第299話 対決
冒険者学校の同期。
ギルド期待の星。
ドラゴンバスター。
ガルドラ公爵家次期当主。
ガルドラ公爵軍総大将。
これほどまでに肩書が変わっていった人物を、俺はレオンの他に知らない。
剣技に優れ、男女問わず振り返る容姿を持ち、良く通る生気に満ち溢れた声は人を惹きつけ、そのカリスマを疑う者はどこにもいない。
吟遊詩人がこぞって歌にしたがり、聞く人皆が彼を称え、その立身出世物語は伝説となって後世まで語り継がれるんだろう、と確信していた。
だけど、レオンは力の使い方を大きく間違えた。俺にはそうとしか思えない。
その剣で反論を封じ、その容姿で弱者を脅し、その美声で周囲を扇動し、そのカリスマで悪の道を突き進んだ。
レオンの道は、人々の涙と血と骨と怨嗟でできている。そう言っても過言じゃない。
一方で、こうも思ってきた。
それだけの血塗られた道を、血で彩ってきた道を歩いて地位と権力を手に入れながら、冒険者としての実力も磨いてきたんだろうかと。
伝説の戦士が数々の偉業を成し遂げた後に卑怯にも毒を盛られて死ぬ、なんて話はありふれていて誰もが知っているくらいだ。
少なくとも、俺にエンシェントノービスの加護をくれたアイツはそうだった。
人族を守るために戦って戦って、戦い抜いた結果、手に入れた平和を目前にして仲間に裏切られた。
本人に聞く機会はこれまで訪れていないけど、政治とか陰謀とか、そういうきな臭い話が苦手だったんだろうと、勝手に思っている。
冒険者学校時代、レオンは文武両道を地で行く、将来の英雄と呼ぶにふさわしい奴だった。
はっきり言って、憧れだった。
ゴードンの束縛がなければ、冒険者学校を卒業していれば、そもそも普通の平民でいたならば。
レオンを目標にしていたかもしれない。
あの頃には考えもしなかった遠い存在が、今敵意をむき出しにして俺に向かってきている。
だから、俺も全力で迎え撃つ。
わずかに心の中に残っていた憧れをこの手で壊しながら。
「死ねえええええええええ!!」
悪鬼を見るような目で、悪鬼のような表情をしながら、純白の刃を振り下ろしてくるレオン。
あの剣は見覚えがある。以前、冒険者ギルド総本部で襲ってきたときと同じ一振りだ。
時期的に見て、ガルドラ公爵家から借りた秘蔵の名剣の類に違いない。その証拠に、ドワーフの名工あたりが打ったと思える、魔法の輝きが刃全体をうっすらと覆っている。
この手にあるのが並の剣なら、この時点で勝負はついていただろう。だけど、俺の得物も負けてはいない。
何しろ、かつて人族を救ったノービスの英雄の持ち物、ギガンティックシリーズの大剣だ。
アイツの口ぶりからして、五千年前の災厄において数々の魔物を斬り続け、それでもなお残った太古の武器。
少なくとも、一方的に剣を折られるような展開にはならないはずだ。
だとすれば、勝負は武器以外にかかってくる。
「オラアッ!」
刃と刃が打ち鳴らす、鈍い金属音。
それでも止まることのないレオンの斬撃に、無我夢中で食らいつく。
鍔迫り合いは紙一重。
力が強過ぎればすかされ、弱過ぎれば押し込まれる。
次の一瞬で指が、右手が、右腕が、この体が両断されても何の不思議もないし、逆もまた同じだ。
殺したいわけじゃない、だけど殺されるわけにもいかない。そんな交錯する思いをすり合わせて、刃に力を込めていく。
その時だった、俺のものじゃない声が漏れたのは。
「――んで、なんで潰せねえんだよ!」
イライラが最高潮に達したかのように、強引に剣を押し込んでくるレオン。
それに負けじと腰を落として踏ん張ると、傾きかけていた天秤が元に戻って再び均衡が訪れた。
「テイル!てめえごときが俺とタメ張ろうなんざ一万年早いんだよ!」
「でも、これが現実だ。俺にとっても、お前にとっても」
「っ……!?あの時だってそうだ!!全員の前で笑いものにしてやるためにレイドに入れてやったっていうのに、一人でいい恰好しやがって、あげくの果てにリーナと……!!」
「いつまでたってもリーナをもの扱いして……俺が怒っていないとでも思っているのか!!」
ガギイイイィィィン!!
