第296話 選択肢


「言っておくが、こいつら相手にお得意の口八丁が通じると思うなよ。本当の一流冒険者ってのはな、現場の判断ってやつを絶対にしない。少しでもおかしなことをすれば、契約通りにお前の人生はそこでおしまいだ。警告もないから、駆け引きなんざ考えるなよ」


「ご心配なく。この通り、魔力封じの手枷もつけられたことですし、駆け引きのしようがありませんよ」


「んじゃ、こいつのことを頼んだぞ。引き渡す相手は、公王陛下の側近、リーゼル卿だ。くれぐれも間違えるな」


「了解しました!必ずご指定先に送り届けます!」


 冒険者ギルド総本部正門前。

 俺達、というよりレナートさんを待ち構えていた冒険者パーティのリーダーの男の人に(俺より十ほど年上に見えた)、金属の手枷を嵌められたワーテイルを引き渡すと、そのまま建物の中へと戻って行く。

 どうやら、レナートさんが言っていた秘密通路とやらの入り口は、この中のどこかにあるらしい。


「ふう、これでようやく一仕事、って感じね。もちろん、まだまだやるべきことは残っているけれど」


「彼らは部外者の私でも知っているほど、名の知れた冒険者パーティです。アンバランスな私達よりも、確実にワーテイルを送り届けてくれることでしょう」


 そして、もう一人。

 彼らの最後尾につく形で俺達と別れたのは、テレザさんだ。


「本当は私もついていきたいんだけれど、逆に迷惑かけそうだものね」


「正直、猫の手も借りたい状況だが、今のお前はネムレス侯爵の娘としての立場がある。ここで目先ばかり見て連れまわすと、下手をすれば誘拐と取られかねん。悪いが、こいつらと一緒に王都を脱出して、公王陛下のところで大人しく待っていてくれ」


「そう、またあなたに待たされるわけね」


「そ、それとこれとは話が別だろうが!」


「冗談よ。あなたには、公王陛下の前で敵方にいた私の弁護をしてもらわないといけないもの。絶対に帰ってくるわよね?」


「あ、当たり前だろうが!」


「じゃあ、報酬の前渡しをしておくわね」


 相変わらず、グランドマスター転がしが得意なテレザさんが、最後にレナートさんの頬にみずみずしい唇を押し付けるところは、ギリギリのところで目を背けて。

 再び視線を戻した時には、形のいいお尻を見せつけながら総本部の中へと去って行った。


「痛っ!?なにすんだよ!」


「別に、ちょっと邪悪な気が満ちていた気がしたから、祓っただけよ」


 いきなり後頭部をはたいてきたリーナを睨むと、俺の百倍怖い目で睨み返してきたので、放心中のレナートさんに早急かつ迅速に声をかける気になった。


「レナートさん、お取込み中のところに悪いんですけど」


「……あ、ああ。そろそろ出発するか。本当は、リーナ嬢にも帰ってほしいところなんだがな」


そうリーナに切り出したレナートさんの目は、今まで愕然としていたとは思えないほど真剣なものだった。


「なによ、それじゃあまるで、私が足手まといみたいじゃない」


「戦力の話じゃねえよ。理由は二つある。一つはテレザと同じ、貴族の御令嬢をこれ以上付き合わせるのは具合が悪い」


「私はテレザと違って、貴族の身分を捨てて家を出たのよ。全然事情が違うわ」


「元公爵令嬢が無謀にも冒険者に身を落とした果てに命を落とし、哀れその屍を野に晒した。そんなお涙ちょうだいの話が広まるだけで、ジオグラッド公国の枷になっちまうんだよ」


「それくらい、私とお兄様が覚悟していないと思ったの?余計なお世話ね」


「じゃあ、二つ目だ。ぶっちゃけ、こっちの方がかなり切実な問題だ」


「なによ」


「単純に危険なんだよ」


「リーナ嬢、あなたの冒険者としての力量は、ここまでの旅路である程度理解したつもりです。実際、あなたは十分に役割を果たしてくれました。ここまでは」


「ここまでは、って、まるでこの先の危険度が段違いだって聞こえるのだけれど?」


 レナートさんの話を補足するようなガーネットさん。

 それはつまり、ガーネットさんもリーナの同行に反対だって証拠になる。


「これからレナートがやろうとしているのは冒険者の職掌の外、戦争への介入です。一歩王都を出れば、冒険者としての経験がまるで役に立たない場面が多々出てくることでしょう」


