第231話 亜人との交渉(に同席)


 人族、エルフ族、ドワーフ族。

 予想もしていなかった取り合わせに困惑する俺の背中をレナートさんが押すので、仕方なく空いていた席へ。

 一体何が始まるのかと緊張していたんだけど、なぜか三人共にお茶を飲むばかりで進展する様子がない。

 その理由は、しばらくして応接間に響いたドアのノックの音の後でわかった。


「すまない。事前に知らせていたとはいえ遅れてしまった。――どうした小僧、やけに浮かない顔ではないか」


 やや焦った様子で応接室に入ってきたのは、マクシミリアン公爵であるリーナのお兄さん。

 小僧という呼び方が俺に向けられたものだとしたら、浮かない顔の一つや二つもするのは当然だ。


「紹介するよ、彼はマクシミリアン公爵。ジオグラッド公国と境界を接する大領主にして、アドナイ王国の重鎮だ。アルベルト殿、エルフ族のシルエとドワーフ族のザグナルだ。二人は一族を代表して来ているけれど、どちらも敬称をつけない慣習の持ち主だ。よろしく頼むよ」


「待て、ジオグラルド殿。わしはジオグラッド公国と協定を結ぶための交渉に来たのであって、人族と馴れ合うつもりなど微塵もないぞ」


「私もザグナルに同意だな。そもそも、五人目の出席者の存在を事前に聞かされていなかった以上、そこの人族を排除する以外に交渉を続ける道理はない」


 建国式で会ったばかりのお兄さんが現れたことに内心驚いたけど、それはザグナルとシルエにとっても同じことだったらしい。

 それを証明するように、仕掛人らしいジオは怒りを見せ始めている二人の亜人に対してあくまでも涼しい顔のままだった。


「まあまあ、そう言わないでもらいたいね。何しろ、マクシミリアン公爵には人族代表としてこの場に参加してもらっているんだ。資格は十分にある」


「人族代表だと?ならば貴様はなんだというのだ、ジオグラッド公国公王よ」


「……ちょっと早いけれど、先に僕の立場をはっきりさせておこうか」


 そう前置きしたジオの次の言葉は、確かにもったいぶるだけの破壊力があった。


「僕はただの仲介役さ。ノービス神を戴く『初心教』の総司祭として、人族とエルフ族とドワーフ族との橋渡しを今回の役目としている、いわゆるオブザーバーに過ぎないのさ」


「なんだと?」


「ジオグラルド殿が人族を率いて災厄に立ち向かっていく前提で、この会談に応じたのだが。これは協定違反では?」


「勘違いでも何でもないさ。僕が公国の先頭に立って災厄に対処する方針は何も変わっていない。ただし、政務、軍務など世俗の一切から身を引き、公王の役目を象徴的な立場に限定するだけのことさ」


「人族が強大な権力を自ら捨てるだと!?」


 ジオの唐突な発言に椅子を揺らしながら立ち上がるシルエと、沈黙を守りながらも目を見開いて驚いているザグナル。

 俺も動揺を隠せずにカップを持つ手が震える中、事前に話が通っていたらしく唯一落ち着いた雰囲気のお兄さんが口を開いた。


「ノービスの恩恵の授与を始めとした神事に専念するために、公王としての責務を段階的に削減、それを近々発足する私を議長とした『評議会』で引き継ぐ。これが公王陛下から示された、公国連合が目指す体制だ」


「そ、そんなことが可能なのか?いや、そんなことをジオグラルド殿はできるのか?」


「それに、かつて人族の王が権力を手放した例が無かったわけではないが、身内の裏切りや体制の崩壊などで結局のところ悉く失敗に終わっている。どのように貴族や民を納得させるつもりなのだ?」


 亜人二種族からの至極真っ当な反論。

 だけど、ジオが動揺を見せることはなかった。


「そのためのノービスの恩恵、そのための衛士隊、そのための初心教さ。政治、軍事、経済の統制は評議会に委ねるけれど、すべてを任せるわけじゃあない。そう理解してほしい」