さっきとは比べるまでもなく、甲高い金属音が白陽宮に響き渡る。
驚愕の顔のレオンをしっかりと見据えながら、溜めに溜めていた感情を爆発させる。
「お前はいつもそうだ!他人を見下すか自分のものにすることしか考えていない!今だって、ガルドラ公爵軍はどうした!また自分勝手に切り捨てるのか!」
「うるせえ!俺はこの国の王になる男だ!ガルドラ公爵家だろうが何だろうが、俺の言う通りに動いてりゃそれでいいんだ!!」
「お前が……お前が王だと!!」
刹那の――爆発。
俺の怒りを具現化したかのような初級火魔法はレオンとのつばぜり合いを中断させ、二人の間合いを空ける。
もちろん、こんなことで俺の攻撃は途切れない。
「二連、三連、四連――爆ぜろ!!」
「がはあっ!?」
最初の爆風にのけ反ったところにさらにイグニッションを畳みかけて、大きく後退させる。
だけど、
「ソードマスターにクラスチェンジした俺にこんな子供だましが効くかよ!」
「そんなこと、最初から分かっているさ」
そう、最初から分かっていた。
戦士の加護に、多少威力が上がったからってノービスの初級魔法が効きづらいことも。
クラスチェンジで上位ジョブになっているだろうレオンには、火に油を注ぐ結果にしかならないことも。
こんなものは子供だましだ。
ほんのちょっと、子供だましじゃない威力の攻撃、その準備ができるだけの余裕さえ作れれば、それでいい。
『クレイワーク成形……完了、ストリーム圧縮……完了、サイクロンバレル……完了、発射準備完了。使用者によるイグニッションでいつでも発射できます。どうぞ』
「なんだ、その恰好は?なんだ、その魔力は?なんだ、なんだなんだなんなんだお前は……!?」
「ただのノービスだよ」
『着火を確認。ギガシュートカノン、発射します』
視界を塞いでいた間にシュートスタイルにチェンジ、さらに地面を抉って精製した砲弾を、今度は自分の意志で射出する。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
発射――轟音。
照準を合わせるまでもない距離を直進した土塊の砲弾は、狙い違わず重厚な装甲を持つレオンの胴体に命中し、すさまじい衝撃波を放った。
爆風と爆音と地鳴りがし短い間続き、ようやく土煙が晴れた視界には、
「が、がはっ、ぐぐぐぐぐ……」
血反吐を吐きながらうずくまるレオンの姿があった。
――正直言って、殺す気だった。
最初の経験をなぞって放った土塊の砲弾は、まさしくゴブリンキングの上半身を吹き飛ばしたものと同じ威力だった。
狙いは違わず、障害物も一切ない、完璧な条件。
それにも関わらず、戦闘不能になっているものの死ぬ気配を見せないレオンの頑丈さは、化け物と呼んでもいいくらいだ。
「――テイル、テイル?」
「あ、ああ、リーナ」
背後から遠慮がちに話しかけてきたリーナに振り返って、返事をする。
すると、端正な顔立ちに憂いの色が見えた。
「ここまでやったのなら、とどめを刺しておくべきよ。少なくとも、やられた方のレオンはテイルが死ぬまで殺しにくると断言できる。もしもできないのなら、私がやってもいいけれど?」
「いや、俺がやるよ。リーナを守るための戦いでもあったんだ、最後まで俺がやるべきだ」
「わかった。けれど、気を付けて。いざとなったらレオンは、どんな手を使ってでも勝ちに来るから」
「大丈夫。不用意には近づかないよ」
そう言い残して前に向き直った俺は、立ち上がろうとして失敗して再び地を舐めたレオンの方に歩き出す。
「こ、こんな、こんなところで、この俺が負けるわけが……!!」
「違うな。負けるんじゃない、もう負けたんだよ、レオン」
『敵を滅する力を欲する意思を観測しました。ギガンティックシリーズ、パワースタイルに移行します』
かつて憧れ、やがて恐れ、今は憎むべき敵に向かって、再び手にした黒の大剣を構える。
「卑怯なことをしやがって!正々堂々勝負し――ガハッ、ゲホッ!?」
「卑怯?お前にだけは言われたくないな。それに、俺はノービスだ。剣だけが戦いじゃない。魔法も投石も、立派な俺のスキルだ。それに、正々堂々というなら――」
腰の袋に手を突っ込み、手頃な石を握ってスナップ。
息をするように行使できるようになった投石スキルは、狙い過たず伏せの体勢のレオンの右手に命中し、懐から取り出したばかりの小さなナイフを弾き飛ばした。
「ナイフに何の毒を塗っていたか知らないけど、お前のやることなんてお見通しだ。腐っても同期だからな」
「ぐ、ぐぐぐぐぐ……」
もはや声を出すのも苦しいのか、怒りに身を震わせながら呻くだけのレオン。
その両手がこれ以上悪さをしないか注意しながら、黒の大剣を振り上げて仕留めにかかる。
――やるしかない。レオンを生かしておけば、この先苦しむ人がもっと増える。
そんなわずかな逡巡を神様に見透かされたんだろうか、最後の一撃は思わぬ声に遮られた。
「レオン!!」
「ロナード!なんでここに!?」
レオンから目を離すわけにはいかなかったから、把握できたのは背後のリーナのおかげだ。
ロナード。
冒険者学校の同期であると同時に、リーナ、ルミルと次々と仲間が離脱していく中で、今なおレオンに付き従う治癒術士。
そのロナードが、レオンにとっての詰みの局面で現れた。
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