第263話 場違いな軍議


 ジオグラッドに来て、半月が経った。

 あいかわらず、スープの鍋の火加減とにらめっこする日々だけど、窓から見えるジオグラッドに少しずつ建物が増え、街が出来上がっていく様子はちょっとワクワクする。

 本来なら生死を懸けた重労働にもかかわらず、ノービスの加護のおかげで和気あいあいと作業できている衛士隊の人達の笑顔のせいもあるかもしれない。

 その一方で、一つの疑問が出てきた。

 王都奪還のためには、ジオグラッドの防衛機能の獲得が条件だって話だけど、どこまで行ったらミッションクリアなんだ?

 その答えは、俺がジオグラッドの来た時には夜の帳の奥に隠れていた、新公都建設の掘削作業と引き換えに出てきた大量の土砂にあった。


「そりゃそうだろ。ノービスの初級魔法『クレイワーク』なら、あの土の山を固い城壁にするのだってわけはねえ。もちろん、下層の整備が済んだ後で衛士隊総出でかかるんだけどな」


「そうなのか」


「なんでも、ただ魔物の群れの侵入を防ぐだけじゃなく、とっておきの仕掛けもあるって話だけどな。それより、このスープに本当に肉が入ってんのか?さっきから探してるけどよ、一個も見つからんぜ?」


「そりゃあもちろん、お前が最初の一口目で食べてしまったからだ。スープ一杯につき肉はひとかけらだ」


「少なっ!?たったそんだけで上は俺達を馬車馬のように働かせてんのかよ!ていうか、よく俺が肉食う瞬間を見てたな!」


「俺が作ったんだ、一口目に眼が行くのは当然だろう」


「そりゃあ、野菜をぶち込んだだけのお湯とか、塩辛いだけのスープよりはましだけどよ」


「なら文句ないな。そもそも、こんなことになっているのは、食料が腐るのを指をくわえて見ていただけのお前らにも責任があるんだぞ」


「わかってんよ!お前には感謝してるって!」


「別に礼を言ってくれとは言わないけどな、文句はやめてくれよ。よし、できたぞ」


「お、そんじゃ、今日も公王陛下からのお恵みをいただきますかね」


「おう、いただいてくれ」


 そんな俺の声を聞いているのかいないのか、なんだかんだで嬉しそうに鍋からスープを掬おうとしたミルズが俺をじっと見てきて、


「どうした?もう行っていいぞ」


「……なんの話だ?」


「なにって、今日到着したお偉方がお前を呼んでいるって話だよ。だから、仲間より一足先にここに来たんだ。……あれ、まだ言ってなかったか?」


「言ってねえよ!!」






 下層はいわゆる平民区画で、将来的にジュートノルの住人を収容するほか、余所からの避難民の受け入れも想定しているらしいけど、中央部は例外だ。

 今はまだ基礎部分しかないけど、やがて地表に大きく突き出るほどの巨大な塔を建てて、軍の施設が集中する上層とつなげる予定なんだそうだ。

 当然、塔の周辺は公国の仮施設がいくつか建っていて、騎士や役人がそれぞれの役目を果たしている。

 俺が呼び出された場所も、そのうちの一つだ。


 ミルズから場所だけを聞き出して火にかけたままのスープを任せて、急いで炊事場を出た俺は、息を切らせながら下層中央部に向かった。

 途中、平民丸出しの俺の服装をすれ違いざまに見た何人かの騎士や衛士が胡乱気な目で見てきたけど、特に呼び止められることはなかった。

 いくら建設中とはいえ俺が不審者だったらどうするつもりだ?とジオグラッドの警備体制に余計な心配をしながら、なんとかその建物にたどり着いた。


 急ごしらえで無機質な都市デザインになっているジオグラッドだけど、白一色のその建物は材質も装飾も明らかに高級感を漂わせていた。

 当然、そこにいる人たちの身分もお察しなわけで、できれば入るどころか近づきたくない気持ちでいっぱいだけど、遅刻しているかもしれない状況的にそんなことを言えるわけがない。

 事前に話が通っていたんだろう、正門を警備していた二人の騎士から顔パスで通された俺は、その足で奥の間に通された。

 その扉が開かれた瞬間、炊事場に逃げ帰りたくなった。


「遅いぞテイル。早くそこの席に座れ」


 目が合うなり声をかけてくれたのは、リーナのお兄さん。

 そろそろ、この人がマクシミリアン公爵という事実に慣れてきたころだけど、この日は話が別だった。

 なにしろ、長テーブルの一番上座に座るお兄さんを始めとして、実用的ながらきらびやかな衣装に身を包んで、左右に分かれて席に着いている貴族らしき人物が十数人、一斉に俺のことを見てきたからだ。


「テイル、何をしている。軍議が始められぬではないか」


「テイル殿、こちらへ」


「リーゼルさん」


 魔物とは違う、言い知れないプレッシャーの視線の数々に気圧されている俺の視界に、一人だけ見慣れた姿を見つけて隣の空いた席に思わず飛び込んだ。


「助かりました。声をかけてくれてありがとうございます」


「いえいえ。本来ならば、貴族子息の私が出られる場ではないのですがテイル殿の付き添いが要るであろうと、マクシミリアン公の特別の計らいで出席を許されたのです。疑問があれば何でもお聞きください」


