第225話 建国祭
澄み渡る青空の下にも出ずにジオは何かと陰謀を巡らせているらしいけど、今回ばかりは巻き込まれようがないというか巻き込まれかけても全力でお断りしたいというか。
なにしろ、今日の大通りは馬車の通行が禁止され、代わりに沿道に所狭しと屋台が並び、この日のために各店で準備していた特産品や食べ歩きできる料理が格安で売られ、さらには見世物小屋や芝居小屋、吟遊詩人や大道芸人が道々を彩り、王都陥落以来の祝祭が大々的に行われるのだ。
建国式当日である。
当然、白いうさぎ亭でも、ダンさんを中心にいつも以上に時間と手間と気合を込めて調理して、新人料理人見習いのルミルの頑張りもあって建国式限定のスペシャルツノウサギ串焼きを三百本分仕込んだ。
売り上げに大きくかかわる屋台も目抜き通りの一角に無事に確保、ターシャさんの指揮のもと雑用係の俺が肉体労働を担当して設営を終え、飲み物や各種道具などの準備も万端。
あとは建国式当日を待つばかりとなったところで、最大の問題が発生した。
「ターシャ、あとでいくらでも穴埋めはするから譲ってくれないかしら?」
「あらリーナ、ここは先輩の言うことは聞くものよ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
建国式の数日前の夜。
冒険者でも騎士でもないのに、妙に巨大で肌をざらつかせる気配が二つ、ターシャさんとリーナの間で衝突して白いうさぎ亭を両断している。
――いや、正確には片方は冒険者なんだけど、今日のリーナはいつもの十倍くらい怖い。絶対に敵に回したくない。
「ほら、リーナは接客係として経験が少ないし、最近もよく留守にしていたからすぐ疲れそうじゃない?だから、休憩は昼過ぎにしておいた方がお祭りを乗り切れると思うの」
「あら、私のことなら心配いらないわよ。これでも冒険者をやっているんだから体力には自信があるし。それに、テイルには当日に出た不足分の買い足しも頼むつもりなんだから、細腕のターシャよりも少しでも荷物を持てる私が一緒に休憩を取った方が効率的でしょ」
「ほら、冒険者として有名なリーナがいっしょだと、テイル君がくつろげないじゃない?」
「あら、自分のことを棚に上げてただの平民の振りをするのは良くないんじゃあないかしら?」
「うふふふふ」
「うふふふふ」
「おいテイル、なんとかしろ。このままだと準備が間に合わんぞ」
「なんで俺に言うんですか。ダンさんが止めればいいでしょ」
「馬鹿言うな。あの二人のケンカの原因がお前じゃないはずがないだろ」
「こわいのはいや、こわいのはもういやなの……」
厨房の隅でルミルが膝を抱えてガクブルしている中でのダンさんの無茶振りに、俺も頭を抱えたくなる。
――まあ、九割方ダンさんの言う通りだと思うから、結局は俺が行くしかないんだけど。
このまま成り行きに任せると本気で屋台の準備に間に合わなくなりそうなので、意を決して厨房から一歩踏み出したその時、ティアの小さな影がが俺の脇をすり抜けてターシャさんとリーナの前に立ちはだかった。
「お姉さま達の間で決まらないなら、わたしがテイルと休憩を取ってもいいですよね」
「「え?」」
「だって、二人が言い合っている間にどんどん準備が遅れているんですもの。だったら、わたしがシフトを決めてしまってもいいはずだわ」
「「うっ……」」
俺もダンさんも口をはさめない中、見事にターシャさんとリーナを止めてしまった以上、ティアに反論できる人は一人もおらず、気づいた時には休憩中に俺が一緒に回る相手が決まっていた。
「よろしくね、テイル」
にっこりと笑うティアに、そんな小悪魔的な考えがあったのかどうかは、定かじゃない。
建国式といっても、プロセスそのものに平民が参加することなんてありえないわけで、せいぜい新しくなった国の名前をしっかりと覚えるくらいだろう。
それでも、何かしらの区切りというか、平民からの建国のお祝いは必要なわけで、公王陛下の誕生と公国の始まりを寿ぐために行われるのが、建国祭だ。
