第293話 いと高き眼 ガルドラ公爵軍


 高き眼が見下ろす、不死神軍に後れを取っているガルドラ公爵軍。

 その派閥の貴族の特徴の一つとして、貧富の差の激しさが挙げられる。


 軍拡を旨とし、魔物の領域から領地を切り取ってきた歴史を持つガルドラ公爵家。

 その恩恵はガルドラ派貴族のみならず、アドナイ王国全体が享受してきた果実であると同時に、時に治世や経済に歪みをもたらし、間違いを正そうとする者達を力づくでねじ伏せてきた。


 もちろん、首謀者は家名断絶の上処刑、と相場が決まっているのだが、一族郎党まで皆殺しになる例はそう多くはない。

 そんな、家族や家臣がどうなるかと言うと、平民以下の身分に落とされ、屈辱の余生を送ることになる。

 これが、ガルドラ派の領地で奴隷の比率が特に多い理由となっている。






「おおっ、ガルオネ伯、ガルダス伯!!戻られたか!!」


「して、首尾は!?」


「ジオグラルド公王はなんと!?」


 ガルドラ公爵軍、本陣。


 門閥貴族の見本市と言えるほどに、きらびやかな鎧を纏った大小の貴族が一堂に会している光景も、そうはない。

 だが、時を経るごとに悪化していく戦況に顔が青くない者は一人もおらず、アドナイ貴族の矜持がかろうじてこの場に踏みとどまらせているに過ぎない。

 その証拠に、二大派閥の領袖二人が帰還するや否や、本陣の護衛騎士にはばかることもなく、矢継ぎ早に質問を飛ばして腰を落ち着ける間も与えなかった。

 その喧騒をなんとか宥めて、席につかせて、ガルダス伯爵に目顔で進行役を買って出たガルオネ伯爵が切り出した。


「まずは、留守中の諸兄らの采配に感謝する。遠目にだが、やや押し込まれてはいるものの、防衛線を維持できていることを、帰還前に確認している。よくぞ持ちこたえてくれた」


「お褒めにあずかり光栄、と言いたいところだが、事態は芳しくない。すでに当初の戦略から大幅な修正を強いられている」


「卿らが帰還する前に、不死神軍の主力が攻めて来てな。虎の子の魔導士部隊を投入せざるを得なかった。すでに第一部隊は魔力枯渇、現在は第二部隊が援護で負傷者の回収を進めているところだ」


「気にするな。我が軍の劣勢は開戦前から分かっていたこと。何事も命あっての物種だ、守りに専念して立て直しを図った卿らを私は支持する。だが……」


「確認のために聞いておくが、奴隷兵の状況はどうなっているのだ?」


 本陣ならばとっくに把握しているはずのガルオネ伯爵の問いかけに、答える者は誰もいない。

 だが、天幕に流れる重い沈黙が、奴隷兵の壊滅を知らせる何よりの証拠になってしまった。


「当主代行であらせられるレオン様の厳命とはいえ、本当にこれでよかったのか?」


「我らが不死神軍と正面から当たり、精鋭部隊を率いたレオン様が隙を見て皇帝を僭称するルイヴラルドを討つ、という策は理解できる。できるが、これほどの犠牲、借り受けた者達に顔向けができぬ……」


 勘違いされていることが多いが、奴隷とは何をしてもいい存在ではない。

 容姿や能力に応じて相応の金額で取引される以上、しかるべき処遇を保障するべき資産であり、特にガルドラ公爵派の貴族にとっては欠かせない人材であることは間違いない。

 決して、雑兵以下の扱いで無駄に散らしていい命ではないのだ。


「此度の王都奪還に際して、我ら貴族だけではなく、商人や豪農からも多くの奴隷を借り受けた。下働きから執務の補佐に至るまで、奴隷の働きが我らの暮らしを支えているところは大きい。その多くを失った今、はっきり言おう、我らガルドラ派の衰退はもはや避けられぬ」


