第297話 白陽宮再び


「いいか、俺達の目的は、叛逆者ルイヴラルドの確保だ。取り巻きの貴族共もできれば生かして――とっくの昔に死んでるからややこしいな。とにかく、公の場で罪を裁くために公王陛下の元に連行する」


「あの、レナートさん」


「なんだ?尾行中なんだから、手短に言ってくれよ」


「いや、尾行中に会話しているのが、そもそもおかしいでしょう」


「いいんだよ。どうせ、連中に気づかれるわけがねえんだから」


 俺達は今、無人の王都を我が物顔で闊歩する、リッチ化した第二王子ルイヴラルドとその取り巻きの一団を尾行している。

 いくら戦場から離れているとはいえ、一軍の将が大した護衛もつけずに大通りを堂々と歩くのはどうだろうと思わなくもないけど、それは尾行する側の俺達にも言える。


「嘘でしょう?こんなに近い距離で後をつけているのに、気づかないの?少しは後ろを振り返ったりするのが普通のはずよね?」


「そういうことを気にする必要のない人生を送ってきてるからな、貴族って生き物は。外敵の排除や安全確保は騎士や兵士の仕事。むしろ、天下の往来でキョロキョロする方が非常識の誹りを受ける世界なんだよ」


「……私も、家出せずに普通に暮らしていたら、ああなっていたのかしら」


「どうだろうな。人族ってやつは、持って生まれた資質に抗えないもんだからな。案外、破天荒なお姫様になっていただけかもしれんぞ」


「余計なお世話よ。それにしても、護衛の一人もいないなんて、何を考えているのかしら?」


 リーナの言う通り、ルイヴラルドに従っているのはいずれも戦いの心得がなさそうな貴族の衣装をまとった男達だけで、中には剣を帯びていない者さえいる始末だ。

 リッチ特有の顔色の悪さのせいで断言はできないけど、戦場を歩き回るには無謀すぎるパーティ編成としか思えない。


「あるいは、リッチ化のデメリットが顕在化してきたから、かもな」


「デメリット?そんなものがあるんですか?」


 前を気にしながら歩く俺の疑問に答えたのは、ガーネットさんだ。


「リッチとは、その者の魔力を糧に不死の肉体と寿命を得る魔物の一種です。当然、魔力が不足すれば肉体の維持はままならなくなります。意識は虚ろになり、肉は腐り果て、やがて通常のアンデッドと見分けがつかなくなると言われています」


「超常の存在にもそれ相応の苦労があるってことだな。んで、分不相応の夢を抱いたルイヴラルドと取り巻き共には、ふさわしい結末がすぐそこまで迫ってるってわけだ」


「じゃあ、ルイヴラルドたちは……」


 改めて、リッチたちの後姿を観察してみれば。

 足取りは重くふらふらしていて、周囲を警戒している様子もなく、時々意味不明なうめき声を上げている奴もいる。

 もし、貴族の衣装を着ていなかったら、普通のアンデッドと思い込んで見逃していたに違いない。


「それなら、尾行なんて悠長なことはしないで、今すぐに殺してしまうべきじゃない?ルイヴラルドの首さえあれば、神聖帝国も攻撃をやめるかもしれないし」


「その物騒な案も魅力的じゃあるが、不死神軍の本陣にいるはずの奴らがどこに向かってるのか、知りたくはないか?」


「え?だって、神聖帝国の攻撃から逃げているだけでしょう?」


「本当に逃げてるだけなのか、それとも何か当てがあるのか、見極めたいってことだ。ルイヴラルドが王都を奪った時のような切り札があるなら是非とも把握しておきたいしな」


 レナートさんの言葉はもっともだし、リーナもそう思ったんだろう、どこか緊張感に欠けた尾行が続く。

 強いて言えば、こうしている間にも戦いが続いていることに思うところがないわけじゃないけど、目の前のことに集中するべきと自分に言い聞かせる。

 人族にできることは限られる。俺は神でも、不死者でもない。






 やがて、ルイヴラルドたちはある建物に入っていった。

 俺達にとっても、因縁のある場所に。


「白陽宮……」


「まあ、王を詐称するルイヴラルドにとっちゃあ、ある意味ふさわしい終着点ではあるんだが」


 そう言うレナートさんの表情には、隠し切れない不満が浮かんでいる。

 門をくぐる時に先回りして観察したルイヴラルドの横顔も、何か企んでいるようには見えなかった。

 本当に、本能の赴くままに徘徊しただけなんだろうか?


