第300話 決着、そして風
「ロナアアアド!!回復だ!!」
「テイル!」
苦悶の表情から一転、獰猛な笑みを浮かべたレオンに被せる形で叫んだリーナの続く言葉を待つまでもなく、ロナードへの攻撃の意思を固める。
魔法は期待薄だ。
戦士系ほどじゃないけど、レオンと同じく治癒術士からのクラスチェンジに至っているんだとすれば、ノービスの初級魔法は耐性で凌がれる恐れがある。
かといって、剣が届く間合いでもないし、練習すらしていない武器の投擲は博打が過ぎる。
手段はただ一つ、レオンのナイフを弾いた時と同じく投石しかない。
でも、ある程度のモーションが必要な投石と、詠唱に必要な声を発するだけで済む治癒術とでは、文字通り早さが違う。
死に体の獣であるレオンが、手負いの獣くらいまで回復する覚悟を、今すぐにでも決めないといけない。
怒り狂ったレオンが回復して再び無力化するまでの間にどれだけの犠牲が出るか、想像できないししたくもない。
そもそも、また無力化できるかもわからない。
先を読めば読むほどに暗くなっていく展開に眩暈を覚えながら、それでも何もしないわけにはいかないと腕を振り抜こうとしたその時、
「あー、待て待て、その投石ちょっと待った」
「レナートさん!?」
俺の動きを止める、間延びした声した方に目をやると、ロナードの背後にひっそりと、剣を携えたレナートさんの姿があった。
「話の前に――そこのギュスターク公爵の騎士達、ちょっといいか」
「む、わ、我らのことか?」
「レオンが連れてきた冒険者どもを全員気絶させてるから、手間だろうが拘束してくれんか?倒したのはいいが、一人でやるのは骨でな」
「そ、そんなわけが……」
「いや待て!王太子殿下を捕らえていた賊共が倒れているぞ!いつのまに……!?」
「ええい、何をしている!早く殿下をお助けせぬか!!」
ギュスターク公爵の一喝で、バタバタと動き出す騎士達。
多くの視線がエドルザルドに向く中、
「ロナード!なにしてやがる!さっさと俺を治せ!」
さすがに状況の悪化を察したらしく、焦った様子で怒鳴り続けるレオンに対して。
記憶にある冷静沈着な雰囲気はどこにもなく、代わりに小刻みに身を震わせながら沈黙しているロナード。
その姿は、噴火寸前の火山を思わせた。
「ロナード!てめえ聞いてんのか!?」
「……レオン、一つ確かめたいことがある。現在、ガルドラ公爵軍の戦況はどうなっている?」
「ああ?下らねえこと言ってねえで、さっさと治癒術を――」
「質問に答えろレオン!!ガルドラ公爵家への忠誠を示すため、前線に立っている私の二人の兄はどうなっているのかと聞いているんだ!!」
別人かと思うほどの怒りの表情を見せながら、レオンに食って掛かるロナード。
その目尻に一瞬、光るものを見た気がした。
「死霊術士を捕らえて不死神軍を配下に加えればガルドラ領のゴブリンはすぐに殲滅できる――出陣の時に、貴様はそう言ったな。だが、結果はどうだ?ガルドラ公爵軍は不死神軍もろとも神聖帝国の聖術爆撃に晒され、前線の部隊の生死は絶望的というじゃないか。レオン、私の家を貴族に引き立てると言ったあの言葉は嘘だったのか!?」
「お、おいおい、どこのどいつだ、そんなでたらめを言いやがったのは。ロナード、目を覚ませよ、今まで俺が言うことが間違ったことがあるかよ?お前は俺の言うことを――」
「ならあの聖術の光はなんだ!貴様と共に別動隊に入った私でも、軍の配置と戦略くらいは把握している!私の兄たちはあの光の中にいる!いや、いたんだ!」
「とまあ、満身創痍に孤立無援、それが今のお前の現状、というか末期症状なわけだが、大人しく縛についてくれねえか?今なら拷問やら市中引き回しやら、報復無しで処刑してやるぞ」
「俺を誰だと思ってやがる!!このアドナイ王国の――世界の王になるレオン様だぞ!!神聖帝国も四神教も亜人共も、全部俺のしもべにして支配してやる!!」
「……やれやれ、メッキを剥がしてやろうと思ったが、ある意味で混ざりものなしの純度100%馬鹿だったか。こりゃ、手足の腱を切って連行するしかないか。それでいいか、ギュスターク公爵」
「う、うむ。取り調べの際に、我らも加えてもらえるなら異存はないが……」
俺も含めて、敵意よりも憐みの方が多い眼差しが、レオンに突き刺さっていく。
負けずにレオンも睨み返してきたその時、瘴気を薄れさせるほどの一陣の風が砂埃を巻き上げて、その目を強制的に閉じさせた。
いや、ここだけじゃない。
上から吹き降ろしてきたと思える風は瘴気だけじゃなく雲までも散らして、王都に来てから一度も見られなかった青空を俺達に見せていた。
――その中に、小さな小さな黒点を一つだけ残して。
「おお、天までもが我らの行いを祝福しているぞ」
「けれど、妙な風ね。瘴気が晴れているのはこの辺りだけみたいだけれど……?」
「このような吹き降ろし、王都陥落前には一度も無かったはずです。これも、ワーテイルの仕業なのでしょうか?」
「……お前ら、逃げろ」
「え?」
「いや、逃げるな――死にたくなけりゃ全員俺の周りに集まれ!!」
高き眼は知っていた。
教わるまでもなく、本能で。
狩りとは、決して獲物に気取られることなく、ただの一度で仕留めるもの。
そのためは、遠く離れた間合いから絶好の機会を待ち続けた。
高き眼にとっても、決して楽なことではなかった。
獲物はとても小さくか弱く、物陰に入ることも多かったからだ。
二度目などない、○○○○の誇りにかけて一撃で滅ぼす。
そのために、高き眼は待ち続け、機会は訪れた。
獲物は見晴らしのいい場所で、どうやら弱っているらしい。
瘴気の中に留まってはいるが、高き眼には関係なかった。
すでに匂いは覚えていたし、この目は瘴気を見透かし魔力を捉える。
高き眼は獲物から一度も目を逸らさなかった。
矮小なる人族にこれほどまでの手間。
高き眼にとって、もちろんこれほどの屈辱はない。
だが、屈辱というならとうの昔に受けていた。
よりにもよって、人族ごとき下等種族に我が身を傷つけられるという、天から落ちるほどの不名誉。
直後に多少の意趣返しはしたが、この程度で収まる怒りではない。
雪辱を晴らさねば、高き眼の矜持は保てなかった。
獲物は殺す。
その後で、同じ人族も見つけた端から殺し尽くす。
割って入るなら、亜人だろうが魔物だろうが構わず殺す。
神々の都合など知るものか。
たかだか下等種族の均衡のために、なぜ我らが譲らねばならない?
五千年前も実行したのだ、また五千年かけて世界を癒せばそれでいいだろう。
さあ、時は満ちた。
獲物を殺そう。人族を殺そう。邪魔するものは皆殺そう。
それらすべての呪いを体内の魔力と共に練り上げて、高き眼――世界最強の生物たるドラゴンは、地上を焼き尽くす灼熱のブレスを上空から放った。
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