第332話 廃城の攻防


 アドナイ王国草創期。


 当時から強力な私軍を有していたガルドラ公爵家は、自らの力で魔物の領域を切り開いて領地を広げていった歴史は、俺でも知っているくらいに有名だ。

 その中で、当初は無数に点在していた要塞や砦といった軍事施設は、領境と魔物の脅威が遠のくにつれて無用の長物となった。

 一部は代官や派閥貴族の居城として残っているものもあるけど、多くは街の拡張のために取り壊されるか、そのまま打ち捨てられたりして、やがて人々の記憶から消えていった。


「そのうちの一つに、いつの間にかにゴブリンが住み着き、災厄の影響もあって爆発的にその数を増やし、ガルドラ公爵領を蝕んでいったようですね。いやはや、廃城が魔物の拠点となる例は枚挙に暇がありませんが、ここまで規模が拡大したのは初めて聞きました」


 そんな風に説明してくれるリーゼルさんと俺は今、その廃城が一望できる丘の上に立っている。

 いや、一望できるようになった丘、と言うべきか。






 小規模なゴブリンの群れを撃退して、ガルドラ公爵領中部に位置するこの丘にたどり着いたのは、八日前のことだ。

 その頃にはすでに、ゴブリン殲滅作戦は大詰めを迎えていた。

 それまでの経緯を、あくまでリーゼルさんのおまけとはいえ、平民の俺に懇切丁寧に教えてくれた騎士の人によると、こうだ。


 王都奪還戦争以降、悪化していた関係を急速に修復させていた、ジオグラッド公国とガルドラ公爵家。

 その友好の証として、ガルドラ公爵領を脅かす大規模なゴブリンの群れの殲滅するために、連合軍を組織することになった。

 形としては、ガルドラ公爵家が公国に頭を下げる形になったけど、よほどゴブリンの問題が切実だったんだろう、プライドの高い派閥貴族からの反対の声は全く無かったという。

 また、不在となっているガルドラ公爵の正当な血筋を受け継ぐ唯一の子供が、現在公都ジオグラッドで保護されていることも大きく影響したらしい。


 そういういきさつを経て、ガルドラ公爵家からの正式な要請を受けた公国は、騎士団と衛士兵団を派遣。

 手始めに、ガルドラ公爵軍と協力してゴブリンの勢力圏をぐるりと包囲した公国軍は、量産が始まったタイタンが各部隊に支給され次第、すぐさま攻撃を開始した。


 といっても、配備されたタイタンの数はたったの十数門。

 推定十万匹を超えるというゴブリンの群れに対して、すぐに劇的な戦果が上げられるはずもない。

 ただし、魔法も矢も届かない距離から一方的に攻撃できる公国の切り札の強みは、知能が低くこらえ性のないゴブリンには効果てきめんだった。


 木、岩、雑草、廃屋、がれき。

 ゴブリンが隠れられそうな場所を、片っ端からタイタンの砲弾を撃ち込んでいく。

 使い方を覚えたばかりの衛士の素人同然の砲撃だ、ほとんどが命中することなく的を逸れて着弾する。

 それでも、着弾点とその周囲で発生する衝撃と爆音が、隠れていたゴブリンを驚かせ、逃げ出させる。

 そうなれば、あとは手ぐすね引いて待ち構えていたガルドラ公爵軍の餌食になるだけだ。


 実際には、ガルドラ公爵軍との連携がうまくいかなかったり、タイタンを恐れずに突撃してきたゴブリンの群れの手痛い反撃を受けたりと、少なからず問題も発生したらしいけど、王都奪還に主力を取られてにっちもさっちもいかなくなっていたころと比べたら雲泥の差だと、あるガルドラ公爵家の重臣が感謝していたという。






 そうして、連合軍は大きな被害を出すこともなく順調に包囲網を狭めていき、あとはゴブリンの群れの本拠地である廃城を残すのみ、となったところで、今日にいたるわけだけど。

 戦況的には詰みにしか見えないんだけど、なぜか連合軍は廃城への攻撃をためらっていた。


「いや、参りましたね」


 この丘に到着した翌日。

 公国軍とガルドラ公爵軍の名だたるお歴々がそれぞれの持ち場に戻った後の、丘の上に張られた大天幕。

 残ったのは、軍議の末席に座りながらもジオの名代として実質的な決定権を有しているリーゼルさん。

 それと、なぜかその隣の席に座らされていた俺の二人。


 ……いや、なんで事あるごとに、俺を重要な会議に参加させようとするんだ?

 しかも、今回は特に活躍なんかしていないぞ?