「どうしますか、レナート。これ以上、ルイヴラルドたちを泳がせる必要はないと思いますが?」


「……そうだな。叛乱の概要を知ってるワーテイルは確保済みだし、あいつらが広い場所に出たところで始末するか」


 そんな、ガーネットさんとレナートさんの会話を後ろで聞いている内に、ルイヴラルドたちは白陽宮前の広場まで俺達を導いた。

 忘れもしない、国王夫妻を殺したルイヴラルドとワーテイルが、高らかに王位簒奪を宣言した場所だ。


「これ以上は、本当に何もなさそうですね」


「叛乱の結末としちゃあ、呆気なさすぎるがな。じゃあ、行くと――」


 広場を囲む庭木に隠れるレナートさんの言葉が途中で止まり、その後ろで動こうとした俺達を手で制した直後、白陽宮の二階にあるバルコニーに気配が生まれた。


「ひいいっ」


  情けない悲鳴を上げながら出てきたのは、ルイヴラルドとそん色のない豪華な、それでいて薄汚れた衣装を着た三十代の男に、


「ようやくお出ましか、待ちくたびれたぜ」


 その男の背中に剣を突き付けて、数人の冒険者を引き連れているレオンの姿だった。


「レナートさん」


「まったく、王族の考えることは、俺の想像を何度も裏切ってくれるよな。敵味方の首魁同士が白陽宮で待ち合わせとは、やってくれるぜ」


「それにしても、レオンたちはどうやってここまで来れたの?特に傷を負っているようにも見えないし」


「おそらくですが、レオンが剣を突き付けている人物が、白陽宮に直接つながる秘密の通路に案内したのでしょう。もちろん、強制的されてのことでしょうが」


「仮にも王太子エドルザルド殿下なら、安全な脱出路の通り方くらいは自分の頭に叩き込んでるだろうからな」


「王太子!あれが?」


 驚いているのは、唯一王太子の顔を知らない俺だけだったのはともかく。

 珍しく声を震わせるレナートさんの言葉を待つまでもなく、もう少し様子を見守ることが無言の内に決定する。

 どうやら、レオンたちにも俺達の存在は気づかれていないらしく、人目をはばかることもない大声が広場に響き渡った。


「よく来たな、自称皇帝さんよ!」


「き、きしゃま、ルイヴラルドへいかに対して無礼であるるるぞ!!」


「そうだ!このぶれれれれい者め!!」


「よいよい、皆鎮まれ。それで、本当にエドルザルドを引き渡すのであろうな?」


「そっちこそ、アドナイ国王の証である玉璽は持ってきたんだろうな!」


「……ルイヴラルドは目の上のたんこぶな兄の身柄。レオンは玉璽が目的か。まあ、どっちにとっても喉から手が出るほど欲しいものじゃあるんだろうがな」


「すぐそこで熾烈な戦いが行われている、今この時に求めるものではありませんね。ルイヴラルドはともかく、レオンの行動は正気の沙汰ではありません」


「それだけ追い詰められてる、ってことだろ。一応、冒険者達がルイヴラルドを包囲してるみたいだが、俺達の存在に気づかないほど雑な陣形が、全てを物語ってる」


 レナートさんの言う通り、庭木のあちこちに気配がする。

 一方で、この膠着した状況は、俺達に気づかれていることに気づいていないって裏返しでもある。

 この状況であのレオンに同行しているんだ、冒険者達は相当な実力者ばかりのはずだけど、周囲に気を配る余裕もないんだろうか。


「おら、さっさと玉璽を渡しな!!」


「エドルザルドの身柄が先だ!!」


「ちょっと都合がよすぎな展開だが、お互いの交換が完了するか、どっちかが暴走したら合図だ。ルイヴラルドとレオンの身柄を押さえるぞ」


 レオンとルイヴラルドが睨みあう、一触即発の空気。

 王都奪還戦争の一つの結末が、すぐそこまで迫っていた。

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