第270話 馬車の中の密談


 王都奪還。

 口で言うのは簡単だけど、そこまでの道のりは複雑を極める。


「お前ら、まさか王都に行ってアンデッドと戦って勝ったらそれでおしまいめでたしめでたし、なんて思ってるんじゃないだろうな?」


「いや、思っていませんけど……ていうかリーナ、なんでいるんだ?」


「なによ、いたら悪いみたいに言うじゃない」


「だって、俺達に追いつくなんて、それこそ最速で気づいて追ってこない限り……」


「だから、最速で気づいて追ってきたに決まっているでしょう。もしかして、私の想いがテイルの動きに気づけない程度だと、まだ思っているの?」


「あ、いえ、愛されている自覚はあります」


「お前ら、俺へのラブラブアピールはその辺でやめてくれんか?正直、独り身にはきつい」


 ん?なぜかレナートさんがげんなりしている。

 馬車に揺られている内に気分が悪くなったんだろうか?






 俺達は今、レナートさんが用意してくれた士官用の馬車に乗って、王都奪還のために興されたジオグラッド公国軍の第一陣、二千のど真ん中にいる。

 さすがに貴族並みとは行かないけど、鎧の金属音や衛士同士の雑談といった外の音が聞こえないから、話をするには十分な造りだ。


「まったく、公王陛下もお人が悪いぜ。いつもは人畜無害ってアピールがすげえのに、いざ用があるとこっちの都合なんざお構いなしだ」


「何か用でもあったんですか?」


「野暮用だよ、野暮用。きわめて個人的で最優先で処理すべき、特大の難題がな」


「はあ」


「まあ、捜索個所が第一候補から第二候補に切り替わっただけだ。お前は気にすんな」


「あ、わかった。テレ――」


「バカ!!言うな言うな!!」


「なんのことだ?リーナは分かったのか?」


「テイルも聞くな!そもそも、俺のことを心配してる場合じゃないだろ。話を戻すぞ」


 訳知り顔のリーナに、急に慌てだしたレナートさん。

 どうやら俺だけが仲間外れにされているらしいのでちょっと納得いかないけど、余計なお喋りだったのも事実だ。


「王都奪還って言葉にするのは簡単だが、そもそも叛逆の王子ルイヴラルド率いる不死神軍と戦う以前に大きな問題がある。テイル、直接手を下したお前ならすぐにわかるだろ」


「ああ、橋ですね」


 王都陥落直後、命がけの戦いの末に何とか脱出できたのは良かったけど、それで終わったわけじゃない。

 ジュートノルへと撤退するときに一番厄介だったのが、疲れも恐れも知らないアンデッドの追撃だった。

 そこで、その昔ドワーフが架けたという橋をジオから頼まれた俺が破壊して、難を逃れたことがあった。

 実際の効果を知る方法はないけど、その後安心してジュートノルで暮らせたのは、橋の破壊のおかげといっても過言じゃない。


「ところがだ、奪還の体制を整えていざ王都へとなれば、今度はその破壊した橋がネックになってくる。他の道は狭かったり遠回りだったりで効率が悪いから、どうしても本来の進路を確保する必要がある。そこで、この第一陣だ」


