第269話 大天蓋造成式
「諸君ら衛士隊の働きによって、ついにこの日を迎えることになった!」
晴れ渡った要塞都市の空に、魔法で増幅されたジオグラッド公国公王の声――ジオの声が響き渡る。
ついに迎えた、大天蓋造成式。
同時に、王都奪還軍の第一陣が出発する日でもある。
そのため、衛士隊や公国騎士団、冒険者といった王都奪還に参加する面々はもちろん、ジオグラッド建設に関わっているジョブの加護を持たない平民や、貴族や大商人といった招待客までいる。
その人数は公国建国式に勝るとも劣らない。
一つだけ決定的に違うのは、式典会場になっているジオグラッド正門前を支配している、一大決戦を目前にした戦場の空気だ。
「アンデッドによって侵された王都の奪還は、我がジオグラッド公国のみならず全てのアドナイの民の悲願であり義務だ。だが、そのために多くの血が流れればこの先の災厄に対抗する力を失うばかりか、公国の護りすら危うくなる」
実際に戦いに参加しないから仕方がないんだろうけど、特設の舞台に立つジオの演説を聞きながら隣の人と談笑したりしている招待客の一部は、建国祭の続きだと思っているのか、浮かれた気分を感じさせる。
実際、俺を見つけて招待客に混じって小さく手を振ってくるリーナからしてそうなんだから、間違いない。
一方で、戦歴の差からか、これから一緒にアンデッドと戦おうという衛士と騎士の空気感がちょっとずれている気がする。
「だが、死を恐れないアンデッドとの戦いに不安や恐怖を覚える者も少なくないだろう。特に、これが初陣となる衛士隊の中に小さくない異論があることも、僕の耳に届いている」
ジオの言葉を聞いて、会場がざわつき始める。
招待客はもちろんのこと、規律を守るべき公国軍からも動揺の色が見える。
特に、衛士隊は列が乱れ始めて、部隊長の叱責も効果が出ていない。
「当然だ、衛士隊の多くは戦の基本も知らない平民ばかり。中には辺境へ赴いて魔物の討伐に関わった者もいるだろうが、所詮は冒険者の真似事にすぎず、本物の戦争への生命の危機を覚え、公国への疑念を持つ衛士がいたとしてもおかしくはない」
まるで、自己否定しているようなジオの演説に、会場の雑音がますます大きくなっていく。
それを止めようとしたのか、厳しい顔つきの護衛騎士が前に出ようとしたところを、当のジオが手で制した。
騒めくままにさせていたことが却ってよかったらしく、やがてそれぞれが時と場所を思い出して、会場に静寂が戻ってきた。
それを見計らったかのように、
「戦争とは生き物である、との言葉を残した初代アドナイ王の知嚢、ヘスエル将軍を知る者もいるだろう。かの名将が言ったように、戦争とは刻々と変化するものであり、その過程や結末を的確に言い当てられる者など、少なくとも人族には存在しない。ましてや、王都を侵したアンデッドの軍勢から奪還するためにアドナイ王国の総力を結集する大戦など、過去に例がない。それでも、あえて言おう、我らジオグラッド公国に敗北の二文字はないと!!」
ジオの言葉によって、会場の空気が震える。
それは決して比喩なんかじゃなく、覇気と自信に満ちた公王の声が聴く者全ての心に響き、強烈な衝動を喚起している。
――普段のジオを知っている俺ですら、意味もなく叫びそうになっているんだから間違いない。
「とはいえ、いと高きノービス神から賜った加護が果たしてアンデッドに通じるのか、疑いを拭いきれない者がいるのもまた人の性だろう。だからこそ、僕はこの王都奪還軍出陣式に際して、諸君ら衛士隊に一つの試練を課した!さあ、見せてくれ!ジオグラッド守護の象徴たる大天蓋の完成を!」
「衛士隊、第一大隊から第四大隊まで、作戦開始!!」
ジオの号令を皮切りに、指揮官の怒号のような命令が衛士隊を動かし始める。
加護によって身体強化された衛士の駆け足は予想外の早さでジオグラッドの四方に散っていき、やがてその成果が誰の眼にもはっきりとわかるようになった。
地下要塞ジオグラッド建設の際に出た、四つの残土の山が動き出したのだ。
「み、見ろ、山が動いてるぞ!」
「こっちに……近づいてくる!?」
