第224話 建国式当日 下
これまでの浮かれた雰囲気はどこへやら、招待客を置き去りにして粛々と進行していくジオグラッド公国建国式典。
従わぬ者は去るか奴隷になれ、と宣言した公王ジオグラルドに早くも暴君の顔を見出し恐れおののく面々だが、まさか式典の最中に貴族の言葉を遮って不満を述べるわけにはいかない。
それに、彼らも平民の中でも限りなく特権階級に近い権力者ばかり。本音と建て前を使い分ける術は心得ている。
身分や立場が上の相手にはあくまでも愛想よく。
本音を吐きだすのは完璧に秘密が守られる夜の街。
そんな風に相場が決まっていた。
「それにしても参りましたな。まさか公王陛下が他領の貴族の方々を招いたばかりか、我らに何の相談もなく政治を行おうとしているとは」
「全くですな。先の政変や王都陥落を見事に乗り切るほどの手腕をお持ちと期待をかけたのですが、ここまで期待外れとなると」
「今からでも乗り換える相手を考えておくべきでは?」
ここは、ジュートノルの中央区画にある、とある秘密クラブ。
一見するとただの倉庫なのだが、人目につかない裏口には特殊な錠前がかかっており、クラブ側から認められた鍵を持つ者しか入れない仕組みになっている。
しかも、この秘密クラブが特殊なのは、貴族や騎士ですらここの存在を知らないことだ。
時には迎えの馬車に乗り、時には変装し、時には偽のアリバイを作って、客達はこの秘密クラブに集まる。
そして、今夜の秘密クラブは建国式典に招待された者達による貸し切りとなっていた。
「それにしても、ジュートノルにほど近い場所に新たに公都を造り、そこに政治機構を集約させるとは、公王陛下は本気で考えていらっしゃるのでしょうか?」
新都市整備。
魔物討伐で拡大を続けていたアドナイ王国でもここ百年ほどはなかった一大事業である。
しかも、大貴族級が本拠地を移す事例となると、ちょっと記録が見つからないほどに稀なことであり、実際の担い手であるはずの各ギルドに根回しをしていないジオグラルドの計画は、彼らには無謀そのものにしか見えていなかった。
「道具や設備、資金などは、我らに供出させるおつもりなのでしょうし、政庁から様々な権益を与えられている我らとしては応じざるを得ないでしょう。ですが、肝心の人手はどうされるのか」
「その通りだ!公都を新たに造るとなれば、十年でも足りないほどの一大事業になる。特に大変なのが労働者と資材の輸送だ。だというのに、私のところには一切情報が来ていないとは、これだから貴族や役人は信用ならんのだ!」
「ま、まあまあ、落ち着きましょう運送ギルドマスター殿。少し酒が過ぎるのではないですか?」
「なにを!私はこんなものでは酔いはせんぞ!!」
「運送ギルドの、フレッド殿の言うとおりだ。少し水を飲んで頭を冷やせ」
「ゴク、ゴク……、これでよいか!それはそうと、被害を被るというなら鍛冶ギルドも同じではないか!」
次にやり玉に挙げられて顔をしかめたのは、運送ギルドのギルドマスターに水を差しだした老人だった。
「公王陛下が創設なされた衛士隊。なんでもジョブの恩恵を与えると共に衛兵の権限を大幅に拡大させる組織らしいが、武具の一切は外注するとのことではないか!」
「あれにはわしも驚いている最中なのだ。あまりほじくり返すな」
「いいや、言わせてもらう。運送ギルドが一番儲かる積み荷は武器であるから、王国内の武器の流れならおおよそのことは知っている。はっきり言って、ジュートノルの武器は五指に入る質の高さだ。ものを知らぬ公王陛下の側近どもは、外注すれば安く武器を手に入れられると高をくくっているのだ!」
「う、ううむ、それはそうだが……」
「そもそも、この場に公王陛下に対して不満がない者など一人もいないわけがないではないか!この秘密クラブですら本音を言えずして、何がギルドマスターか!!」
運送ギルドマスターの威勢のいい啖呵に、他の誰もが黙り込んで下や横を向く。
今でこそ各ギルドの代表である彼らだが、そのほとんどが新任のギルドマスターであり、前任者が悲惨な末路を辿ったがために急遽トップに祭り上げられて、火中の栗を拾わされているだけなのだ。
