第298話 白陽宮の戦い 


 王太子エドルザルドと、玉璽。

 アドナイ王国の要を互いに所有しながら睨みあうのは、ガルドラ公爵家次期当主のレオンと、叛逆者ルイヴラルド。

 そして、白陽宮をかつて飾り立てていた、今は手入れもなく荒れ放題の庭木の陰に潜んで二人を拘束する機会をうかがっている、俺達。

 三者三様の思惑が絡み合って緊張だけが高まっていく中、


「殿下ー!!エドルザルド殿下はいずこにおられるかーーー!!」


「おおっ、ギュスターク公爵か!!」


 沈黙を破ったのは新たなる乱入者だった。

 初老ながら全身に覇気を漲らせたギュスターク公爵と呼ばれた人物は、引き連れていた騎士達を指揮して、瞬く間に第三勢力として両者に割って入っていく。


「てめえなんざ呼んでねえんだよ、クソジジイ!邪魔すんじゃねえ!」


「貴様、ガルドラ公に取り入って次期当主の座をかすめ取ったというレオンだな?貴様には、ガルドラ公、ガルオネ伯、ガルダス伯暗殺の嫌疑がかかっている!エドルザルド殿下を引き渡せばよし、そうでなければこの場で即刻斬り捨てる!大人しく縛に付け!」


「ふざけるな!お前らこそ立場を分かってんのか!?こっちこそ、この愚劣な王太子様を今すぐぶっ殺してやってもいいんだぞ!」


「いいや、私の方が先約だ!早くエドルザルドを寄越せ!」


「黙れルイヴラルド!助けてくれギュスターク公!!私は死にたくない!!」


「……あれが、何事もなければ王位を継いであまねく国民を照らすアドナイの太陽になるはずだった男――なんて考えるとゾッとしねえな」


「ちょっとレナート、動くと見つかるわよ」


 怒号が飛び交う広場をよそに、気配もなく立ち上がったレナートさんをリーナが見咎める。

 だけど、見かけによらず無駄を嫌うレナートさんが動き出したってことは、そういうことなんだろう。


「ギュスターク公爵の乱入で、いい具合に場が乱れた。制圧にかかるぞ。ガーネット、そいつらのお守りは頼んだ」


「それは構いませんが、あなたは?」


「下手くそに隠れてる冒険者どもをシメてくる。冒険者のやり口を知っている俺が適任だからな。ガーネット、お前はリッチ共の始末だ。ルイヴラルドが消滅しない程度に加減しろよ」


「言われるまでもなく」


「ギュスターク公爵は無視していい。大貴族にしては話の分かる方だから、こっちから仕掛けない限りは向こうも手を出してこない――てなわけで、テイル、分かってるよな」


「俺の相手は、レオンですね」


 俺の言葉に頷いたレナートさんは、


「勝手知ったる同期の仲――というには時が経っちまってるだろうが、お前にとっては因縁の相手だ。ここらで一つ、ケリをつけてこい。ついでに、リーナ嬢、手伝ってやれ」


「それは願ってもないことだけれど、勢い余って殺してしまうかもしれないわよ」


「それならそれで仕方がねえ。ここは敵地で、レオンはどんな卑怯な真似も厭わない。自分の命を重く、他人の命を軽く見ろ。それが、仲間ごと自分を救う結果に結びつく」


「言われなくても」


 当然とばかりに答えたリーナだけど、レナートさんの言葉はむしろ俺に向いていると思う。

 ジョブの加護を得て以降、手加減をしたことは一度もないけど、結果として俺は狩り以外の殺生をほとんどしたことがない。

 人族に至っては、一人もだ。

 もし、本当にレオンの命を奪う必要があるのなら、リーナに任せるんじゃなく自分で。

 そう覚悟して、


「やります」


 レナートさんに頷いた。






「高く煌々たる神々の一柱、白き救済の治癒の神、たなびく衣はあまねく空から降り注ぎ、不浄なるものを昏き黄泉路へ導く力を我らに指し示せ」


 教会を持たないジュートノルだけど、どうやら定期的に巡回司祭がやってきては、集会所に集まった人たちに祝福と神話を語り聞かせるらしい。

 らしい、というのも、貧乏暇なしを絵に描いたような俺の生活には無縁の存在だったからに他ならないけど、人づてに聞いた話はどれも、あくびが出るほど退屈だ、という不評ばかりだった。

 当然、俺の中で聖職者の祈りの言葉は聞くに値しない雑音として認識されていたわけだけど、何事にもピンからキリまで存在するっていう、ごく当たり前の事象を失念していた。


 それくらい、ガーネットさんの荘厳な祈りの言葉は敵味方問わず警戒心を薄れさせ、聞く者全てを魅了した。


「殲滅せよ、『アークライトレイン』」


 瞬間。

 夕焼けには似つかわしくない純白の光が空から降り注ぎ、直下にいた俺達を直撃した。


「うわああっ!!……って、あれ、痛くない?」


「未熟な聖術士が使う、魔法もどきと一緒にされては困ります。真の聖術は肉体へのダメージを一切及ぼしません。むしろ、体内の邪気を祓う力を持ち、傷の治りを早くします。そして、アンデッドへの効果は見ての通りです」