衛士隊の力を知らないのか一部の招待客が騒ぎ出しているけど、ほとんどは席に着いたままで、こっちに迫ってきている土山を物珍しそうに眺めているだけだ。
ひょっとしたら、彼らも幾ばくかの不安があるのかもしれないけど、式典の主役であるジオが余裕の表情で留まっている以上、下手に声を上げるわけにもいかないんだろう。
当然、そんな心配は杞憂で、初級土魔法で直進してきた土山はきれいに招待客の脇をすり抜け、他の三つとほぼ同時にジオグラッド外周部に取り付いた。
「城壁形成!!」
指揮官の声と同時に、四方の土山がぐにゃりと形を変えて要塞都市を覆い始める。
ここまでは順調に進んでいた。
ここまでは。
「うむ、少し動きが鈍くないか?」
「これでいざという時に間に合うのか?」
招待客の中からの不安の声が、強化された俺の耳にも届く。
指揮官もまずいと思ったのか、慌てて加勢して城壁に魔力を注ぎ始めるけど、たった一人分じゃあまり加速しているように見えない。
大天蓋造成の成功が危ぶまれる光景に、招待客だけじゃなく待機中の騎士団も動揺し始める。
当然だ、この式典は王都奪還軍を激励するとともに、留守中のジオグラッドの守備は万全だとアピールするための場だ。
つまり、大天蓋は完成することが前提で式典は進行していて、ここで失敗すれば王都奪還軍の士気に大きく支障が出る。
衛士隊、騎士団、招待客。
動機はやや違えど誰もが成功を願う中、悪いけど。
これもジオの企み通りの展開なんだ。
「諸君!!」
高らかに叫ぶジオの声に、誰もが注目する。
まるで、追い詰められた人族の未来に救いを求めるように。
「見ての通り、我らジオグラッド公国は力が及ばない点が多々ある、未熟な国だ。災厄を乗り切るのも一筋縄ではいかないだろう。だからこそ、僕は切り札たる英雄を求め、それは叶えられた!」
そして、ジオがいる舞台の袖に控えていた俺は、壇上に上がって衆目に姿を晒した。
――ただし、正体は隠したままで。
「黒い、鎧?見かけぬ意匠だな」
「はて、どこかで見たような?」
今の俺は、ジオが用意したフルプレートの鎧で身を包んでいる。
黒一色のこれは、いつもの黒の装備とは違って格段に動きづらいけど、顔をすっぽり覆う兜をかぶれば、誰も正体を見破れないだろう。
そして、これからやることには動きづらさは関係ない。
「見よ、ノービスの英雄の力を!」
ジオの合図に合わせて、両手をかざしながら初級土魔法を城壁に向けて放つ。
クレイワークは土を操る魔法。
地面を柔らかくしたり動かすのは得意だけど、一方で不自然な形にしようとすれば段違いの魔力が必要になる。
もちろん、慣れてくればそれなりに効率が良くなるけど、今の衛士隊じゃまだ実力不足だ。
だから、少しだけ手を貸す。
「おおっ!」
「ジオグラッドが覆われていくぞ!」
招待客からも、騎士団からも、大天蓋が完成に向かうにつれて歓声が広がっていく。
その光景に、横にいるジオが爽やかな笑顔を向けているけど、断言する、肚では絶対に邪悪な笑みを浮かべている。
「お疲れ様、テイル。ここから先は僕の仕事だ。さあ、人に囲まれないうちに」
「ああ、後でな」
「うん、後で」
完成直前になって、俺の負担が減っていく。
俺の魔力の流れを覚えて、コツを掴んだ衛士隊の効率が上がったからだ。
これなら大丈夫と一足先に判断して寄ってきたジオの耳打ちで、そっと壇上から降りる。
近くに用意されていた天幕に入って素早くフルプレートを脱いだ後、入り口とは別の布を捲って外に出た。
誰かに見られる可能性もわずかにあったから、五感は強化したままだった。
それでも、俺の耳と肌の感覚をすり抜けられるとすれば、このジオグラッドには一人しかいない。
「よう、俺に話があるんだって?」
「はい、実は……」
「ああ、詳細は今は無しだ。ほれ、さっさと行くぞ」
「行くって、どこに?」
「式典終了直後に出発する王都奪還軍第一陣、その輜重隊が管理する士官用馬車の一つだよ」
その人――レナートさんはそう言って俺の前を歩きだした。
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