「さっそくで悪いんですけど、つまり、この話し合いって――」


「はい。近々予定されている王都奪還軍の編成を主な議題とした、公国最高評議会です」


「マジですか……」


 薄々気づいていたけど気づきたくなかった事実に、思わず目の前が暗くなる。

 そんな俺をリーゼルさんが気遣ってくれた。


「心配ありません。テイル殿はあくまで名目上の衛士代表としてこの場にいていただければ十分ですし、発言の必要があれば代わりに私が答えますので」


「そ、それくらいなら、まあ」


 と俺が一安心している間にも、マクシミリアン公爵が会議を進めていた。


「次、ジオグラッド建設の進捗だが、エミル伯」


「は、基礎部分の造成と下層部の区割りはほぼ完了しました。現在、上層部設置のための柱の作成と防衛機能の確立が進行中です」


「うむ。衛士隊の練度はどうだ、シュミット卿」


「ジオグラッド建設の効果もあって、土魔法はある程度ものになってきたと報告がありました。その他に関しては、残念ながら訓練の予定があまりとれず、申し訳ございません」


「では、治癒術の訓練を優先させろ。残るはジュートノルの世論か。どうなっている」


「予想通り、商業ギルドを中心として、ジオグラッド移住に難色を示す意見が根強くあります。無論、災厄の脅威も幾度となく説いているのですが、交通の便の観点から離れるわけにはいかないとの主張でして」


「できうる限りの手は打つが、ジオグラッド移住以外に安全は保障できぬ。そう各所に改めて伝達を徹底しろ。街道など、そのうち衛士隊の力で通してやる、ともな」


「はっ」


「では、小休憩としよう。皆、仮公邸から出ることがないように」


 そこでいったん会話が途切れて、奥の間の緊張が緩んだ(俺以外は)。

 後ろに控えている従者と話し込んだり、冷めかけのお茶を飲んだり、離席したり。

 それぞれが思い思いの行動をとる中、俺の方に歩いてくる見覚えのない中年の貴族がいた。


「テイル殿ですな。お初にお目にかかる。どうやら愚息が世話をかけているようで」


「愚息……?」


 貴族にしてはずいぶんと気さくな人だな、と思いながらリーゼルさんを見ると、秘密をばらされて恥ずかしがるような、微妙な表情になっていた。

 いつもは察しの悪い俺だけど、今日だけはそれでピンときた。


「もしかして、キアベル子爵ですか?」


「はっはっは、確かに私はキアベル家の当主ですが、先だって公王陛下より伯爵位を授かりましたので、子爵と名乗るのは憚られますな」


「そ、それはすみません!どうか許してください!」


「いえいえ、先日、どうやら妻がテイル殿に少々無礼な物言いをしたとか。それで帳消しということでどうですかな?」


「父上、いくらなんでも、テイル殿にこの場で返答を迫るのは無理です。少しは身分の差というものをお考え下さい」


「うむ、そうか?おっと、そろそろ小休憩が終わるようだ。ではリーゼル、お前の方からもよく言っておいてくれ。お飾りの身でも、一応席にはついておかねばならぬからな」


 鷹揚に笑いながらそう言い残して、キアベル伯爵は席に戻って行った。

 その姿を目で追っていくうちに、一人の貴族と目があって、なぜか深く会釈された。

 意味が分からないけどとりあえず同じように返すと、横からリーゼルさんが、


「サツスキー子爵ですね」


「サツスキーって、まさか」


「安心してください。確かに、現当主は先代の血を受けた直系ですが、王都の貴族院時代から成績優秀で明晰な若者として知られていましたし、サツスキー家を継いでからの働きぶりは公王陛下への忠誠を疑う者が一人もいないほどです。それでも、親子の情からか先代の悪行の一部始終を密かに調べたようですが、私の名にかけてあの方がテイル殿とその周囲を害することはないと言い切れます」


 そう言われてみれば、サツスキー子爵の会釈に謝罪の意味も込められていたように思えなくもない。


 ……いや待て、信用するのはまだ早い。

 そういえば、この前ターシャさんに言い寄ってきたっていう貴族に背格好が似ている気がする。

 ターシャさんを含めて、誰も詳しく教えてくれなかったけど、まさか……


 そんな俺の思考を止めたのは、決して大きくはないけどよく通る、マクシミリアン公爵の声だった。


「では、最後に、要塞都市ジオグラッド建設の締めくくりであり、王都奪還軍の激励の儀式でもある、大天蓋の造成計画について、衛士を代表して出席している我が義理の弟テイルに説明してもらう」


 青天の霹靂とはよく言ったもので。

 予想もしない形で裏切られて(誰にだ?)、まさに雷が直撃したかのような衝撃を、この時の俺は受けていた。


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