第327話 聖骸と加護の強化
「神である僕を待たせるとは、いい身分になったものだな、ジオグラルド」
「申し訳ございません、カナタ様。王都から帰って以降、政務が山積みでしたので」
先行した衛士隊によって確保された安全なルートを通って、黒い祠へ。
そこで、前回のように俺が持つ黒の剣を祠の中にある御神体に触れさせることで、ノービス神の神殿に一瞬で移動した。
同行者は二人。
いつものように祭壇の上に座る神の前でただ一人跪くジオと、俺と同じく跪かないエルフ族のシルエだ。
――それにしても、本当にシルエまでついてこられるとは思っていなかった。
だけど、済んでみれば納得できる部分もある。
例外を除いて人族を嫌うソレの一存で俺達はここに招かれるわけで、シルエの場合はその例外にすら当てはまらない。
むしろ、もっとも神殿に入る資格を有しているのが、このノービス神のかつての盟友の子孫じゃないだろうか。
「シルティアの子孫か。その顔立ち、まるで彼女の生き写しのようだ」
「人族に与する神よ、あなたに敬意を払うことはやぶさかではないが、その加護を信仰し慈悲に縋ることを、私達エルフは良しとしない。それでもよければ、この神殿の片隅で話に加わることを許してほしい」
「構わない。君がシルティアの血を受け継いでいるというだけで、僕の神殿への道は開かれている。もし、この先、祖先のことを聞きたければ、あの祠に触れるといい。いつでも懐かしい日々のことを語って聞かせよう」
「有難き幸せ」
ジオとは扱いがまるで違う、とは言わない。
当の本人も言わないだろう。
五千年前のことを考えれば、待遇の雲泥の差は当たり前だ。
極論を言えば、ソレにとってシルエは味方で、ジオは敵なんだ。
それくらいに、築いてきた歴史に、積み重ねてきた信頼に差がある。
案の定、ソレがシルエに向けていた親愛の眼差しがジオに移るころには、ひどく冷たいものに変わっていた。
「それで、王都から持ち帰ったものは持ってきたのか?」
「は、ここに」
そう言ったジオがソレに差し出したのは、中央教会に地下に封印されていた、抱えられるほどの黒い箱。
中に入っているのは、言うまでもなく聖骸――神となったソイツがこの世界に残していった遺体の一部だ。
「……」
ジオから差し出された黒い箱が宙に浮き、祭壇の上まで移動する。
その蓋が音もなくひとりでに外れた後、中をのぞき込むソレ。
その目に宿る感情は、怒りか、憎しみか、恨みか、懐かしさか、喜びか、感動か。
きっと、一つってことはないんだろう。
どれでもなく、どれでもある思いが同時に襲ってきているのか。
自分の亡骸を自分の目で見る。
もしかしたらその光景は、神にのみ許された奇跡なのかもしれない。
「確かに受け取った。テイル、ジオグラルド、多くの犠牲を払いつつも艱難辛苦を乗り越え、よく成し遂げた」
「もったいなきお言葉」
跪いたままのジオが深々と頭を下げるのを見て、俺もあわててそれに倣う。
特に理由はないし、ソレに頭を下げているつもりは毛頭ない。
強いて言うなら、ミザリー大司教を始めとした王都奪還戦争の犠牲者に対して、だろうか。
ソレの言う通り、取り返しのつかないほどの犠牲だった。
それなら、せめて神の前で来世の幸福を祈っても構わないだろう。
「カナタ様。そろそろ、聖骸を欲した理由をお聞かせいただくわけには行かないでしょうか?」
「……ふん、面白いことを言うじゃないか、ジオグラルド」
跪いたままの姿勢のせいだろうか。
ソレのジオを睥睨する表情が、これまでよりも一段と厳しい感じがする。
まるで、お前の考えなんか全てお見通しだといわんばかりに。
「僕は愚か者が嫌いだが、それ以上に唾棄しているのは、愚か者を演じ続けている者だ。これがただの道化なら滑稽だと笑い飛ばすところだが、一国の王が己が神に向かって偽りの仮面をかぶるなど、無礼にも程がある」
「私はただ、神意を歪めるようなことはあってはならないと……」
「だが、不遜にも僕の考えを、僕の計画を先回りしているのは事実だ。言ってみろ、お前が僕の計画をどう読み解いたのかを」
有無を言わせない、神の命令。
これには、いつもは何事も飄々と受け流すジオも、正面から向き合うしかなかった。
「カナタ様の慈悲に縋りノービスの加護を公国中の民に与え、災厄に対抗する力とする。その計画は功を奏して達成されつつありますが、一方で災厄の真の恐ろしさはこんなものでは済まないだろうと感じておりました。そんな時です、王都守護の結界の要としている聖骸の奪還を、テイルが命じられたと聞いたのは。まさに、目の前の霧が晴れる思いでした」
「つまり、結界のために王都に縛られ続けてきたこれを、今度は公国のために利用しようというのか?だが、今さら王都の真似事では災厄には通用しないぞ」
ソレが、再び蓋が閉じられた黒い箱に手を置く。
その仕草には特に不自然さは感じられなかったけど、それが却って思いの深さを表現しているような気がする。
そんな、ソレの心中ならぬ神中を察したのか、ジオは、
「御心配には及びません。王都の結界は魔物に対して一定の効果を上げていたようですが、あれはあまりにも非効率でした」
「ふうん、非効率か」
「ノービス神の加護はノービスにこそ与えるべきです。それも、結界などという回りくどい使い方ではなく、純粋に加護を強化するような魔方陣を組んで聖骸と地脈を繋げれば、その効果は飛躍的に増大するでしょう」
「言いたいことは分かるが、具体的な方法の算段はついているのか?」
「そのために、ジオグラルドは私を同席させた、そういうことだ。古の魔法を良く知るエルフの手を借りるためにな」
ソレとジオの会話に割って入ったのは、シルエだ。
誇るでもなく、かといって謙遜するわけでもない落ち着き払った様子は、絶対の自信の表れだろうか。
「この森を起点として、公国領内にいくつか存在する地脈の集合点に、神の加護を活性化させるエルフ式魔方陣を敷く。地脈を流れる膨大な魔力が上手く循環すれば、公国の領土をカンバスにした巨大魔法陣が完成し、領内にいさえすればノービスの加護を昼夜問わず常に強化できるだろう」
シルエの説明を聞いたソレは、しばらくの間沈黙した後、
「……五千年前にはなかった方法だな」
「もちろん、この計画はカナタ様の許しがあって初めて成立するものです。もしも、神意に沿わないのであれば、別の方法を講じますが」
「構わない。そのように進めろ。どの道、すでに支度は済んでいるのだろう?」
「はっ。シルエが知る魔方陣の知識を、事前に選抜した初心教司祭に伝授すれば、あとは各地に派遣するだけで全ての準備が整います」
「ならば、すぐに実行に移せ。ジオグラルド、お前の目的と僕の目的が一致しているうちは力を貸してやる。対して、お前が差し出すものは――わかっているな?」
「この命尽きるまで、人族の存続のために粉骨砕身の働きを約束いたします」
ジオの言葉にソレが小さく頷くと、神殿全体が白く光り始めた。
いつものように森に帰されるのだと思って、光に目がやられないようにきつく閉じる。
しばらく経って目を開けると、見える景色は神殿のまま、ジオとシルエの二人の姿だけが消えていた。
残った俺――残らされた俺に対して、事態の張本人であるソレは祭壇の上から降りて目の前まで来て、言った。
「テイル、少し話がある」
話自体はそれほどかからなかった。
良かったことと言えば、そのくらいだ。
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