「つまり、橋の架け直しを始めとして、後続の軍がスムーズに王都に行く道を整えるのが、第一陣の役目ってことね」


「橋の向こう側の街道もひどいことになってるだろうからな。運良く魔物と遭遇しなくても、本軍に先行して障害物を片付けるだけで十分に意義があるってわけだ」


 元冒険者ギルドのグランドマスターともなれば色々と知る機会もあるんだろう。

 暇つぶしも兼ねてか、レナートさんがそんな話をしてくれた。

 だとすると、俺個人の問題として気になってくることがある。


「だったら、橋を壊した俺が直すべきですよね?でも、そんな話は聞いてないですけど」


「馬鹿野郎、どこの軍にハナから切り札を切る愚将がいるってんだ。それもこれも、全部第一陣の仕事だよ」


「橋の架け替えなんて一大事業じゃない。それを、王都奪還のついでにやるっていうの?」


「そういうことだよ、リーナ嬢。さてと、無駄話はここまでだ、そろそろ本題に入るか」


 中にいてもわかるほど、馬車はゆっくりと進んでいる。


 ジオよりも先に王都に向かう気になった一番の理由は、もちろんあの夢だ。

 これまで、神らしく超然としていたソレがいつになく余裕のない声色をしていたのが、おぼろげな記憶の中で唯一はっきりと残っている。

 その焦燥感は俺に乗り移って、馬車から飛び出したい気持ちを抑えるので必死だ。

 だけど、レナートさんはそんな俺の内心を否定してきた。


「破壊された橋に荒れた街道。道中はいつ魔物に遭遇するとも知れず、目指す王都はアンデッドの巣窟。お前、これで無事に帰ってくる自信があるのか?」


「それは……」


「私がついているんだから、自信がないわけないじゃない」


「リーナ嬢の実力が上級冒険者並みだってのは認めるさ。だが、見つかる当てのない物を探索するんだ、ただアンデッドの大軍を切り抜ければいいってもんじゃないぞ」


 正論で畳みかけてくるレナートさんに、リーナも反論できなくなる。

 これがジオ相手だったら勢いで押し切ることもできるんだろうけど、レナートさんの場合は冒険者としての実績と経験から来ていて、文字通り言葉の重みが違う。

 さらに、


「先に言っておくが、俺を出し抜いて二人だけで王都に行こうなんて思うなよ?」


「べ、別に、思ってなんていないわよ?」


 俺と二人で行こうと思っているらしいリーナが、お見通しとばかりのレナートさんからそっと視線を外す。


「もし逃げたら、俺の名にかけて世界の果てまで追いかけて最低契約金で一生こき使ってやるからな。覚悟しておけ」


「わ、わかったわ……」


「わかったならいい。まあ、実際にお前らだけで王都に向かっても、ほぼ間違いなく公国軍の方が先に着くだろうからな、無駄なことはやめておけ」


「そんなに災厄が広がっているんですか?」


驚く俺に、レナートさんははっきりと頷いた。


「偵察を依頼した冒険者の報告によると、アドナイ王国内に留まっている魔物の群れだけでも約二十。少なくとも、監察官って肩書の俺のところにはそういう情報が集まってきてるな」


「じゃあ、王都までの進路にも……」


「そういう群れを避けて遠回りを繰り返せば、着実に近づこうとする公国軍に負けるのは道理だわな。急がば回れってことわざはな、大事な時はむしろじっと耐えるべきだ、って俺は解釈してるんだよ。やるなら一気に、必ず殺すつもりで」


 事も無げに言うレナートさんだけど、妙な迫力というか実感がこもっていて、俺はもちろんリーナにも有無を言わせない。

 そんな重い空気に気づいたのか、レナートさんはポリポリと頭をかきながら話を続けた。


「とにかくだ、公国軍の第一陣に街道を通りやすくさせ、第二陣に道中の魔物を排除させ、頃合いを見てアンデッドの眼を掻い潜りながら王都に侵入する。その道案内役が俺ってわけだ」


「そこまで手伝ってくれるんですか?」


「他ならない公王陛下の頼みだからな。公国の民じゃない俺に貸しを作ってまで、っていう点も気になったしな」


「貸し?それより、レナート殿は公国民じゃないの?」


「そう言えたら楽なんだがな。あいにく、俺のことをまだ冒険者ギルド総本部の頭だって思い込んでるお貴族様が多くてな、うかつに旗幟を鮮明にするわけにいかないんだ」


「旗幟?」


「公国の民だって宣言できないってことよ。でも、そう、そういう事情があったのね。だからお兄様の誘いも……」


 どうやら、リーナはレナートさんが表立って公国に関わってこないことに違和感を覚えていたらしい。

 そんな疑問が一つ解消したところで、


「じゃあ、タイミングを見てこの第一陣から抜けて、俺、リーナ、レナートさんの三人で王都に潜入するんですね」


「いや、違うぞ」


「え?だ、だって――」


「確かに、王都の街並みなら裏も表もほとんど俺の頭に入ってるが、おそらくそれだけじゃお前の目的を達成できない。だから、助っ人を一人、とある組織に要請した」


 その時、ゆっくり移動する馬車のドアがノックされて、顔をのぞかせた衛士の一人がレナートさんと短い内緒話をして戻って行った。

 そして、開いたままのドアから入ってくるシルエットがあった。


「着いたようだな。紹介する、彼女が王都の闇の案内人だ」


「初めまして、お二方。レナート殿の要請により、この極秘任務のお手伝いをさせていただきます」


 ドアが閉められて浮かんだのは、いかにも仕事ができる感じのピリッとした雰囲気の、法衣を纏った若い女性の姿だった。

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