「神聖帝国の聖術爆撃を差し引いたとしても、相手は人殺しを名誉とする騎士や兵士だ。しかも、あの混乱した状況だと誰彼かまわず攻撃してくる可能性が高い。別に、同じように殺し返せとは言わんが、いざという時の覚悟ができていないと、取り返しのつかない失敗だってあり得る」


 そう言ったレナートさんがリーナと俺を見て、


「はっきり言っておくぞ。この先は地獄だ。戦争収束の模索って目的以外は手段も手掛かりも持っちゃいないし、人族と遭遇したら全員が敵だと思わにゃならん。それでもついてくるか?」


「私は最初から決まっているわ。テイルが行くところについていく。それだけよ」


「だそうだが、どうする?」


 すぐに決めろ。

 そんな言外の圧力を受けながら、俺は考える。

 そして、決めた。






 いくら瘴気に覆われているといっても、太陽の位置くらいはここからでもわかる。

 天辺はとっくに過ぎて、もう夕方に近づいているのか、さっきよりも薄暗くなっている気がする。


「お前ら、地下通路を出た時が一番危険だからな。石橋をたたき壊して川を泳ぐくらいに慎重に行けよ」


「分かっているわよ。あなた達の方こそ気をつけなさいよ。死んだら許さないんだから」


「ガーネットと二人きりだぞ、無茶のしようがねえよ」


 結局俺は、ここで引き返すことにした。

 今回の目的である聖骸の入手したこともあったし、この先は地獄だと表現したレナートさんの言葉に怖気づいてしまった。こればかりは、自分の心をごまかす方が馬鹿な行為だと思う。

 そして、ここまでついて来てくれたリーナの身の安全には代えられないとも思った。


「テイル、分かってると思うが、戦闘は厳禁だ。お前らなら大抵の相手に後れは取らんだろうが、一歩前に出る前に背負ってるものの重みを思い出して、さっさと逃げろ」


「はい」


 念には念を押して、ワーテイルやテレザさんたちとも、行きとも違う地下通路を目指して、無人の王都を四人で歩く。

 レナートさんとガーネットさんは、地下通路の入り口まで付き添った後で王都を出て、森にいた影を確かめた後で、戦争の結末を見届けるらしい。

 そして、俺とリーナは地下通路を抜けて一直線にジオの元へ向かうわけだけど、聖骸を無事に届けるという大事な役目を、文字通りこの背中に背負っている。

 最初の厳重に封印された状態のまま、所持していたロープで俺の背中に括りつけた聖骸。もしもこれをを失うことがあれば、これまでの苦労が全て水の泡だ。絶対に無理はできない。


「まあ、言うほど心配はしてないさ。ちと遠回りにはなるが、帰りの地下通路は戦場から最も遠い位置にある。あそこを使う奴がいるとしたら、他の地下通路を知らないか、よほどの臆病者だろうよ」


 もちろん、このまま事態に背を向けていいのか、っていう葛藤はある。

 さっき、魔力の眼で見た、森を移動する嫌な気配。あれを放置していいのかと、ずっと心の中から囁き続けているもう一人の俺がいる。

 何しろ、みんなの前で引き返すと言った次の瞬間には後悔し始めていたんだから、今は惰性で足を動かしているに過ぎない。


 そんな薄弱な意志がいけなかったんだろう。

 アクシデントは正面からやってきた。


「あたっ、レナートさん?」


 ぼーっとしていたつもりはない。

 ただ、すぐ後ろを歩く俺に一言もなしに、歴戦のグランドマスターが曲がり角の手前で急停止するとは思ってなかったからだ。


「どうしたの――」


 俺達が止まったことを訝しんだリーナの口を、ガーネットさんが静かに塞いで首を振った。

 黙っていろということらしい。


「テイル」


 声は出さず、唇の動きだけで俺に言ってきたレナートさんの指示に従って、曲がり角からそっと顔右半分だけを出す。

 そこには、俺とリーナが使う予定の地下通路がある倉庫から複数の影が出てくるのが、瘴気越しに見えた。


「レナートさん、あれは……」


 絶対に人影には聞こえない大きさで声を出す。

 この時、レナートさんの表情が強ばっていることに、ようやく俺は気づいた。


「お前ら、急で悪いが人手が必要になった。あいつらを尾行するぞ」


 ――リッチの集団だ。


 レナートさんの言葉と俺の記憶が正しければ、リッチはものすごく貴重な存在で、今の王都には彼らしか存在しないはずだ。

 つまり、あれがリッチだとすると、そのリーダーの正体は一人しか思い浮かばない。


 ルイヴラルド。

 不死神軍を率いているはずの元第二王子が、街一区画分の距離しかない俺の前を横切ろうとしていた。

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