第329話 英雄の末路


 テイル、一つ言っておくことがある。


 いや、この言い方は正確じゃないか。

 今だからこそ、言っておかなければならないことがある。

 と言うべきだろうな。


 加護。

 我ら天上の神々が与え、現世の全ての者が恩恵を受け、世界を形作るなくてはならない要素。

 知らない者も多いが、魔物も、植物も、地も水も空も全て、加護無しには存在しえない。

 気づけないのも無理はない。人族ごときに、至高の神々の加護を感じ取れるわけがあるものか。

 感じ取れるとすれば、テイルのような者達だけだ。


 加護は、得ただけでは大した力にならない。

 相性や素質にもよるが、使い続けてこそ強くなり、上位のジョブや新たなスキルを手に入れることができる。

 加護の強さこそが力の強さであり、神との絆の強さの証。

 やがて、最も強い加護を持つ者は英雄と呼ばれ、後世まで語り継がれることになる。


 だが、疑問に思わないのか?

 なぜ、神は下界の者共に対して加護を与えるのか、と。

 理由は、大きく分けて二つある。


 一つは、下界に加護を広めるため。

 神々の世界にも争いはある。

 ただし、互いに命を取り合うような愚かな行為ではなく、加護の多寡を競い合うものだ。

 眷属が多ければ多いほど神としての格が上がり、至高の方々に近づくことができる。

 彼の方々は、僕達のような下位神とはまさしく別の世界に存在するのさ。


 もう一つは、下界から新たな神の候補を見出すため。

 つまり、君のことだ、テイル。


 加護を極めた者は、身体能力や魔力が劇的に増大する。

 その力は敵を打ち滅ぼし、同族を守り、やがて英雄と称されるようになる。

 だが、厳密に言えばこれは誤りだ。

 英雄は強くなっているわけじゃない、神に近づいているだけだ。


 とはいえ、英雄自身にその自覚が芽生えることはほとんどない。

 なにしろ、神の座に至るのは死後、肉体と魂が分かれた後のことだ。

 力に酔いしれている英雄たちは、神からの加護を己の力のように振舞い、ある者は我欲を満たし、ある者は一国を打ち立て、ある者は復讐にひた走る。

 そうして加護を鍛え続け、誰もが知る英雄として生を全うした後に待つのは、従属神としての長く果てなき道だ。


 従属神。あるいは下位神。

 まあ、呼び方は何でもいい。

 一つだけ確かなのは、下界に名を轟かせた英雄から、上位神の下僕に成り下がる――成り上がる事実だ。

 下界を監視し、加護を与え、英雄の素質を持つ者を探す。

 上位神?まさか、そんな雑事には関わらないさ。

 彼らには別の役割がある。下界の者ごときには決して理解が及ぶことはないから、気にしなくていい。

 気にするべきは、テイルを取り巻く特異な状況だ。


 最近、異変を感じたことがあったはずだ。

 力がみなぎり、五感が冴え、万能感に満たされることはなかったか?

 はるか遠くの魔物を発見し、ただの投石で撃退したことはなかったか?

 その原因が、加護の増大にあることくらいは気づいているだろう。

 そうだ。その先の先、加護の到達点であり終着点。

 テイル、君は神に成りかけているんだよ。


 もちろん、今すぐにどうにかなるという話じゃない。

 ただ、このまま行けば確実にそうなる――神に至るだろうと言っている。


 なぜ、そこまで言えるのか、だって?

 わかるさ。なにしろ、僕はテイルの先達だからね。同類と言ってもいい。

 加護を得た動機も、戦いの日々も、辿ってきた道は酷似している。

 それなら、この先の結末も酷似してしかるべきだろう。

 生まれた時代が、生きた時代が、死んだ時代が違えど、原初のノービスの加護を持つ者の末路に違いはない。


 そうだね。ジオグラルドはよくやっていると思う。

 ノービスの加護を広めて軍隊を興し、形ばかりの公国に明確な力を持たせた。

 今や、王家に代わってアドナイ貴族を糾合しようという段階まで来ている。

 挙句の果てには、エルフとドワーフとの同盟を復活させ、対災厄決戦兵器まで用意しているとはね。


 いや、恐れ入ったよ。

 神ゆえに下げる頭は持たないが、素直に賛辞を贈るとしよう。


 だけど。

 やはり、それだけでは足りない。人族の持てる力を結集しただけでは不十分だ。

 人族は災厄を見誤っていると言わざるを得ない。

 五千年前、栄華を誇った先史文明がなぜ滅びなければならなかったのか、理解していない。

 ただの魔物の襲撃だけで文明が滅びるものか。

 必ず、英雄の力を渇望する時が来るだろう。


 それでも、あえて言わせてもらう。

 踏みとどまるなら今だ。

 今だったら、普通の人族としての生を全うできるかもしれない。

 朝起きて、食事を摂って、汗水たらして働いて、夜は疲れた体を休めて。

 仲間と笑い合い、愛する人と暮らし、子供を育て、成長したら独り立ちを見送って、やがて終わりを迎える。


 英雄とは、そんな当たり前のことを全て失った、もはや生き物とは呼べない者のことだ。

 昼夜の区別なく行動し、東に敵が現れれば滅ぼし、西に助けを求める声があれば一も二もなく向かう。

 親しい人たちとは二度と会えず、愛を育むことはもちろん、子を育てるなどもってのほか。

 だというのに、守った町が滅ぶ光景を、救った命が零れる様を、愛する人の死に目に会えない現実を、嫌でも目の当たりにすることになる。

 それでもなお、英雄は戦い続けなければならない。

 敵がいなくなるまで。敵すら失うまで。

 神に、その魂が召されるまで。


 まるで、従属神が欲しくないかのような物言い、か。

 そうかもしれない。

 もちろん、神の座に上がった以上は、より高みを目指したいという意志はある。

 そのためには、下界に関わる類の雑事をこなす手足――従属神を選ぶことは欠かせない要素だ。

 特に、長きに渡ってこの名を知る者が下界にいなかった僕にとっては、テイルの存在は砂漠で見つけた井戸水のようなものだ。

 惜しむ気持ちは、神意はある。


 だけど、まあ、別にテイルじゃなくてもいい。

 辛く苦しい道のりだったが、それでも五千年も待てたんだ。

 ジオグラッド公国を中心に初心教が広まりつつある今、あと百年もしないうちに新たな英雄が――従属神候補が再び現れるだろう。

 たった百年だ、何ほどのこともない。


 だから、思い出せ。大切な者達がいることを。

 これ以上、エンシェントノービスの加護の核心に近づくな。

 かつて神に対抗しようと、巨人族が使用したギガンティックシリーズ。

 その最終にして最強の形態の封印を解いてはならない。

 解いたが最後、本当に後戻りができなくなる。


 とはいえ、今さら災厄との戦いから身を引くことも難しいだろう。

 だから、無理さえしなければ問題はない。

 リスクそのものは消えないが、無防備で魔物に襲われる危険を考えれば、無視できる程度でしかなくなる。

 もちろん、目下最大の懸念が、最大の障害がドラゴンだということは分かっている。

 そのために、ジオグラルドは小賢しくも動き回っていたんだろう?

 だったら、任せてしまえばいい。それだけの力は蓄えているはずだ。

 テイルがドラゴンバスターになる必要は全く無いんだ。


 たとえ、竜王が出てきたとしても。

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