 ガーネットさんはそういうけど、見るまでもないというのが俺の率直な感想だ。


 聖術による光の雨でダメージを受けているのは、ルイヴラルドに付き従っていたリッチ達だけだ。

 まるで、全身に矢を浴びているかのようにのけぞり、白い煙を噴き上げながらあおむけに倒れていく。

 やがて、力を使い果たしたかのように痙攣をやめたリッチ達は、薄汚れた衣装だけを残して、骨ごと消滅していった。

 ただ一人を残して。


「や、灼ける、体が灼けるううううううううううううううううううっ!!」


「やはり、貴方だけは不死者としての格が違ったようですね、叛逆者ルイヴラルド」


 視界を塞いでいた白煙が晴れてからもうめき声を上げているルイヴラルド。

 衣装に覆われていない顔や手は火傷を負ったように爛れているけど、どうやら消滅を免れたみたいだ。


「おのれええええええ、皇帝たる私にこのような暴挙が許されると思っているのか!」


「何を勘違いしているのか知りませんが、先王をその手にかけた時点で、あなたの王族としての称号は全て剥奪されています。ましてや、ご自慢の死霊騎士もおらず孤立無援の今、あなたはただの薄汚いアンデッドにすぎません」


「だまれええええ!!」


 冷徹なガーネットさんの宣告の中、逆上したルイヴラルドがその法衣に掴みかかろうと立ち上がったところで、


「ぎゃあああああああああ!?私の、私の腕がアアアアアア!!」


「思わず斬っちゃったけれど、腕を飛ばすのはやりすぎだったかしら?」


「いえ、聖術では加減が難しいですから、次は消滅させてしまうところでした。礼を言います、リーナ嬢」


 一閃。

 ガーネットさんに襲い掛かろうと伸ばされたルイヴラルドの右手を、滑るような動きで割って入ったリーナの切り上げの斬撃が見事に肘の手前から先を切断した。

 とっくの昔に血を失った右腕がくるくると回転しながら放物線を描き、落ちた先。

 足元のアンデッドの残骸に目もくれず、親の仇でも見るような血走った目で叫んだのはレオンだった。


「リィィィナアアアアアア!!」


「レオン……」


「今度こそ手に入れてやるぞ!俺のものになれ!!」


「レオン様!?」


 従っている冒険者の制止も聞かず、エドルザルドに突き付けていた剣をリーナに向けて疾走するレオン。

 そのオーガもかくやという形相に止められる者は誰もおらず、手に入れるというよりもそのまま殺しかねない勢いで、一気に間合いを詰めてくる。


 もちろん、そんなことは絶対に許さない。


「てめえ、テイルか!!」


「悪いが、リーナに手は出させない」


 黒の剣を鞘から引き抜き、精いっぱい地面を踏みしめて、レオンの必殺の一撃を真正面から受け止める。


「テイル!」


「リーナ、下がっていてくれ」


 そう言ったにもかかわらず、まるでそこが一番安全だと言わんばかりに、俺の背後に近づいてきたリーナ。

 そんな微妙な動きに何を感じ取ったのか、レオンの目にどす黒いものが走った。


「てめえら、まさか……リーナ!俺という男がありながら……!!」


「レオンには関係ないことよ!勝手なことを言わないで!」


「殺してやる……いや、それだけじゃ足りねえ、あいつらにやらせたあとで死ぬまで恐怖を味あわせて、その後でまた弄んでやる!!」


「させないって言っているだろ!!」


『使用者のみなぎる力を観測しました。ギガンティックシリーズ、パワースタイルに移行します』


 ガギイイイィィィン


 圧縮、からの膨張。

 黒の剣が巨大化するまでため込んでいた力を一気に開放、斬りかかってきたレオンの剣を一気に弾き返し、大きく後退させた。


「なん、なんだこの力は……?テイル、テイルのくせによおお!!」


「レオン、お前が二度と俺達に手を出さないって誓うんなら何もしない。だけど、お前が一度狙った相手を絶対に許さないことも知っている。だから、ここで決着をつけよう」


「上等だ!!格の違いを見せてやる――リーナにも、お前にもな!!」


 咆哮と共に再び繰り出されるレオンの大剣を、俺の黒の大剣が迎え撃つ。

 この戦いが趨勢を決めると察したのか、全員が戦闘を中断して見守る中、因縁の戦いが幕を開けた。


――誰一人として結末を知らないままに。

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