それだけに、張本人である公王ジオグラルドに逆らう気概がある者など存在せず、以前の一斉粛清を狡猾にも生き残った運送ギルドマスターのように振舞う気にはとてもなれなかったのだ。
「運送ギルドマスター、鍛冶ギルドマスターが困っていらっしゃるので、そのくらいに」
「私は間違ったことは言っていない!!そう言うフレッド殿こそ、公王陛下に対して最も言いたいことがあるのではないか?」
「な、なんのことでしょう?」
その中でも一番若手なのが冒険者ギルドのフレッドである。親子ほどの年の差もあって、運送ギルドマスターの鼻息が一段と荒くなった。
「まさか、衛士隊の権限が拡大することで一番割を食うのが冒険者だと、まだ気づいていないのか?」
「え、衛士隊は、あくまでも魔物の襲撃に備えるための防衛戦力でしょう。積極的に魔物を狩って素材を売却する冒険者の権利が脅かされるとは思えないのですが?」
「馬鹿なことを!!ジョブの恩恵を受けて魔物と戦う力を得た者が、自ら魔物を狩りに行かない保証などどこにもないではないか!むしろ、魔物を滅ぼすならこちらから打って出た方がよほど効率がいい!私が公王陛下なら、この程度の察しもつかない愚か者をギルドマスターに据えておくことなどせんぞ!!」
「いやははは、参りましたな。それでは、ぜひともギルドマスターの心得を、この若輩者に教えていただきたいものです」
「はははっ!殊勝な心掛けではないか!いいだろう、近いうちに我が屋敷を訪ねてくるといい!!もちろん、それなりの指南料は用意してもらうぞ!!」
もはや暴言どころか政治批判まで展開する運送ギルドマスターを止められる者は誰一人としておらず、こうして防音対策も万全の秘密クラブの夜は更けていった。
秘密クラブの中での会話が外に漏れることは決してない。
ただし、それはあくまで中にいた者全員が口を噤んだ時のみに限られる。
「――というわけで、公王陛下に叛意を持つ恐れがある者は、運送ギルドマスター一人と思われます」
「ご苦労でした。引き続き、ジュートノル商業界に不審な動きがないか監視をお願いします」
運送ギルドマスターが酔いつぶれたのをきっかけに秘密クラブを抜け出したフレッド。
それまでの経緯が経緯なだけに同情の目で見送られた彼が次に向かったのは、またしても秘密クラブ。
そこを一人で貸し切りにして待ち受けていたのは、公王ジオグラルドからジュートノルの内政一切を預かるサツスキー男爵だった。
「サツスキー男爵。この度は子爵への復位の内定、おめでとうございます」
「本当の意味での復位ではありませんし、公国の事情も絡んでのことですからあまりめでたい気分ではないのですが、祝意は受け取っておきます」
報告を終え、この時のために予め用意しておいた贈り物をサツスキー男爵の前に置いたところで、話題が変わる。
「それにしても、言葉を慎むつもりもなく、今の衛士隊を総動員した程度で魔物を狩り尽くせる気になっているとは、運送ギルドマスターの無知蒙昧は相当なものですね。これは早急に公王陛下の御裁可を仰ぐことになりそうです」
おそらくは、自分の報告とは別に独自に調査を行ったところで、公王ジオグラルドに運送ギルドの首のすげ替えを上奏するのだろう。
そう自嘲したくなったところで、フレッドはサツスキー男爵の鋭い視線を感じ取った。
「フレッド、わかっているとは思いますが、これから強烈な変化をしていくジオグラルド公国において、そなたたちの働きは一層重要なものになっていきます。そこで公王陛下の御心に沿わぬ者が混じっていては、最初に犠牲になるのは平民達です。そう肝に銘じて、職務に励んでください」
「はは!!」
今日の建国式には、事情を知る者とそうでない者と、二種類の招待客がいた。
後者だった運送ギルドマスターは気の毒というしかないが、事情を知っていたからといって明るい展望が見えているとは限らない。
少なくとも、二軒目の秘密クラブを出た直後のフレッドからため息が漏れたのは、紛れもない事実だった。
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