第244話 ターシャの手紙
テイル君、お元気ですか?私は元気です。
なんて、なんか変だね。
テイル君に手紙を書く日が来るなんて思ってもみなかった。
私がお客様の相手をして、ダンさんが料理を作って、テイル君が私たちの手伝いをしてくれて。
そんな毎日が続くだけで良かったのに。
どうしてこうなっちゃったんだろうね?
振り返ってみれば、そんなささやかな願いでさえ昔は難しかったんだよね。
白のたてがみ亭の頃は、私はほとんど本館の接客にかかりっきりで、テイル君は何人分もの雑用を朝早くから夜遅くまでやらされてた。
ダンさんも、今よりもずっと無口で怖くて、私でも声をかけづらかったんだよ?
テイル君は知らなかっただろうけど、本館での私の仕事はあの頃のテイル君とは違った意味で、ものすごく大変だった。
だって、余所から来たただの町娘がちょっと物覚えと要領が良いっていうだけで、お貴族様や騎士様、大金持ちのお客様をおもてなしするための教育を受けさせられたのよ。
周りの接客係は、私よりもずっと家柄のいい子ばっかりで、手紙でも書けないような嫌がらせを数えきれないくらいに受けたし。
ゴードンの旦那様には、上得意のお客様を捕まえれば贈り物で良い思いができるし、さらに運が良ければ愛妾として囲ってもらえるとか耳にタコができるくらいに言われたけど、私はそんなの全然興味がなかった。
ただ、行き場のない私がこのジュートノルで生きていくには、必死になるしかないとしか思ってなかった。
そんな私が高価なドレスやアクセサリーを身に着けている同僚たちを差し置いて、街で指折りの美人なんて噂になってゴードンの旦那様から特別扱いされるなんて、こんなにおかしい話はないって思わない?
そんな頃かな、テイル君のことが気になり始めたのは。
あれは、私が何かのお使いでたまたま別館の裏に用事があった時のことだと思う。
そこに、井戸の方を向いてずっとうつむいたまま、やせ細った腕で黙々と水汲みをしている男の子がいたの。
水が入った桶を歯を食いしばりながら必死で持っていこうとしている男の子を見て、つい「手伝おうか」って、私言っちゃったのね。
そうしたら、「邪魔しないでください」って、ものすごく迷惑な顔で断って、私が呆気にとられているのにも構わずに厨房に入って行っちゃったの。
念のために言っておくけど、この男の子はテイル君のことだからね。
テイル君は記憶にないと思う。
ほら、やった方は覚えてないけどやられた方は死ぬまで覚えてる、ってことがあるじゃない?
ちょっと違うかもしれないけど、私の心境はそんな感じだった。
きっと、テイル君にとっては普通のやり取りだったと思うし。
でも、勘違いしないでね。
気になるっていう思いは嫌な感情じゃなくて、一生懸命で責任感のある子だな、って意味だから。
ジュートノル一番の宿屋なんて呼ばれていた白のたてがみ亭だけど、私にはとてもそんな風には思えなかった。
建物や料理こそ豪華に見せていたけど、働く人たちのほとんどは傲慢で、見栄っ張りで、強欲で。
いつも手を抜くことしか考えてないくせに、なにかあればすぐにお客様にチップを要求するような、そんな人たちばっかりだった。
だから、物珍しい私が、白のたてがみ亭の看板娘なんて呼ばれるようになったのかもしれないけど。
そんな中で、テイル君を見ている時だけは嫌な気持ちにならなかった。
テイル君と一緒に働いてる時は楽しかったし。
テイル君がダンジョンで行方不明になったって聞いた時は仕事が手につかなかったし。
旦那様が雇った男の人が襲ってきてテイル君が助けに来てくれた時は涙が出るくらいに嬉しかった。
だから、テイル君にはずっとそばにいてほしいし、危ないことなんてしないでほしいと今も思ってる。
朝一緒にお店を開ける準備をして。
お昼のランチタイムを二人で走り回って。
夜はダンさんやリーナやティアちゃんやルミルちゃんも一緒に夕食が並んだテーブルを囲んで楽しく食べて。
一日の最後に、テイル君におやすみを言って。
そんな日が続けばいいと思ってただけなのに、そんなにわがままなお願いだったのかな?
かなり話が逸れちゃったね。
こっちはみんな元気です、って言えれば良かったんだけど、あんまり元気じゃない人もいます。
特にダンさん。
もともと無口だし、火を使う時はいつも通りなんだけど、仕込みの最中に時々手が止まったりしてます。
これがどれだけおかしいことか、テイル君ならわかってくれると思います。
そのダンさんを見かねて、これまでより頑張ってるのがルミルちゃん。
さすがに料理自体には手を出せないけど、それ以外の仕事はできるだけダンさんの手を煩わせないように忙しくしてる。
私も、知ってることはできるだけ教えてるけど、魔導士だっただけあって本当に飲み込みがいい子だね。
将来、本当にダンさんに肩を並べる料理人になるかも。
でも、一番すごいのはティアちゃんかな。
最近背が伸びてきたせいか、大人顔負けの接客で何でもそつなくこなすようになってきた。
もともと頭のいい子だけど、いつまでも子ども扱いできないって思っちゃった。
一番取り乱したのが、リーナ。
テイル君がいなくなってからどうしてたかって言うと……
これはフェアじゃないよね。
知りたければ、直接リーナに訊いてみて。
ああでも、テイル君には無理かな。
それで、テイル君の下へ向かうリーナに、この手紙を託すことにしました。
話が飛躍してるかな?
でも、そうとしか説明できないから。
もうちょっと詳しく言うと、テイル君に会いに行ったらってリーナを唆したのは、私。
そうしたら、毎日死んだような目をしていたリーナが、生き生きと旅の準備をし始めたわけ。
もちろん、女の子一人で街の外に出るなんて色々な意味で危険だって、素人の私だってわかってる。
それでも、このくらい一人でも楽勝って言ってくれた、リーナの言葉を信じることにした。
だって、信じなきゃテイル君にこの手紙が届かないじゃない。
……最低なことを言ってるのは分かってる。
リーナには謝っても謝り切れないし、テイル君にもこんな気持ちを見せるつもりはなかった。
でも、こんな醜い私を知ってもらう機会は今しかないと思って、この手紙を書いてます。
今そっちはどう?
食事は一日二回は食べてる?
ケガしてない?
ちゃんと眠れてる?
魔物と戦うのは怖くない?
ずっと一緒にいたはずなのに、テイル君のことをこんなに知らなかったんだって、今更だけど驚いてる。
帰ってきたら、私が知らないテイル君のことを話してほしい。
私も、テイル君が知らない私のことを話すから。
待ってます。
あなたが帰ってくるまで、ずっと待ってます。
白いうさぎ亭のターシャより
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