 誰とはなしに始まった、長い長い溜息の数々。

 仮とは言え、公爵家当主に逆らうことは死を意味する。

 それでも、レオンに面と向かって異を唱えられるのは、彼ら貴族だけだ。

 それが、派閥の維持と楽観的観測から見て見ぬふりをした結果、取り返しのつかない犠牲を出してしまったことに、罪を覚えぬ者はいなかった。


 しかし、いつまでも絶望に浸っている余裕も自由も、彼らにはない。


「皆、聞いてくれ。先ほど、ジオグラルド公王陛下に我ら二人で極秘裏に面会し、同盟の内諾を得た」


 待ちに待っていた吉報にざわつく貴族たちだが、ガルダス伯爵が手を上げることで静まる。


「条件は、事前に先方から提示があった通り、今後一切の敵対行為の禁止と、当主代行レオン様の追放だ」


「改めて言うまでもないが、これは我らにとって破格の好条件だ。ゴブリンキングの侵攻を始めとした数々の遺恨を水に流し、ただ人族存続のために汗を流してもらえればそれでいい、との公王陛下直々のお言葉だが、未だ半信半疑の者もいるであろう」


 気まずげに目を逸らす者、不信感を隠さない者、困惑の表情の者。

 誰もが、ジオグラルドとマクシミリアン公爵に複雑な思いを抱く中、ガルオネ伯爵の言葉は続く。


「だが、これを聞けば卿らも納得するであろう。――先日、ガルドラ公爵家の正当な血を受け継ぐ男子が、ジオグラッド公国によって保護された」


「なんと!?」 「馬鹿な!!」 「そんな話聞いたこともないぞ!!」


「静まれ!!……その御子、リュークス様が嫡子レオクス様の実子であることは、私の父が生前、直接確認している。当時は話だけで終わったため私も騒ぎ立てなかったが、此度、公王陛下は私達に確かな証拠を提示なされた」


「無論、それだけでリュークス様を正当な跡継ぎと認めるわけではない。だが、改めて次期ガルドラ公爵家当主を選び直す必要を我らが認めれば、これ以上のレオン様による暴走を止める千載一遇の好機となる」


「ガルオネ伯の言い分はもっともだ。だが、それでは、ジオグラッド公国に我らが主を人質にされているだけに過ぎないのではないか?公国が、レオン様と同じように我らを使い捨てにしないという保証がどこにある」


 反論したのは、不信感を見せていた老年の貴族。

 その眼には、簡単に政敵を信じるなという矜持と、出来ることなら藁にも縋りたいという本音がないまぜになっていた。


「その点についても、公王陛下は案を出された」


「どういうことだ?」


「実際に目で見た方が早かろう。少し、外に出ようか」






 厳重な護衛を引き連れて、ガルドラ派貴族たちが向かったのは、陣地のさらに後方、前線から安全な距離を取った辺りだった。

 有体に言えば何もない草原――のはずが、貴族たちは揃って自分の目を疑った。


「砦、砦があるぞ……?」


「あ、あり得ん。さっきまで何もなかったはずだぞ。私は夢でも見ているのか?」


「あれこそが、ジオグラッド公国にが擁する衛士兵団の力だ。ただの平民でもなれるという衛士を動員し、土魔法の一斉行使であっという間に即席の砦を造り出せる。我らでも魔導士を使えばできぬことはないが、限りある魔力をそのような雑事をとてもさせられぬ」


「そして、公王陛下は我らの軍にも砦を提供すると言ってくだされた。砦をうまく使えば、通常のアンデッド程度なら少数で食い止めることも可能だ。これで、しばらくは持ちこたえることができるであろう」


 ガルオネ伯爵の説明に、さっきとは打って変わって目を希望に輝かせ始めた貴族達。

 その中に、反意を持つ者が一人もいないことを確認した二人の重鎮が頷き合う。

 ようやく、闇に閉ざされていた先の展望がうっすらと見え始めたと誰もが確信した――


 その時、王都の方角に無数の白い光が降り注ぎ、大地を埋め尽くした。


「何事だ!?物見、どうなっている!!」


「わ、わかりません。ただ、白い光の中で、我が兵とアンデッドが同時に吹き飛んだとしか……」


「敵味方もろとも、だと……?」


「そ、それと……」


「構わん、なんでも申せ!」


「吹き飛んだアンデッドが、途中で消滅したように見えまして……」


 本来、予断を持った報告を、指揮官が鵜呑みにするわけにはいかない。

 だが、ガルオネ伯爵の中で、貴族として刻み込まれた冷静な頭脳を、命ある者の危機感が上回った。


「全軍撤退!!あれは、噂に聞く神聖帝国の聖術一斉攻撃だ!生者死者問わず、留まれば骨も残らん!前線の全ての兵に、槍も鎧も捨てて全力で逃げろと伝えろ!!」

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