第264話 ジオグラッドの護り


 単調な日々は退屈だって聞くけど、俺の場合はそうでもない。

 地表の仮宿舎で寝起きして、下層までの長い道を歩いて炊事場に通い、この区画の衛士隊のために三食分の食事を作る。ただそれだけの生活だ。

 それでも、日を追うごとにできていく建物だったり、空に向かって伸びていく塔だったり、労働に汗しながら俺の料理を食べにくる衛士の人達だったり。

 活気のあるジオグラッドを見ているだけで、なんだかこっちも元気をもらえている気がする。


 ――とでも思わないと、要塞都市ジオグラッドの大天蓋を土魔法で造り上げるなんて大それたことを俺がやるなんて、とても現実を受け入れられる気がしないだけなんだけど。






 話はジオグラッド公国最高評議会が終わった直後にさかのぼる。


 あまりの展開についていけずに呆然としている間に、軍議を終えた貴族の人達が次々と去って行き、残ったのは一番上座に座るマクシミリアン公爵と、その背後にいつの間にかに移動したリーゼルさん、そしてはっと我に返った俺だった。


「俺はここで話を聞いているだけだったはずなのに、約束が違うじゃないですかリーゼルさん!」


「そうお前に言うように命じたのは私だ。勘違いするな、テイル」


 ちょっとばつの悪そうなリーゼルさんに代わって答えたのは、マクシミリアン公爵。

 その表情はいつもの通り、なんの後ろめたさも感じさせないものだった。


「では、大天蓋の造成式は任せたぞ、テイル」


「……え?いやいや、まだ何も聞いていないんですけど?」


「冗談だ。……ここは笑うところなのだがな」


 ……ば、馬鹿な。あのリーナのお兄さんが、冗談、だと?


「テイル殿、貴族ジョーク、貴族ジョークですよ!この貴族だけが持ちうる一流のセンスは、さすがにテイル殿には理解しがたいものがあったようですね!」


「うむ、そうか」


「な、なるほど、それじゃ俺が分かるわけがないですよね!」


「そうですとも!」


 そうか、貴族ジョークか!

 お兄さんからとんでもない無茶振りをされてきた直後に冗談だと言われて、正直心の中にうすら寒い風が吹き荒れたけど、平民とは笑いのツボが全然違うっていうなら話は別だ。

 よかった、この部屋にセンスが壊滅的なクソダサオジサンはいなかったんだ。


「空気も温まったところで本題に入ろうか」


 俺達のやり取りに怪訝そうな顔をしながらそう切り出したマクシミリアン公爵の意を受けて、リーゼルさんが言った。


「すでに噂程度にはお聞き及びかもしれませんが、公都ジオグラッド守護の要であると同時に人族守護の意志をアドナイ王国の内外に示す象徴として、王都奪還軍の出発式においてジオグラッドの大天蓋造成を執り行うことが最高評議会で決定しております」


「王都奪還軍はもちろんのこと、ジュートノルからも主だった者達を集めて行う、ジオグラッド公国の力を示す一大行事だ。当然、見物人の中には各勢力や諸国の密偵が紛れることが確実。つまり、世界に向けてノービスの加護の偉大さを喧伝することになる」


「つ、つまり……」


「公国の威信をかけた、絶対に失敗が許されない儀式ということになるな」


 二人の貴族の手前できないけど、許されるならこの場で顔を覆ってうずくまって虫になってしまいたい……

 そんな、どん底の気分を味わっている俺に救いの声が降り注いだ。


「テイル殿、不安に思う必要はありません。大天蓋の造成は公国の最優先事項ですから、しっかりとした準備と訓練を重ねた上で執り行われます」


「そうなんですか……?」


「当たり前だ。国の一大事を平民一人に丸投げする貴族がどこにいるというのだ?まあ、本音を言えばテイルの独力でも可能だと思っているが」


「可能じゃないです!手伝ってください!」


「よし、ならば決まりだな。テイルに強制することはまかりならぬとの公王陛下からの厳命だったが、これならば問題はないな、リーゼル卿」


「はい、間違いなく。では、テイル殿の了解を得られたということで、さっそく衛士隊に招集をかけましょう」


 ……あれ?






