードが一種の賭けであることは間違いないでしょう。しかし、ここさえ乗り切ることができれば、ノービスの加護を与える代償として、初心教の頂点でもある公王陛下と各勢力の間に、揺るがぬ関係を築くことができます。なにより、人族同士の争いという膿はここで出し切っておきたいとの、公王陛下の思し召しなのですよ」


「ジオは、覚悟しているんですね」


「パレード当日、テイル殿には公都を守った英雄として、公王陛下のお側について参加していただくことになると思います。もちろん、公国軍の総力を挙げて警備態勢を敷くつもりではありますが、それは相手も百も承知でしょう。万が一の場合、テイル殿が頼みの綱です」


 そう言ったリーゼルさんは、それ以上何も言わずにただ頭を下げてきた。






 結局、極めて個人的な用事を優先する空気じゃなくなってしまった。

 白いうさぎ亭に帰るのは、パレードが終わってからになりそうだ。

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