「昨日はああ言いましたが、万が一の事態を考慮すると、テイル殿には状況を把握していただきたいのですよ。これは、公王陛下の思し召しでもありますので」


「そこまで言われたら何も言いませんけど、それよりも、本当にあれでいいんですか?」


「ここはガルドラの地。せめて最後の締めくくりは我らの手で――とガルドラ派貴族の方々に粘られれば、諾と言わざるを得ません。あちらの面目を潰した挙句に、ガルドラ領から追い出されてはかないませんので。まったく、貴族とは面倒なものです」


 そうリーゼルさんと言い合う眼下に見えるのは、廃城の正門前に居並んだ八人の騎士。

 彼らは、ガルドラ派にいる数多の騎士の中でも指折りの実力者であり、このゴブリン殲滅においても特に武功を上げているということらしい。

 だけど、朽ちかけている門の隙間から廃城に入っていく八人の騎士を見守る、リーゼルさんの顔色は優れない。


「なにか、不安なことがあるんですか?」


「王都奪還にて、ガルドラ公爵軍の主力が壊滅的な被害を出したことはテイル殿もご存じの通りですが、当然、その中には名の通った騎士も含まれていました。正確には、ほぼ全員が従軍していたと言うべきでしょうか」


「つまり、あの騎士達は……」


「誤解を恐れずに述べるのなら、王都奪還に殉じた騎士と比較すれば実力は劣るはずです。それでも、王を失ったゴブリンの群れ程度なら十分討てると、ガルドラ派の方々にああも熱く説得されては頷かざるを得なかったのですが……」


「災厄が人族の都合に合わせてくれたことなんてありませんからね」


 リーゼルさんと俺の不安が一致する一方で、憎きゴブリンを全滅寸前まで追い詰めた連合軍、特にガルドラ公爵軍の兵士たちの楽観的な雰囲気は、この丘の上まで伝わってきていた。


 それが一変したのは、廃城から上がった絶叫だった。

 これが、騎士達にやられたゴブリンのものだと信じられたらよかったけど、あの醜悪な二足歩行の魔物の断末魔の悲鳴は、ここにいる誰もが飽き飽きするまで聞いている。

 つまり、差し引きするまでもなくあの絶叫は――


 再びの轟音、というより、破砕音。


 壊れかけの正門を木っ端みじんに壊した物体の正体は、金属の塊。

 正確には、ものすごい勢いで吹き飛んできた騎士の一人――だった物。

 頭は兜ごと潰れ、生死を判断するまでもない騎士の死体は、正門に陣取っていたガルドラ公爵家騎士団を混乱に陥れた。


「中は、中はどうなっているのだ!?」


「救援部隊を差し向けろ!!」


「いや、一旦後退するのが先だ!!」


 俺の強化された聴覚に、指揮官と思える複数の声が聞こえてくる。

 全く予想していなかった出来事に慌てふためく様子が丸分かりだけど、腐っても大貴族の軍隊、少し時が経てば冷静さを取り戻すはずだ。


 だけど、直後、その望みは絶たれた。


「やはり、新たなゴブリンキングが誕生していましたか」


 緑というよりは黒い肌、ぼろきれのようなマント、大型の魔物の骨と鉄鉱石を組み合わせた斧。

 そして、正門に頭がつっかえそうなほどの巨体。

 かつて、マクシミリアン公爵領の境で戦った個体とは別のゴブリンキングが、ゴブリンナイトやゴブリンメイジといった家臣を引き連れて、廃城の正門から姿を現した。


「おかしいとは思っていたのです。いくら主力が抜けたとはいえ世に名高きガルドラ公爵軍が、王を失ったゴブリンの群れごときに後れを取るなど、アドナイ王国の歴史において一言も記されていない異常事態です。だとすれば、それ相応の原因――災厄が影響したと考えるのが筋でしょう」


「つまり、二匹目のゴブリンキングが誕生したのは災厄のせいってことですか?いや、そんなことよりも、すぐになんとかしないと……!」


「落ち着いてください、テイル殿。言ったでしょう、おかしいとは思っていた、と」


「え、それって、つまり――」


「はい。異変を予測していたのですから、対策を講じるのは当然のことですよ」


「鎮まれえっ!!」


 リーゼルさんの言葉を証明するような一喝。

 もちろん、その声が発せられたのは俺の周囲じゃなく、廃城の方からだ。

 混乱の極みにあったガルドラ公爵軍、それに巨大な斧を振り下ろそうとしていたゴブリンキングの、両者の動きを声一つで止めた人物は――


「あれは、確か……」


「ガルドラ公爵軍と同様に、この辺りでジオグラッド公国軍にも名誉挽回の機会が必要だと思いましてね。公国騎士団最強の騎士にお出まし願いました」


 現れたのは、ゴブリンキングの斧の倍のサイズがありそうな大剣を肩に担いだ、一人の騎士。

 こっちに背を向けているから顔は分からないけど、公国ではたった一人にしか許されていない、豪華絢爛な意匠と実用性を兼ね備えた騎士鎧から、正体は明らかだ。


 ジオグラッド公国騎士団団長、ゼルディウスさんがゴブリンキングの前に立ちはだかった。

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