「なるほど、ノービスの恩恵の授与剥奪の権利さえ握っていれば、貴族の暴走をある程度防げるというわけか」


「加えて、ノービスの恩恵は魔物の襲撃におびえる平民の心をつかみ、四神教から改宗させる良い口実になる。さらに公王が総司祭を兼ねれば信用は増す。よく考えられているな」


「理解してもらえたようで何よりだよ。ではさっそくだけれど、エルフ族とドワーフ族の同盟締結の条件をマクシミリアン公爵に改めて説明してもらえないかな」


「む、もう一度か」


「私は後の方がいいだろうから、ザグナルに譲るとしよう」


 すました顔で言うシルエに憮然とした顔を見せたザグナル。

 だけど、ほとんど何も聞かされていないマクシミリアン公爵のことを思い出したのか、シエルと目を合わせてから話し出した。


「わしらグラシアナ氏族の望みはいたって単純だ。交易の再開と、かつてアドナイ王家によって奪われた大地の回復。それだけだ」


「大地の回復だと?まさかグラス渓谷のことを言っているのではないだろうな」


 前半の交易再開は俺にもわかる。

 前にザグナルの家で見たドワーフの魔道具のすごさを思い出せば、人族の方にこそメリットがある話だ。

 だけど、後半のは一体?

 いや、もしかしたら……。


「そうだとすればなんだと言うのだ」


「あそこは今、王家直轄の街道を通すための橋が架かっている場所だ。それをどうこうすることなど私はもちろんのこと、公王陛下にも不可能だ。それだけではない。今や唯一の決定権を持つエドルザルド殿下ですら、現情勢下では極めて難しいだろう」


「そうだね。土台、あの長兄に先祖の決定を覆す度量を期待するだけ不毛だ。ザグナル、それは呑めないと言わざるを得ないよ」


「お主ら、揃いも揃ってドワーフを馬鹿にしておらんか?確かに、わしらは土と石に生きる種族だが、人族のように特定の土地に固執することなどせん。重要なのは、良質の材料が揃うかどうかだ。なに、適当な鉱山の一つでも寄越してくれるだけで構わん」


「適当だと?そんな都合のいいものがあると本気で思っているのか?」


「公爵、すまないがよろしく頼むよ。グラシアナ氏族は、それで過去にアドナイ王国から受けた恨みつらみを忘れてくれる上に、他のドワーフの氏族との橋渡しをしてもいいと言っているんだ。さらには、鉱山の資源を使って衛士隊のための装備一式を鍛造してくれると約束してくれている。これほどの好条件は望むべくもないんだよ」


「公王陛下……」


「おう、わしらは武器や魔道具を作ることを至上の喜びとしているが、使って使って使い潰してこその道具だ。それなりの値段で買ってくれるなら喜んで売るぞ」


「……即断はできん。私の派閥の全ての貴族領を候補として考慮した上で、改めて回答する」


「ありがとう公爵。ただ、鉱山の譲渡が一日遅れるごとに衛士隊の配備が遅れ、つまりは緊迫の度合いを増す現情勢への対応が遅れることになる。最優先事項として対処してほしい」


「……公王陛下もお人使いが荒い。となれば、この会談を迅速かつ簡潔に終わらせる必要がありますな」


 頭痛でもしたのか、頭を押さえる仕草をしたお兄さんだったけど、もう一人の交渉相手のシルエに視線を移した時には厳しい表情に戻っていた。


 その態度が困惑に変わったのは、シルエが昏い笑みを浮かべていたせいだろう。

 仲介役として何か事情を知っているのか、珍しくジオが難しい顔になって、中性的な美貌を持つエルフを見ていた。


「最初に言っておこう。私達エルフ族からジオグラッド公国に要求することは特に何もない」


「なんだと?」


「正確に言えば、ジオグラッド公国には今の方針を最後まで貫き通してほしいということだ。衛士とやらを増やして四神教を否定し、今のアドナイ王家や貴族と対立し、人族に混沌と破壊をもたらしてほしいのだ」


 俺を含めた全員が注目する中、シルエの目は誰も見ていない。

 見ているのは、俺には理解できない世界だった。


「私は人族に再び滅んでほしいのだ」


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