 こうして、実に巧妙な罠に嵌まってしまった俺は、衛士隊に協力する形で大天蓋造成の訓練をすることになった。

 ……大事なことだからもう一度言うけど、俺は手伝う側であって主役じゃない。

 その場の勢いで余計なことを口走ってしまった気もするけど、そこだけはリーゼルさんに納得してもらった。

 というわけで、そうと決まればこれ以上ごねるわけにもいかない。


 当然、大天蓋の素材はノービスの初級魔法で固めた土なわけだけど、そのためには膨大な量が必要になる。

 その点はちゃんと考えられていたようで、ジオグラッド建設初期に大地をくりぬいてできた大量の土砂が、四つに分割して要塞都市の東西南北を守るように保管されている。

 風で細かい砂が飛ばないように土魔法で固められたそれを、造成式当日に衛士隊を総動員して一気に移動させ、その日のうちに大天蓋を完成させてしまおうという計画だ。


「問題は、それほどの規模の工事を行うにあたって、果たして衛士隊全員の魔力で事足りるのか、という意見が複数の公国貴族お抱えの魔導士から出まして。テイル殿にはいざという時の穴埋めをお願いしたい、というのが我らの頼みだったわけです」


「確かに、あれを見ていたら魔力不足を心配する気になってきますね」


 そう話し合うリーゼルさんと俺の見る先には、大天蓋の造成に向けて数十人の衛士隊が訓練する光景が広がっていた。

 ただし、


「なんていうか……道のりはまだ遠い、って感じですね」


「私も騎士の加護を得ている身ですから多少の魔法の心得はあるのですが、初級魔法を教えるとなると勝手がわからず困っているのです」


 場所は、ジオグラッドの北部に積まれた土砂の山の前。

 そこで、数十人の衛士が一列に並んで、両手を掲げながら暑苦しいほどに唸っていた。

 だけど、成果は芳しくなさそうだ。


「当日は、この土山の風化防止用の硬化を解除してジオグラッドまで移動、強固な城壁を成形した後で大天蓋造成に移る、という段取りなのですが……」


「土山、動く気配がないですね。そもそも、ジオグラッドからここまでどうやって運んで来たんですか?」


「簡単な話です。初級魔法での移動が困難だと判明したので上に報告した結果、マクシミリアン公爵の命で人力に変更したのです。幸いなことに、ノービスは単純労働にも高い適性がありましたので」


「すごいですね。普通は盲点だと思うんですけど」


 マクシミリアン公爵の判断の早さには素直に驚くしかない。

 冒険者学校にいたころ、建物の建設にジョブの加護を受けた冒険者が関わることがあると聞いた覚えがある。

 重い石材を戦士に運ばせたり、魔導士に地質調査をさせたり、治癒術士に事故の怪我人を癒させたり。

 一方で、戦士に魔法を使わせようとしたり、魔導士に重労働を強いようとはだれも考えない。

 当然だ、ジョブには適性があるんだから。


 その冒険者の主な依頼主の一つが貴族だ。

 もちろん、冒険者ギルドの助言はあるだろうけど、冒険者の特性や使い道を熟知して、効率のいい道具として依頼する。

 マクシミリアン公爵は自分の騎士団をよく使う印象だけど、それでも貴族として冒険者の扱いやジョブの加護について熟知しているはずだ。

 だからこそ、冒険者の常識にとらわれず、即座に使い方を変えられるほどノービスを理解しているマクシミリアン公爵はすごい人なんだと、改めて思う。


 それなら、俺は俺の役割を全うしないとな。


「テイル殿、どこへ?」


「ちょっと、あの人達に手ほどきを。どうも、俺にも教えられることがあるみたいなので」


 そうリーゼルさんに言い残して、土山へと歩き出す。


 初級土魔法『クレイワーク』は、魔力操作が物を言う。

 多すぎても少なすぎてもいけないし、流れが早すぎれば暴発するし遅すぎたら動かない。

 見るべきは動かす土の量次第、あとは個々の感覚で試行錯誤していくしかない。

 ただ、最初のきっかけをつかむための後押しなら、俺にもできる。


「う、動いたぞ!!」


「すげえ!?」


「つうか……俺達じゃなくね?」


「おい、あいつって……」


 一人、二人と、俺に気づく衛士が出てくる中、土山の中でてんでばらばらに渦巻く魔力を一気にねじ伏せ、掌握していく。

 そこに、さらに俺の魔力を流し込んで混ぜて、土山を輪っかの形に伸ばした後、ジオグラッドの城壁を模していく。

 本当は、衛士の魔力を土山から押し出してからの方が操作しやすいんだけど、あえて魔力を混ぜ合わせることで全員にコツをつかんでもらうのが目的だ。

 そして、その効果はあったみたいだ。


「……俺、初めて神様ってのを信じる気になったよ」


「奇遇だな、俺もだ」


「なんもしてないのに、土を動かしてる気分だ」


「そうか、こんな感じだったのか……」


 そんな衛士達の声が、俺の強化された聴覚に届く。

 改めて、エンシェントノービスの加護を手に入れる前と今との差を実感しながら、今度は城壁の硬化を始めた。


 大天蓋造成式までもう少し。

 息つく間もない日々がやってきそうだ。

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