第335話 タイタンの盾と槍
雷。
その、目を焼く輝きと、瞬きの間に天を割る現象は、神の怒りと呼ばれることすらある。
避けることも防ぐことも敵わず、その光を直に受ければ死は免れない。
中には、雷を操ろうとした魔導士もいたらしいけど、今の時代にそんな魔法は残っていない。
そんな、人族が制御できなかった自然現象を使いこなせる存在がいるとしたら、それこそ神のような超常の者くらいだろうし、ましてや防ぐ方法なんて考えようとも思わなかった。
今までは。
「ぎゃっ!?」
鼓膜が破れたかと思った。それくらいの爆音が耳を、そして土の要塞の内部を強く、とても強く叩いた。
いや、自業自得なのはわかっている。
外の様子を少しでも知ろうと五感――特に聴覚を強化して耳を澄ましていたんだけど、それが仇になった。
上空から落ちてきたと思える何かが、すさまじい衝撃と音になって耳を塞ぐ間もなく襲ってきた。
「―――、―――?」
肩を叩かれる感触に、耳を塞いでいた手を下ろして伏せていた顔を上げると、なぜか口をパクパクさせているリーゼルさんの顔が目の前にあった。
……ああ、俺の鼓膜が破れて、リーゼルさんの声を拾えていないのか。
そうとわかれば、やることは一つだ。
両の手のひらに魔力を集中して、もう一度耳に当てて初級治癒術をかける。
――と思ったけど、やめた。
別に、他の人に使うわけじゃない。自分のことなら、体の内側に魔力を巡らせればいいだけの話だ。
『ファーストエイド』
「大丈夫ですか、テイル殿。もしや、どこか怪我を?」
「いえ、なんともないです。大きな音に驚いただけですよ」
無事に鼓膜を治癒して、気遣ってくれるリーゼルさんに何もなかった風を装うと、わずかに首をかしげながらも、すぐに納得してくれた。
些細なことを気にしている場合じゃない、っていうのも大きいと思うけど。
「話を戻しますが、どうやらドラゴンの正体が知れました。相手は風竜のようですね」
「風竜、ですか」
「テイル殿は、ドラゴンの属性についてご存じですか?」
「いいえ、全く」
厳密には、ドラゴンの存在自体は冒険者学校時代に学んだ覚えがあるけど、問題はそこじゃない。
知るべきなのは、歴史にたびたび登場する伝説の存在じゃなくて、今まさに遥か空の上から襲ってきた脅威に関する情報だ。
少なくとも、素人に毛が生えた程度のにわか知識じゃ何の役にも立たない。
上空にいる、本物の前には。
「ドラゴンは、大きく分けて五つの種類に分かれます。赤の鱗の火竜、青の鱗の水竜、緑の鱗の風竜、褐色の鱗の地竜、黒の鱗の黒竜です」
「じゃあ、ドラゴンは鱗の色で見分けるんですね。でも、今は外が見えないのになんでわかったんですか?」」
「この目にせずとも判別する方法はあります。特に、風竜の場合は出現の前兆が分かりやすいのですよ」
「前兆……あっ」
「風竜は天候を操ることができます。加えて、今しがたここに落ちた雷によって、推測が確信に変わりました」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、何が落ちたって言いましたか……?」
「雷ですよ、テイル殿。先ほどの轟音と衝撃は、風竜が呼び寄せた雷雲から発せられたものです」
「いや、でも、そんなはずが……」
リーゼルさんの言葉を信じきれないまま、廃城の中を見回す。
怒鳴るように命令を飛ばす騎士、駆けまわる衛士、震えながらうずくまっている兵士。
それぞれが色々な反応を見せているけど、命を落としたり大怪我を負っている人は、少なくとも見える範囲には見つからない。
むしろ、一番の重傷者はこの俺だったかもしれないくらいだ。
これじゃあ、雷という天災に対する被害が、あまりにも少なすぎる。
「その謎を解く鍵は、この『タイタンの盾』の能力にあります」
「タイタンの、盾?」
「そうです。ドワーフ族謹製の『タイタンの槍』と並んで、魔法に長けたエルフ族の協力を得て編み出されたのが、『タイタンの盾』です。槍と盾、この二つの兵器が揃うことで、タイタンは真の姿を現したと言えます」
「つまり、俺がこれまでタイタンと呼んでいたのは正確には槍で、片割れに過ぎなかったってことですか」
「その通りです。槍の性能についてはご承知のことと思います。ノービスの初級魔法を応用することにより、超大型の魔物すら一撃で屠れる威力を持つ槍に対して、盾の能力は単純明快、防御です」
「そ、それだけですか?それだけで、風竜の攻撃を防ぎぎったっていうんですか?」
「防御は防御でも、対雷撃の魔法防御ですが。衛士兵団の半数を使って土の要塞に魔力を流させ、雷の落下地点を逸らしたのですよ」
そう自慢げに話すリーゼルさんだけど、言うほど簡単な話じゃない。
今回とは何もかもの状況が違うけど、王都でドラゴンブレスを直接受けた俺からしたら、「ぞっとしない」という表現が一番合っている気がする。
あくまで、衝撃と轟音からの推測に過ぎないけど、さっきの雷が直に地面に落ちていたら、想像もできないような大惨事になっていただろう。
それを、この土の要塞は防いだってリーゼルさんは言うけど、すぐには信じられないのが人情ってものだ。
だけど、事態は俺の理解を待ってはくれない。
「ですが、今の攻撃が立て続けにくれば、さすがにタイタンの盾ももちません。衛士の魔力が尽きて、その次の攻撃で致命的な損害を受けることでしょう」
「じゃあ、どうにかしてこっちからも攻めないと……」
「それもお任せください。もっとも、皆の命を預かるのは私ではなく、彼らなのですが」
そう言うリーゼルさんの視線の先には、土の要塞の外周部に漏れる、外からの光があった。
ドラゴン――風竜は追撃をためらっていた。
初撃の雷には、人族の群れを壊滅させるのに十分な威力を持たせていた。
直下にいた者達を消し炭にし、周辺一帯にも多大な破壊をもたらす筈だった。
だが、人族の姿を覆い隠した妙な土の山の出現が、風竜の目論見を崩した。
人族の死体を確認できないのはもちろんのこと、どうやら大した被害も出ていないように見える。
ただの土の塊ではない。小賢しくも、人族が何かをしたのは明らかだった。
ここで、風竜の中に異なる二つの考えが浮かんだ。
すなわち、ここで退くか、もう一度攻撃を加えるか、どちらかだ。
退くには悪くない時機に思えた。この異変を報告するだけで十分な成果と言えるだろう。
だが、人族がドラゴンを侮る結果になりはしないだろうか?それだけは断じてあってはならない。
その逡巡が、どれほどの時を要したのかは、風竜自身にもわからない。興味もない。
生き急ぐのは小さき者達の義務であって、永遠にも等しい命を持つドラゴンが気にする必要はない。
だが、途切れるはずのない思考は強制的に停止させられた。
風竜に向かって地上から放たれた、無数の砲弾によって。
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