第230話 エルフの狩り
「私達とドワーフ族は古き盟約で結ばれていてな、一部の情報に関して即座に共有するようにしているのだ。その一つが人族との接触というわけだ」
エルフ族。
人族に近い容姿を持ちながら例外なく細身で美形、肌は透き通ったように白く宝石に例えられる瞳は見る者を魅了する。
巷の噂は話半分どころかほとんどデマだと思うべきだけど、少なくとも今俺の目の前にいるエルフに関しては的を射ていた。
長身のマント姿に中性的な声ですっかり男だと思い込んでいたけど、素顔を見てみれば老若男女問わず振り返りそうな美形で、最大の特徴である鋭い耳を見なくても人族離れした魅力の持ち主だといえる。
まさに誰もが思い描く理想の容姿を持っているシルエと名乗ったエルフに見惚れたいところだけど、
「お前の腕を見てやる。とりあえず石を投げてみろ」
「いや、知り合ったばっかりの人に……」
「ザグナルから多少の為人は聞いている。一定の信用はしているし、若者を教え導くのは年長者の役目だ」
「そんな暇はないっていうか……」
「なに、狩人としてのほんの手解きを授けるだけだ。もちろん報酬もいらんぞ。ザグナルに免じて勘弁してやる」
どうやらこっちの話を聞いてくれる様子がない。
このまま言い合いになるよりはと、さっき拾っておいた石を投げようと目についた木の枝の一つに狙いを定めて体を捻ったところで、振りかぶった右腕をシルエに掴まれた。
「待て、何をしている」
「いや、だから石を投げようと……」
「私は子供の遊びを見たいんじゃない、エンシェントノービスの加護をフルに使って石を投げろ。さっきまでさんざんやっていたんだ、一回や二回増えたところで何でもないだろう?」
「なっ!!なんでそれを!?」
「別に隠していたわけでもないんだろう?エルフの視力をもってすればあれくらいは見える。それに、五千年前の災厄を曾爺様の爺様から聞いただけの話だ」
曾爺さんの爺さんだから……、六代前?
それで五千年前って……!?
「エルフはそれなりに長寿だからな。人族ほど歴史の彼方に忘れ去ったわけじゃないのだ。それよりもさっさと投げろ。時が惜しいんだろう?」
つい忘れていたことを思い出させられて、しぶしぶシュートスタイルにチェンジする。
本当はさっさと逃げ出した方がいいんだろうけど、ドワーフのザグナルと知り合いということはジョルクさんやジオとも顔見知りって可能性も出てくる。さすがに今直に質すわけにはいかないけど。
それに、シルエの中性的な声と美貌に迫られている内に、断りづらい雰囲気になってしまった。
「三拍後にあの辺りから一羽の鳥が飛び立つ。それを狙え」
「は、はい」
いきなりあらぬ方向を指さしながら意味不明なことを言うシルエに困惑していると、本当に森がざわめいた直後に鳥が羽ばたきながら飛び上がってきた。
本当に出たと戸惑いながら、それでも数えきれないほど繰り返した動作だ。投げた石は狙い違わず上昇を続ける鳥目がけて飛んで行ったけど、御多分に漏れず途中で砕けて森の中へと落ちて行ってしまった。
その瞬間、
「違う、こうだ」
突然隣から沸き上がった魔力。
声がした方に視線を移すと、シルエがいつの間にかに左手で短弓を構え、反対の手で魔力を内包した半透明の矢をつがえて引き絞っていた。
「この距離の的に当てようと思えば尋常ならざる威力が必要だ。だが、普通の武器ではそもそもの耐久力が能わない。ならば、足りないものは魔力で補えばいい」
シルエの右手の指先にさらなる魔力が集う。
一呼吸を静かに終えた彼女がつがえていた矢からそっと指を離すと、周りに強烈な一陣の風が吹いた。
直後、
――パアァン!!
