第350話 VS黒竜


「まあ、ドラゴンブレスが飛んでくる前にタイタンが撃退するから大丈夫だろ。いざという時はお前なら防げるだろうし」


 そんな楽観論を語った、レナートさんの言葉を信じた俺が馬鹿だった。






 レナートさんのおかげで少しだけ心が軽くなった、翌日。

 思わず感極まって醜態をさらしてしまった俺はもちろん、レナートさんも居心地が悪いだろうと、今日は気まずい一日になりそうだなと思いながら展望台に戻ってきて、すぐのことだった。

 重く立ち込める雲の向こうに数十のドラゴンの魔力を感知したのは。


「レナートさん、黒竜の群れが来ました!!」


「いよいよ団体さんのお越しか。テイル、これで体を固定しろ」


「ロープ……?これから下に避難するんじゃないんですか?」


「いや。このままここで、ドラゴンの観測を続けるぞ」


「観測って、正気ですか……!?」


「考えてもみろ。俺達以外に、ドラゴンの群れの位置を知ることができるのは、タイタンの槍の砲口を外部に出すための隙間と、精度が不正確な魔道具の二つの方法だけだ。戦いの一部始終を直接見て公国軍に伝える役目を、誰かがやらんといかん。だとしたら、俺達以上の適役はいないだろ」


「た、確かに……」


思わず頷いた俺に、雲の流れが早くなってきた空を睨み続けるレナートさんは、


「なあに。そもそもタイタンの槍は、ドラゴンの鱗を貫通できるように設計されてる。全門を連射モードで撃ちまくれば、奴らも驚いて撤退してくれるさ。危険なんて何もない」


「……わかりました!」


 そんなやり取りの後に、レナートさんの最初の一言に繋がるわけだけど。

 結果論なことを承知で言えば、見通しが全然甘かった。

 こんなに早く、吐いたつばを飲み込みたくなるとは思わなかった。


「……タイタンの槍が全然刺さってねえみたいだな。想定以上に黒竜の鱗が固いな」


「つまり、今はどうなっているんですか?」


「公国にとって、よろしくない展開ってことだ」


 俺は強化した視覚で、レナートさんはカンで、状況を把握する。

 大天蓋が展開中なので住民には見られていないけど、対ドラゴン決戦兵器と銘打ったタイタンの槍が通用しないとなると、攻撃手段を失うのと同じことだ。

 ――そのはずなのに、レナートさんの表情は楽観的に見えた。


「まあ、相手はドラゴンだしな、こんなもんだろ」


「こんなもんって……よろしくない展開って、レナートさんが言ったんじゃないですか」


「確かに言った。だが、それも予想の範囲の内って意味だ」


「どういうことですか?」


「論より証拠だ。見てみろ、こうやって喋ってる間に、ドラゴンの速度がわずかに鈍ってるだろ?」


「……いや、まったく分かりませんけど」


「分かるんだよ、ドラゴンと俺との魔力の距離とか、風の流れとかでな。つまり、タイタンによる攻撃を嫌がって――」


 聞こえたのはそこまでだった。

 空に見えた不吉な光を目にしてから俺にできたのは、その場にうずくまって防御姿勢をとって、ドラゴンブレスがこっちに来ないようにひたすら祈るだけだった。

 都合三度目といっても、戦闘態勢をとって警戒していたわけじゃない。

 ガードスタイルを使う余裕なんてなかった。



 直後の、衝撃と爆風。



 目を瞑っていてもわかるほどの光がしばらく瞼に焼き付いて、それが収まり始めたころにようやく、ドラゴンブレスから逃れたと自覚することができた。


「マジかよ、やべえな、ドラゴンブレス。俺、あんなのを止めようとしたのか?そりゃ腕一本消し炭になるわ」


 チカチカする目を開けてみると、首を左右に振りながら立ち上がるレナートさんの姿が。

 どうやら、あっちも無事だったらしい。


「それよりも、見てみろよ、あれ」


「うっ」


 失った右腕の代わりなのか、レナートさんが顎で指し示した先を見てみると、大天蓋に蜘蛛の巣状の大きな亀裂が入っていた。


「あれって、まさか……」


「いや、貫通したにしちゃあ、ほとんど崩落が起きてない。おそらく、最後の装甲で止まってるはずだ」


「じゃあ、公都は無事なんですね?」


「……まあ、この程度の被害で済んでるのは奇跡と呼べるかもしれねえな」


 なんだろう、なにか、含みのある言い方じゃなかったか?