「はむはむ。おいしいね、テイル」
「ああ。蜂蜜の種類がうちと違うのがいいな」
そんなうんちくも、祭りを楽しんでいる最中は厳重に梱包して頭の隅に片づけて。
屋台で買った蜂蜜入りの芋菓子を小動物のように両手で持って頬張りながら笑うティアに言葉を返す。
政庁前で
ダンさん特製のスペシャルツノウサギ串焼き三百本を求めて怒涛の勢いで押し寄せた客を、白いうさぎ亭の全戦力で捌ききった後(大半は看板娘からの手渡し狙いの常連客だった)。
さすがに初日の昼前に店仕舞いしてしまったんじゃ串焼きを買えなかった客に失礼だということで、ダンさんが並行して仕込んでおいたいつもの煮込み料理を大鍋ごと持ち込んで、販売を続けている。
それでも、普段は白いうさぎ亭の区画に立ち寄ることのない人達を中心に客が引くことはなく、それなりに忙しい昼時を過ごした。
その後、恨めしそうな顔で休憩に入って戻ってきたターシャさんとリーナの二人と交代する形で、俺とティアが建国祭で賑わうジュートノルの街に繰り出したわけだ。
「お、この髪飾り、いいんじゃないか?俺が買って――って、こんなのはいっぱい持っているよな」
「ううん、ほしい。だってきれいだもの」
「そうか?じゃ、じゃあ――」
そう言って、露店で売っていた北の方の意匠の花の髪飾りを一つ買って、ティアの髪に差す。
慣れない作業に位置がずれてないかと心配していると、はにかんだ笑顔を見せたティアがくるりと回って、
「どう、似合う?」
「ああ、かわいいよ」
そんな感じで、控えめながらはしゃぐティアに俺も思わずにやけてくるのを止められない中で、
「おや、テイル殿ではありませんか?」
「……リーゼルさん、もう尾行してくるのはやめたんですか」
ティアの護衛目的だろう、白いうさぎ亭の屋台から出てきたあたりからずっと俺達の後をついて回ってきていたリーゼルさんが、ようやく姿を現した。
「テイル、この方は?」
「おや、あなたは白いうさぎ亭の小さな看板娘さんですね。私は烈火の騎士、リーゼルと申します。以後、お見知りおきを」
ちなみに、俺がリーゼルさんを見つけたのはジョブの恩恵で気配を察知していたからで、五感を強化できないティアは気づいていないはずだ。
それにしても、ティアとリーゼルさんは初対面なのか?と思っていると、
「テイル殿、わたしのことは姫殿下にはご内密に。旅の最中に話したことはまだ内々のことですので」
ティアが首をかしげるのにも構わず、俺に耳打ちしてきたリーゼルさん。
ただし、旅の最中の話の内容――ティアの婚約者候補だってことを言う気がないのは俺も同意だから、野郎に息がかかる距離まで迫られて囁かれるのも我慢できる。
「ずるい。二人で内緒話なんて。何を話していたの?」
「いえ、お見受けしたところ、お二人は祭りを満喫中のようですから、ここはひとつ、私の権限で平民が入れないところにご案内しようかと提案していたのですよ」
「なにそれ!面白そう!!」
……予め断っておくと、俺はリーゼルさんからそんな提案を受けた覚えはないし、了承したつもりもない。
ただ、リーゼルさんに向かって目を輝かせているティアの思いを蹴っ飛ばすことなんて、俺にはできない。
そんな感じで、キラキラの目と面白がる目に晒された俺は、
「……よろしくお願いします」
「承りました。ではティアさん、保護者の許可も出たようですし、さっそく参りましょうか。今からなら、ちょっとした催しを見られると思いますよ」
「うん!!」
こうして、休憩の予定を大幅に超えてターシャさんとリーナに怒られる予感をひしひしと感じながら、いつの間にかに仲良くなって手をつないでいるティアとリーゼルさんの後ろを、首にくくられた縄を引っ張られるような思いでついていくのだった。
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