空気が破裂する音と共に豆粒ほどの大きさになっていた一羽の鳥が地面目がけて急降下する様子がここからでも分かった。
少し経って、再び森の入り口にて。
「これ、本当にもらっていいんですか?」
「構わない。私は肉を食べないのでな、狩りも害獣害鳥の類を始末する程度にしかしないのだ。むしろもらってくれると助かる」
あれから。
仕留めた鳥を探すために森に入ってシルエが言った通りの場所で回収。
戻ってきたところで獲物をくれると言われて戸惑ったけど、ここまで言われて突き返すわけにもいかないのでありがたくもらった。
ちなみに、魔法の矢は鳥を貫いた後で消滅したらしく、半ば血抜きが進むほどのきれいな穴が胸のど真ん中に開いていた。
その鳥を見たシルエが、
「それなら、そいつと引き換えというわけではないが、一つ頼みごとがある。この森のことは口外しないでくれ」
「それは別に構わないですけど……」
見たところ普通の森にしか見えない。
変なことをお願いしてくるなと思っていると、シルエは手招きして少し歩いた。
「振り返ってみろ」
「なっ……!?」
同じく歩いたところでシルエの言うとおりに回れ右してみると、さっきまで視界いっぱいに広がっていた森が消え、見えるはずのない地平線がどこまでも続いていた。
「幻術魔法の一種だ。何のためなのかは、今さら言う必要はないな?」
地図になかった森。
そこに現れたシルエと複数の気配。
そして、エルフが別名森の一族と呼ばれていることを考えれば、今は見えない森が彼女たちの住処だってことは一目瞭然だ。
「言いませんよ。こんな立派な獲物までもらいましたし」
俺の手にある鳥は丸々と太っていて、野生の生き物とは思えないほどに重い。
森の恩恵で食事に困っていない上に、幻術魔法のおかげで天敵がいないんだろう。
結局、シルエは一度的を射る様子を見せてくれただけで、何の説明もしてくれなかった。
弓と石じゃまるで違うからあとは自分で考えろ、ってことなんだろう。
ヒントの上にこんなご馳走までもらったんだから、森のことを秘密にする賄賂としては十分すぎるくらいだ。
「ではな、達者で暮らせ。そのうちに練習の成果を見に行くからな」
そんな謎の言葉が聞こえた時には、すでにシルエの姿は幻術魔法の向こう側へと消えていた。
そんな一幕があって、帰りが遅いことを心配したリーゼルさん始め衛士隊の人達に迷惑をかけたことを謝って。
その後は何のイベントもアクシデントもなく、遠目からノービス神官を護衛するというちょっと変わった任務を順調にこなした。
もちろん、その間にシュートスタイルの練習を倦まず弛まずの精神で続けたわけだけど、実戦でモノになるかは別の話だろう。
そんなわけで、十数日後にジュートノルに帰り着いた時にはその場でぶっ倒れない程度に疲れ果てていたからそのまま白いうさぎ亭に直帰するつもりだったし、リーゼルさんも了承してくれていた。
しかし、その予定をぶち壊してくれる存在が門前広場で待っていた。
「悪いなテイル。陛下からのお召しだ」
俺を待ち構えていた、ジュートノル政庁監察官という大層な役職についているらしいレナートさんに半ば連行される形で連れていかれたのは、例の別荘。
もはや恒例行事となりつつあるジオへの報告かと、ちょっと気楽に考えていたのがいけなかった。
「やあテイル、おかえり」
「あれから投石は上達したんだろうな?」
「今日はその武具をじっくりと観察させてもらうぞ」
応接間の一面に張られたガラス窓の脇にある小さめのテーブル。
そこから最初に声をかけてきた、ジオ。
そしてついこの間出会ったばっかりの、エルフのシルエ。
最後に黒の装備に興味津々の、ドワーフのザグナル。
人族、エルフ族、ドワーフ族の三つの種族が一つのテーブルを囲んでいた。
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