 そう問いただそうとして、喉まで出かかった言葉は中断せざるを得なかった。


 再びの衝撃が――ただし、今度は俺達が立っている展望台の真下、公都の地面からやって来たのだ。


「ちっ、馬鹿野郎が!!」


 レナートさんの悪態の意味を知る前に、俺の視界の中でそれは起こった。

 人族の俺には想像もつかない速度でここに迫っていた、全身を黒い鱗で覆われたドラゴンから爆発音のようなものが聞こえた瞬間、急に軌道を変えて錐もみをしながら公都近くの荒野に墜落した。


「テイル!」


「は、はい!なんですか……!?」


「今すぐ地上に降りて、公都と黒竜の間に割り込め。王都で見せた黒い盾が出るやつをいつでも使えるようにしとけ!」


「え、で、でも……」


「急げ!あの位置からドラゴンブレスが来れば被害はさっきの比じゃないぞ!!」


「っ……!?行ってきます!!」


 ロープの結び目を解く間も惜しいから、懐から出したナイフで切断して、そのまま大天蓋の上へと躍り出る。

 階段は使わない。使う余裕はないと思った。


『使用者の逸る思いを観測しました。ギガンティックシリーズ、スピードスタイルに移行します』


 レナートさんの危惧がどこにあるのか、スピードスタイルに移行しながら考えても、まだわからない。

 ただ、空から墜ちた黒竜が死んでいるように思えない。

 死んでいたら、大量の土煙の向こうからあんなに嫌な気配が肌を刺してくるはずがない。


「おおぉっ……!!」


 半球状の大天蓋の傾斜がきつくなり、これ以上は走れないと思った瞬間に思いっきり跳躍する。

 少しの浮遊感、停滞、そして急激な降下。

 それでも、なんとか公都門を越えたところで着地できたところで、再び走り出す。


 できるだけ、一歩でも黒竜に近づくために、跳ねるように前へ進む。

 そんな俺の足を止めたのもまた、黒竜が発した大地を砕くような咆哮だった。


「ぐううっ……!!」


 両腕を交差させて腰を落として、なんとか踏ん張り続ける。

 たかが鳴き声一つと思いつつも、まるで暴風に遭っているかのようにこの場を動けない。

 それでも、まだあれを出すわけにはいかない。

 高い知性を持つというドラゴンに、うかつに手の内を見せない方がいいだろうから。


 その予感は当たった。


 一陣の風ならぬ、魔力の波動が土煙を晴らした。

 その先にいたのは――


 グオオオオオオオオオッーーーーーーーーー!!!!


 その黒竜の両翼には、手の施しようもないほどの大穴が開いていた。

 間違いなくあれが、飛行中の黒竜の軌道を変えた原因だろう。たぶん、超大型のタイタンの槍の仕業だ。


 ――いや、今はそんなことはどうでもいい。

 問題は、黒竜が目いっぱいに口を開けたその中から、感知する必要もないほどの魔力の奔流が見えたからだ。


『使用者の不退転の意思を観測しました。ギガンティックシリーズ、ガードスタイルに移行します。続いて、ギガライゼーション第一、第二、第三展開』


 出し惜しみはなしだ。ドラゴンブレスを防ぐには、第三展開まで行く以外に方法はない。

 むしろ、土壇場で出したガードスタイルをよくこの場面で再現できたものだと、我ながら驚いている。



 ガアァ――――――――ッ!!!!



 花びらの配置で宙に浮く黒い装甲が旋回し始めたのと、ドラゴンの姿が一瞬大きくなったように見えたのは、ほとんど同時だった。



 閃光。

 衝撃と爆音。

 そして重圧。



 前回のような、直上から降り注いだドラゴンブレスを受けたのとはわけが違う。

 本来なら、黒竜の息吹を受けた時点で遥か空の彼方まで吹っ飛んでいないとおかしいところだ。

 それなのに、俺はこの場に留まって、公都に向けられた破壊の力を防ぎ続けている。

 今のところ確かめる方法はないけど、どうやらこれもガードスタイルの特性らしい。

 しかも、今回はなんとなくこのまま上手くいきそうな手ごたえがある。

 前回ほどの熱も恐ろしさも感じられず、踏ん張っている足も腕もまだまだ余裕がある。

 そんな、油断じみたことを思っている自分に心の中で活を入れたところで、ドラゴンブレスが途切れた。


 黒竜の表情は分からない。そもそも、表情なんて分かるはずもない。

 ただ、ドラゴンブレスが公都を破壊できなかったことと、その間に立っている俺の存在に、戸惑いの感情を隠せないでいる、そんな気がする。

 だけど、それ以上黒竜を観察することは許されなかった。


 空気を叩く三度目の衝撃。

 ただし、今度は背後から。


 目にも止まらぬ速さで俺の真上を飛んでいった超大型のタイタンの槍は、再びドラゴンブレスを放とうとしていたのか、口を開けたままの黒竜の頭部に突き刺さった。

 その余波――さっきよりも弱めの衝撃波を黒い盾でいなしていると、



 ズズウウウウウウン――



 どんなに固い鱗に覆われていようと、口の中までは守れない。

 そのことを証明するように、意識が途切れた黒竜はその体をゆっくりと大地に横たえた。


 おそらく、先史文明以来初めて、人族がドラゴンを倒した瞬間だった。

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